外は危険がいっぱい
ダイキライ

 あの後、涼ちゃんと別れたわたしたちは、悪趣味な黒塗りベンツで、鳳凰院本家へと向かっていた。
 今は、鳳凰院本家へ向けて、車は国道からそれ、わき道に入ったばかり。
 国道は渋滞していたので、できるだけ早く帰れるようにと、運転手が気をきかせてそうしたみたい。
 だって、今のわたしの頭の中はぐちゃぐちゃで、とにかくどこかに落ち着きたかったから。
 それを、夏樹も運転手も、察してくれていた。
 まさか、自分の命が狙われていると知らされて、落ち着いていられるほど、わたしはそんなに図太い神経は持ち合わせていないもの……。
 もう涙はとまっているけれど、うつむき押し黙ったままのわたしの肩を、夏樹はずっと抱いてくれている。
 そして、車が揺れるのにまかせ、わたしの体は、ゆっくりと、そして自然に、夏樹の胸の中へと落ちていく。
 夏樹の胸は、やっぱり落ち着く。心地よい。
 そして、とくんとくんと鳴っている夏樹の胸の音。
 この音は、やっぱりわたしを安らげてくれる。
 一体、いつからだろう?
 夏樹の胸の中が、落ち着く場所だと思いはじめたのは。わかりはじめたのは。
 大嫌いな男の胸なのに、どうしてこんなに心安らぐの?

 夏樹から聞かされたことは、あれだけじゃなかった。
 夏樹は、本当はわたしを監視していたのではなく、守ってくれていた。
 それは、聞いた。
 そして、その後に、あの時のことを、本当のことを教えられた。
 涼ちゃんは、普通に事故に遭ったのじゃないということを。
 あの時、本当はわたしが車に轢かれるはずだった。
 涼ちゃんがかばってくれて、わたしは助かったらしい。
 突然、横からいなくなったのではなく、信号待ちをしていて、いきなり突き飛ばされ、車道に出てしまったわたしを涼ちゃんが助けてくれて、かわりに車にはねられた。
 涼ちゃんがとっさに歩道へ放り投げてくれたおかげで、わたしは擦り傷だけ。
 だけど、涼ちゃんはそうはいかなかった。
 歩道へ投げ込まれ、気づいたわたしが目にしたものは、一面の血の海。
 その光景が、わたしにはたえられないものだったから、だから記憶をすりかえてしまったのだという。
 自分のせいで、涼ちゃんをあんな目にあわせてしまったという罪悪感から、わたしは一時心を閉ざしていたという。
 そして、再び、わたしの時間が動き出した時には、わたしの記憶はすりかえられていて、そしてもうそこには涼ちゃんはいなかった。
 それが、事実。本当のこと。
 それからは、表立ったこともなく、七年間、わたしは普通の生活を送っていた。
 陰で、夏樹に守られながら。
 だけど、夏樹のお父さんが、前当主が亡くなってから、夏樹が当主になってから、再びわたしは狙われはじめたという。
 今度は、以前のように、ちゃちなことではなく、本格的に動き出した。
 そこで危機感を抱いた夏樹は、約束を前にして、わたしを鳳凰院本家へ連れてきた。
 そして、そこで、守っていたという。
 あの婚姻届の罠も、わたしを鳳凰院本家から逃れられなくするため。
 真実を隠し、自分が悪者になってでも、わたしを守るためのものだった。
 この一週間、まわりがめまぐるしく変化していたけれど、だけど静かだったのは、全て、夏樹が守ってくれていたおかげ。
 外はそんな危険がいっぱいだから、本当は大学にもあまり行かせたくなかったらしい。
 だから、むりやりさぼらせて、一日家の中に閉じ込めたり、自分が守れる時は、デートと称して、わたしを外へ連れ出してくれたのだと……。
 やっぱり、ずっと家の中でくすぶっていたら、つまらないからって。
 そんなこともあり、夏樹は、わたしを一人にしなかったという。必ず誰かとともに行動させたと。
 それは、夏樹か、由布か、久能さんか……そのうちの誰か……。
 由布も久能さんも、このことを承知していて、それでわたしを守っていてくれたと……。
 どうして、どうして、わたしなんかのために、そこまで……。
 だけど、それを聞いた時、とても嬉しかった。
 とても大切にされているとわかった。実感した。
 嬉しい。ありがとう。
 あまり危ないことはしてほしくはないと、同時に思った。
 だけど、それは口には出せなかった。
 出すと……夏樹が悲しむと思ったから。
 何故だかわからないけれど、夏樹は悲しむ。そう思った。
 だから、言えなかった……。
 わたしは今、守られているのだと、こんなに強く感じる。
 一人で強く生きてきたと思っていたこの十五年は、ずっと夏樹に守られていたんだ。
 守られることが心地よいと、はじめて思った。
 それはやっぱり、夏樹の、この落ち着ける夏樹の胸の中にいるから?
 わからない……。
 わからないけれど……でも今は、この胸の中にいたい。
 本当のことを知ったのに、何故だかわたしは、これ以上夏樹を嫌いにならない。……なれない。
 まあ、それは、この上なく、ことごとく、どうしようもなく、世界でいちばん大嫌いだから、それ以上は嫌いになれないということも多分にあるのだろうけれど……。
 だけど、そのはずなのに、わたしは、嫌いになるどころか、むしろ――
 もう、本当、わたしって人間が、自分でもわからないよ。


「茗子」
 夏樹は突然わたしの名を呼び、そしてぎゅっと抱きしめた。
 何事かと思い、わたしは胸の中から、夏樹の顔を見上げる。
 すると、そこにあった夏樹の顔は、妙に険しいものだった。
 ……一体、何があったというのだろう?
 そして、もう少し、夏樹の腕に力が込められると、キキーと音を立て、車はそこで急に停まった。
 その拍子に、わたしもわたしを抱く夏樹も、前に倒れこみそうになったけれど、それを夏樹がとめてくれた。
 ぐっと力を込め、シートに身を沈めて。
 夏樹の顔を見上げると、さっきよりもさらに険しい顔になっていた。
 今度は、多少焦りの色すらも見えるような気がする。
 そして、顔から色も失せているような気が……。
 ――本当に、何があったというの?
 いいえ、何があるというの?
 この極悪、犯罪すらさらっとしてのける夏樹が、ここまで焦ることって、一体……?
 その時だった。
 コンコンと、左側の、カーテンがひかれた窓ガラスが叩かれた。
 夏樹は、たらりと一筋の冷や汗を流し――あの夏樹がよ! あの極悪夏樹が!!――舌打ちをした。
 そして、カーテンを開け、窓を開ける。
 開けられた窓の向こうには、妙にきっちりとスーツを着込んだ男が数人立っていた。
 開けられた窓から、威圧的にこちらを見下ろしている。
「夏樹さま。一緒に来ていただこう。我らが主、寿(ことぶき)さまがお待ちだ」
 そして、そう言った。
 さまとは言っているけれど、決して夏樹を敬ってなどいない。
 それが、ひしひしと感じられた。
 そして、有無を言わせぬ態度だった。
 あの夏樹が……おされ気味だった。
 これから一体、何が起こるというの?
 そして……寿って、誰?

 このただならぬ重苦しい雰囲気が、これから起こるであろうことを、そこはかとなく物語っているよう。


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update:04/01/03