強力ライバル現る
ダイキライ

 駅へと足を踏み出したわたしの目に、またしてもとんでもないものが飛び込んできた。
 う……。こ、これは……。
 次第にこちらへ近づいてくる、めちゃくちゃ見覚えのある、黒光りしているこの四角い物体は……。
 あの、例の、趣味の悪い、鳳凰院家の黒塗りベンツ!?
 冗談でしょう。どうして、またこんなものが学校にきちゃっているのよ!
 もう、夏樹のバカ!!
「茗子。今日はもう終わりでしょう? デートしよう」
 キキっと軽やかなブレーキ音を立て、その黒塗りベンツはわたしの前に停車した。
 そして、そのとまった黒塗りベンツから、にこやかに微笑みながら夏樹が出てきてそう言った。
「……夏樹。それは別にいいけれど、あんた、仕事は?」
 わたしは思わず頭を抱えていた。
 まったく、この男は……。
 また、そんなどうでもいいことのために、仕事をさぼっているの!?
 まったく、たまにはまともに仕事をしなさい!
 こんのぐうたら社会人!!
「終わらせてきたよ、もちろん。茗子とデートするためにね」
 そんなことを言いながら、夏樹はすかさずわたしの腰に手をまわし、当たり前のように車の中へ連れ込もうとする。
「茗子!」
 そんなわたしの背後から、わたしを呼ぶ声がした。
 その声は、ついさっきまでわたしと会話をしていた声。涼ちゃんの声だった。
 わたしを呼ぶ声に、わたしも夏樹もとっさに振り向いていた。
 するとそこには、すごい形相をした涼ちゃんが立っていた。
「茗子……。何? これ」
 わたしの頭上から、悪魔の声が降り注がれる。
 今度は、夏樹。
 もう、顔を見なくたってわかる。
 絶対今の夏樹、超極悪人顔をしている。この声から、声のトーンからわかる。
 思わずびくっと肩をふるわせていた。
 そして、そそくさと、夏樹の腕の中から逃れ出る。
「あ……あのね、夏樹。この人は、わたしの幼馴染みの涼ちゃん。三橋涼ちゃんというの」
「三橋……? ああ、あれか。ふ〜ん。生きていたんだ。ずぶといね?」
 夏樹のおもしろくなさそうなそのつぶやきを聞き、涼ちゃんの眉がぴくっと反応する。
 それから、さらに険しい顔で、夏樹をにらみつける。
 ああ、もう本当、誰かどうにかして〜。
 どうしてわたしが、こんなめにあわなきゃならないのよ。
 極悪人と涼ちゃんの間に立たされなきゃならないのよ〜。
 まだ夏樹だけならいいものの、この涼ちゃん。涼ちゃんもなかなかにくせのある人なのだから〜。
 昔、他の男の子と遊んでいたら、突然涼ちゃんがやってきて、それでその男の子をひとにらみだけで追い払ったという……。
 ……え? って、ちょっと待って。
 あの時は気づかなかったけれど、それじゃあ、まるで、涼ちゃんってば、あの時から……?
 ――なんてことは、今はどうでもいいわよ。
 そうじゃなくて、夏樹のさっきの言葉。「生きていたんだ」という言葉。
 それじゃあ、まるで夏樹は、あのことを知って……。
 知っているのよね。もちろん。
 だって、それだから夏樹は、わたしを一人にしないと誓ったのだもの。
 だけど、あの時のあの人が、涼ちゃんだって、夏樹、知っていたんだ……。覚えていたんだ。
 あんな昔のこと。相手の名前まで……。
 ……にしても、夏樹。
 その言い方は、ちょっといただけないのじゃないかなあ?
 生きていたんだって、それじゃあまるで、死んでいてもらいたかったような……。
 ああ、死んでいてもらいたかったのね。夏樹的には――
 もう本当、この極悪人は!
 また頭がいたくなってきちゃったわよ〜。どうしてくれるのよ! まったく……。
「夏樹、あのね……」
 もう本当、仕方がないから、一応わたしが仲裁に入ろうとした時だった。
 急に背後からにゅるっと腕がのびてきて、わたしの体はまた引き寄せられていた。涼ちゃんの胸の中に。
 その瞬間、当然、夏樹の眼差しは、いっそう険しくなる。
 しかし、夏樹もさすがは極悪人らしく、ぎりっと唇をかんだだけで、不敵な笑みを浮かべている。
 嗚呼……。まずい、まずいですよ。みなさん。とうとう怒らせてしまいましたよ。本気で怒らせてしまいましたよ〜!
 竜神様を……いや、極悪大明神さまを怒らせてしまいました〜。
 極悪エロエロ大明神さまがお怒りですよ〜!
 うっぎゃあ〜っ!!

 ――もう、涼ちゃんの馬鹿!!
 涼ちゃんは、明らかに怒りを募らせていく夏樹にあてつけるように、抱き寄せたわたしの顔の横にすっと顔を持ってきて、そして夏樹をにらみつけながら甘い声で言葉を紡ぐ。
「茗子……。さっきのことは本気だからね? 父さんも母さんも言っているけれど、茗子なら、俺のいい嫁さんになるって。どう? 茗子も、そろそろ本気で考えてみてくれないかな? 茗子なら、いつでも大歓迎だよ」
 ……へ?
 ちょっと待ってね、涼ちゃん。
 もう少し、時間をちょうだいね?
 わたし、今の涼ちゃんの言葉、理解できていないのよね、まだ。
 ねえ、それって、何? どういうこと?
 さっきのこと?
 ……ん? 何か言っていたっけ? そんなこと。
 ねえ、いい嫁さんって何? 何なの?
 茗子、わからない。
 ――て、わかるわよ。ちょっと逃避してみただけじゃない。
 まったく、どうしてよりにもよって、こんな極悪夏樹の、しかも逆鱗に触れてしまった夏樹の前で、そんなことを言ってくれちゃうかな〜!?
 もう本当に恐ろしくて、恐る恐る、確かめるように、夏樹の顔をちらっと見上げた。
 もちろん、わたしはまだ、涼ちゃんの腕の中。
 ……あまりもの発言に、わたし、脱力したままで、力がまだでないのよ。だから、逃げられないのよ。
 ちらっと見上げた夏樹の顔は、予想外の顔をしていた。
 思わず、呆然と、その夏樹の顔に見入ってしまった。
 だって夏樹、悪魔顔じゃなくて、極悪顔でもなくて、全てを見透かしたような、冷めたような表情を浮かべているもの。
 そりゃあ、夏樹のことだから、人を使って、こんなことくらい調べ上げているのだろうけれど、だけど涼ちゃんのこの告白は、夏樹、知らなかったはずでしょう?
 なのに、何故、そんなに妙に落ち着き払っているの? さっきまでの怒りはどこへいったの?
「茗子。おいで」
 夏樹はそう言って、両腕を広げ、わたしに微笑みかける。
 う……っ。
 ちょっと待って。その顔は、卑怯よお。
 わたし、その顔には逆らえないのよ。
 天使の微笑みでも悪魔の微笑みでもない、十五年前の思い出の男の子の微笑みは!!
 夏樹はそれ以上は何も言わず、ただじっとわたしを見つめている。
 その目は、たしかに言っている。茗子はぼくのところへ、自ら戻ってこないわけがないって。自信たっぷりに。
 ……馬鹿。
 どうして、こんな時でも、そう自信満々なのよ。
 それってば、きれいさっぱりわたしを信用しているという顔だわ。目だわ。
 ……もう。仕方ないな〜……。
「……ごめん。涼ちゃん。悪いけれど、この手、はなしてくれない?」
 うつむき、わたしはゆっくりと静かにつぶやいていた。
 すると瞬時に、涼ちゃんの腕に力が込められた。
「い、痛っ……」
 その瞬間、わたしはそう声をもらしていた。
「りょ、涼ちゃん。苦しい。お願い、はなして……」
 涼ちゃんは何も言おうとはせず、ただじっと、わたしの顔の横に自分の顔をもってきたそのままで、夏樹をにらみつけていた。
 ――お願い。もうやめて。いい、いやだよ……。
 どうして、わたしがこんなめにあわなければならないのよ。
 どっちも好きじゃない!
 好きじゃないのに、どうして、こんなめに……。
 涼ちゃんのこの強引なところは昔からで。
 そして夏樹も、何故だか自信たっぷりに信じて疑っていない。
 わたしが夏樹を好きだって。次第に惹かれていっているって……。
 どうして二人とも、そう強引で、自分勝手で、自信たっぷりなのよ!
 もう、訳がわからない!
 もう、嫌!
 もう、二人とも、大嫌い!!

 こんな男二人にいいようにされてしまっているのが、とてつもなく悔しい。
 憎らしい、腹立たしい! 自分自身がさらに!!
 悔しくて、悔しくて、悔しすぎて、もうどうしようもなくて、思わず、目に涙なんかがにじんできちゃったじゃないのよ。
 もう、本当、どうしてくれるのよ。
 もう、やめてよ。こんなこと。こんなところで。
 わたし、こういうの嫌なのよ。慣れていないのよ。
 なのに、なのに、なのにどうして、二人とも、こんな意地悪ばかりするのよ〜!
 もう、嫌。大嫌い、大嫌い、大嫌い!!
「め、茗子……!」
 ふるふると小刻みに体を震わせ、涙をあふれさせはじめたわたしに気づき、涼ちゃんは思わずその手にこめる力をゆるめた。
 そして、その瞬間、わたしは夏樹に腕を引かれ、夏樹の胸の中へと引き寄せられていた。
 もちろん、ふいをつかれた涼ちゃんは、悔しそうに舌打ちなんかしていた。
「な、夏樹〜……」
 不覚にも、あまりもの悔しさに、夏樹の胸に顔をうずめてしまった。
 夏樹のよくプレスされたシャツの胸の辺りをぎゅっと握り締め、ふるふると肩をふるわせる。
 そんなわたしの肩を、夏樹はそっと抱きしめた。
 それが、やっぱり妙に心地よかった。
 やっぱり、夏樹の胸は、どことなく落ち着く。
 ……どうして、この時、夏樹を選らんだのか、わたしにはわからない。
 きっと、どうかしていたのだと思う。
 うん。それしか考えられない。
 だって、こんな極悪夏樹のどこがよくて……。


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update:04/01/03