裏切りの告白
ダイキライ

 先にわたし一人だけ病室の外へ出され、二人で二言三言話した後に、由布も出てきた。
 そう、わたしに秘密の二人だけの会話が、まさかこのようなものだなんて、わたしが知るはずもなかった。

「本当は……検査なんて必要ないくせに。さらに言うと、その包帯も。怪我なんてしていないのだろう? だって、トラックが突っ込んできたのは、車からはなれてすぐのこと。だから、夏樹は無傷。さらには、運転手も夏樹を見送っていて無傷。本当、幸運な男だね。いや、悪運が強いだけ? ――ったく。よくこんな茶番を演じられるものだね?」
 思い切り呆れ顔で、由布がそう言った。
 そして、それに答えるように、ぐるぐるに巻かれた包帯をはずしながら、夏樹の奴、にやっと微笑んだ。
 もちろん、極悪悪魔の微笑み。
「だって……茗子に心配してもらいたかったんだもん」
 ――って、お前は子供か!!
 と言いつつ、蹴りの一つや二つ、拳の十発はお見舞いしていたわ。
 わたしがその場にいていれば。
 その場にいなかったことが、とても残念だわ。


 そんな会話をした後、由布はけろっとした顔でわたしに微笑みかけ、そして病院のエントランスまで歩いてきた。
 夏樹はもう大丈夫だからって、そんな由布の言葉を信じて。
 ええ。わたしはまだこの時、夏樹のこのうそっこ怪我を知らなかったから、まだまだ心配だったけれど。
 ……ったく。その罪、百叩きの後、市中引き回しにしたって足りないくらいよ。
 病院を出て、とりあえず屋敷へ帰ろうと、タクシー乗り場を探し、わたしと由布は辺りをきょろきょろとしてみた。
 タクシー乗り場はすぐに見つかったけれど、だけどタクシーは待機していない。
 だから、タクシーが来るまでしばらくそこで待つことにした。
 ちっちっと、腕時計の針が動く音が、妙に大きく聞こえた。
 病院の中からもれ聞こえてくる、呼び出しのアナウンスやざわざわとした音の中にいるにもかかわらず、時計の針の音だけがわたしの耳につく。
 そんな時、由布がぽつりとつぶやいた。
「――俺はね。本当は……夏樹の敵だよ」
「え?」
 いきなりのその爆弾発言に、わたしはまじまじと由布を見つめていた。
 本当にいきなりすぎる。
 だって、それって……。
 由布は、夏樹の味方じゃなかったの?
 鳳凰院の中で、今は由布しか夏樹の味方はいないって、由布、そう言っていたよね?
 なのに、どうして今更、そんな混乱させるようなことを言うの?
 ――ううん。
 驚いたけれど、だけどやっぱり、妙に納得できてしまった。
 だって、鳳凰院全てを敵にまわしている夏樹につくのは、分が悪すぎるから。
 だけど、どうして今、そんなことを……?
「本当は、夏樹に近づき、警戒心をゆるめたところで、一気に裏切り、陥れる。そのために俺は、寿に遣わされた……。そう言ったら、茗子、信じる?」
 少し淋しそうな眼差しで、じっとわたしを見つめてきた。
 由布にそんな目で見つめられ、戸惑い、思わず顔をそむけてしまった。
 だって、それは……わたしには答えられないから。わからないから。
 由布の言葉を嘘だと思えない。
 その目が、淋しいと同時に真剣だから。
 だけど、これまでの夏樹と由布も見てきている。
 それが、決して嘘だったとも思えない。
 だから……だから、わたしにはわからない。
 そして、今、それを語る由布の真意もわからない――
 そんなわたしに、由布は、やっぱり変わらず淋しそうに微笑んでこう続けた。
「……だけど、夏樹と親しくなるうちに……本当のことが見えてきた。これまで俺のいた世界は、なんて汚い世界だったのだろうとそう思った。そう思ったら……なんかもう、全てが馬鹿らしくなった。それと同時に、夏樹に心から協力したいと思っていた。……やっぱり、信じられないよね?」
 結局、それが全てなのだろう。
 そう言った由布が、とても優しい微笑みを浮かべていたので、わたしはやっぱりそれも嘘じゃないと思った。
 だから、すぐに信じられた。
 この時の由布なら、由布の言葉なら、信じてもいいと思った。信じられると思った。
 だって、そう言って、少し淋しそうに微笑んだ目は……とても澄んだ光を放っていたから。
 それは決して、心の貧しい人では発することのできない光。
 だから、由布なら、信じられるって。大丈夫だって……。
 どうして今、そんなことをわたしに告げたのかはわからない。
 だけど、由布の中では、今告げなければならなかったのだと思う。
 何故かはわからないけれど……。
 ぷいっとそむけた顔をまた由布に戻した時、それを目にし、感じたから――

 ところで、そのこと、夏樹は知っているの?
 そう思ったけれど、聞けなかった。
 もういいやって。別にそんなことはどうでもいいやって思ったから。
 今大切なのは、そんなことじゃなくて……。

 だけどやっぱり、そんないきなりの爆弾的な告白を聞き、まともに由布の顔を見られなかった。
 少し視線をそらしていると、いきなり由布に抱き寄せられていた。
「ゆ、由布!?」
 当然、驚き、抱き寄せられた由布のその腕の中で、少しの抵抗を試みる。
 そんなわたしの耳に、ふわっとやわらかな吐息がかかる。
「好きだよ……」
 ――え……?
 その言葉を理解するまで、わたしは少しの時間を要した。
 だって……それは――
「ちょ、ちょっと由布!? だって、由布には……!」
 その事実に気づき、まじまじと由布の顔を見てしまった。
 由布は、切なそうにわたしを見つめ、ふうと一つため息をもらす。
「あれは、嘘だよ。彼女なんていない」
「え……? じゃあ……」
 やっぱり、わたしの頭はいまだ混乱していて、由布の言葉をうまい具合に整理することができない。
 だって、いきなり、好きだとか、彼女なんていないだとか……。
 訳がわからないにもほどがあるわよ!
 今の由布は、夏樹に匹敵するほど、訳がわからないわ!!
「どうして協力しているのかって? それは、茗子を守るためにだよ」
「え……?」
 それは……知っている。
 由布も一緒にわたしを守ってくれているのだって、それは夏樹から聞いたから……。
 だけど、でも……。
「本当は……最初は、例のことのためと、面白そうというので、夏樹に協力していた。だけど……茗子と友達になって、茗子を知るうちに、次第に……」
 そう言って、由布はやっぱり切なそうに、苦しそうに、そして悲しそうにわたしを見つめる。
 優しく包み込むようにわたしを抱きしめたまま。
 そんな由布を見ているのが、とても辛くなってしまった。
 だって……だって、わたしは――
「由布……。ごめん……」
 そして、やっぱり、気づいた時には、自然にその言葉が口をついていた。
「くすっ。やっぱり、そう言うと思っていた」
 由布はそういうと、ぱっと腕をはなしわたしを解放する。
「由布?」
 わたしはその言葉の意味がわからず、じっと由布を見つめる。
 すると由布は、まったく困った子だねとでも言いたげに、わたしを見つめ返してくる。
「茗子。もう気づいているのだろう? 素直に認めなよ」
 そして、さらに訳のわからないそんなことを言ってきた。
 ――訳がわからない? 本当に……?
「由布……」
 そうつぶやくと同時に、わたしの頬を伝うもの。
 それは、涙――
 わたし、いつの間に、こんなに涙腺がゆるくなっていたのだろう?
 いつの間に、こんなにもろく……。
 そんなわたしの涙をぬぐいながら、由布は優しく微笑みかけてくる。
 だけどその目は、鋭い光を発していた。
 嘘は言わせない。そういう光。
「夏樹のこと……好きだね?」
 由布のその言葉を聞いた瞬間、わたしの胸は撃ち抜かれていた。
 鉄砲玉なんてそんな小さなものじゃない。
 今わたしの胸を突き抜けていったのは、バスケットボール、それくらいの大きさはあったわよ。
 それくらい大きな衝撃だったわ。
 ……それで、言えなくなった。嘘――
 そして、気づいてしまっていた。本当――
 うん。本当は、もうずっとずっと前からわかっていたかもしれない。
 だけど、それを素直に認めるのが嫌だっただけ。悔しかっただけ。
 そう、はじめてそれに気づいたのは、いつだったか……。
 涙をぬぐう由布の手に触れ、由布の目を見つめ、わたしはゆっくりうなずいていた。
 すると由布は、優しいけれど淋しそうに微笑んだ。
「それで……いいのだよ」

 これが、わたしの全て――


 茗子のそばにいるためには、偽りの彼女の存在が必要だった。
 だから……そう装っていた。
 俺が茗子を好きになってしまったことを、夏樹に悟られることは許されなかったから……。
 そして、病室で夏樹に泣きつく茗子を見て、確信した。
 茗子はもう、夏樹を好きになっているのだと。
 だから、それに気づいて欲しくて……俺の罪を言ってしまった。
 裏切りの告白を……。
 やっぱり俺の願いは、茗子の幸せだから。

 それが、由布の偽りの全て――


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update:04/01/05