胸のしるしはあなたの刻印
ダイキライ

 それから、わたしたちは、夏樹の悪趣味な黒塗りベンツで屋敷へ戻った。
 もちろん、由布も一緒。
 普段使っている黒塗りベンツは、例のあの事故で大破しちゃっているから、また別のひとまわり大きなベンツ。
「大きいと、この狭い日本では不便なのだよね。だから、小さめのあの車にしていたのに」
 と、ちょっと不機嫌に夏樹はそう言っていた。
 っていうか、あれでも十分大きかったのですけれど!?
 あんたの一言一言、かなり嫌味に聞こえるのは気のせいかしらね!?

 あの朝、おはようの願いがかなった朝、久能さんが言っていた「少し面倒なこと」とは、すなわち今回の寿の動きだったらしい。
 そして、それを利用して、寿をつぶしちゃおうと裏で動いていたらしい。
 こんな短期間に、完璧なほどの計画を練り、実行しちゃうのだから、やっぱり夏樹は、ぬかりない極悪悪魔なのよ。

 どうやら夏樹の奴、由布がもともとはそういう目的で近づいてきたと、ちゃんと承知していたみたい。
 そういう目的とは、つまり、夏樹を陥れること。
 だけど、次第に、悩み、揺れ動く由布の思いにも気づいていて、それでいて由布をそばにおいていた。
 信用して、仲間として認めていた。
 そういうことらしい。
 ……ったく。なんて男なのよね、まったく。
 どうしてそんなに簡単に、信じちゃうわけ!?
 あんたを陥れる目的で近づいた男をさ!
 夏樹という極悪男は、やっぱりそういう嫌味な男だったのよ。
 でも、なんとなくわかったりもする。
 だって由布。たしかに、いい奴なんだもん。
 わたしだって、由布がいい奴じゃなきゃ、友達になったりなんてしなかったわ。
 きっと、多分……。

 そして、夏樹の戦場という言葉の意味もようやくわかった。
 というか、語られた。
 同時に、どうして当主に執着するのかも。
 夏樹の本当の目的は、鳳凰院の当主として力をつけ、頃合を見計らって、一気に一族を失脚させる。
 そうして、鳳凰院家そのものを根底からぶっつぶすことだった。
 だから、夏樹は当主の座にいることが必要だった。
 今回の寿の一件は、あくまでそれのとっかかりにすぎなかった。
 これから、鳳凰院家を内側からつぶしていくとっかかりに……。
 鳳凰院一族を根絶やしにする。
 それが、夏樹の復讐――
 由布も久能さんも、それを知っていて協力しているらしい。
 鳳凰院家がつぶれちゃったら、由布も久能さんも困るはずなのに、それでも――
 そんなことを差し引いても協力できちゃうほど、それほどまでに、夏樹を愛しちゃっているというわけね、この男二人は。
 それほど、魅力のある奴だということね、この夏樹という極悪エロエロ星人は!
 まったく……。なんて奴らなの。この男たち、三人が三人とも!
 そう思わせる夏樹も、そう思ってしまった由布も久能さんも……。
 なんてなんて、愛すべき男たちなのだろう――


 そうして、本当のことがわたしに語られた夜。
 寿にかがされた薬品は、まだほんのちょっぴりわたしの体をぴりぴりしびれさせているけれど、だけどもうほとんど大丈夫。
 それでも、夏樹はわたしの体を気づかい、お姫様だっこで乙女部屋まで運び、そっと乙女ベッドの上においた。
 また、覆いかぶさるようにして、そんなわたしを見つめ、見下ろしている。
 夏樹の体の分だけ、わたしに影がかかる。
 それから、当然のように、夏樹の顔がわたしの顔に近づいてきて……。
 今度は、長く長く長かった。
 そして、深く……夏樹のあふれる思いが伝わってくる。愛情が伝わってくる。

 十一度目のキス。
 それは、その行為自体には何の意味もない。
 だた触れ合っているそこかしこから、伝わってくるこの思い。感情。
 それが全てのように感じた。
 そして、いつもの不意打ちとは違って、頭が真っ白になるわけでも抵抗するわけでもなく……。
 ――受け入れてしまっていた。夏樹を。この極悪男を。
 可もなく不可もなく……。

 どれだけ時間がたっただろう。
 ようやく夏樹の唇がわたしの唇からはなされた。
 触れ合うだけのそのキスでも、夏樹の思いは十分に伝わってきていた。
「……茗子。やっと抵抗しなくなったね」
 そのような、これまでのムードなんてぶち壊し!という台詞を、夏樹はさらっとはきやがった。
 まったく、この男は!
 それでも気障か。気障のつもりか!?
 それでは、気障の風上にもおけないわよ!
 そう思っていたら、夏樹の奴、調子づいたのか、またわたしへと顔を近づけてきた。
 今度は、されてなるものかと身構えた。
 だけど、一向にわたしの顔に降り注ぐものはなかった。
 あれ?と思っていると、何か胸の辺りがちくっとした。
 だから、さらにえ?と思っていると、夏樹は次第にわたしからはなれていって、そしてわたしの上で、整髪料とシャンプーの香りを漂わせながらにやりと微笑んだ。
 ええ、もちろん、極悪悪魔な微笑み。
 それで気づいてしまった。
 ……っていうか、気づかないわけがない!
「ごちそうさまっ」
 確定。
 ――やられた。やられてしまった。
 ただでさえくらくらな頭が、さらにくらくらよ〜。
 こんのエロエロ星人!!
 まったく、本当に信じられない、この男!
 この変態、スケベ、色情魔!!

 胸よりちょっと上。
 だけど、服に隠れて見えない辺り。
 そこに、わたしは夏樹のものだというしるしをつけられた。
 ……このしるしは、わたしは夏樹のものだという証。
 まるで、烙印みたいに刻みこまれてしまった。
 この烙印がある限り、もう、夏樹からは逃げられないと、夏樹の所有物であると、無言でその存在がいっている。
 夏樹にしてやられた、刻印――
 ……ムカつく。大嫌い。


 ――だけど、心のどこかで、このしるしが、ずっと消えなければいいと思ってしまっていたりもする。
 ずっとずっと、夏樹の所有物だというしるしが……。

 乙女心って、不思議だわ。


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update:04/01/05