ふってわいた人さらい
ダイキライ

 現れた。
 またしても現れた。現れてしまった。
 ……っていうか、寿の一件ですっかり忘れていた。
 こっちはまだ片づいていなかったんだ。こっちは。
 三橋涼。――涼ちゃん。
 その一件。
 わたしってば、ころっと忘れちゃっていたけれど、告白どころか、プロポーズまでされていたんだ。

 茗子なら、俺のいい嫁さんになる。

 なんて、そんな調子にのったプロポーズ。
 夏樹といい涼ちゃんといい、まったくどうして、わたしのまわりには、ろくな男がいないの!?


 ひとまず寿が片づき、わたしはまた学校へ通えるようになっていた。
 しばらくは、寿の一件で、親族連中も大人しいだろうって。そちらの方の片づけで手一杯だろうって。
 そして、またしても、わたしはちゃっかり由布をまいて……。
 というか、由布ともあの一件、好きだと言われてから、妙にぎくしゃくしちゃって、まともに話だってできていない。
 だから、まいて……というよりは、お互いに近寄りがたくて……と、そんな感じ。
 わたしが必要以上に意識しちゃうものだから、由布も気をつかってあまりわたしに近づこうとしない。
 きっと、それが本当……。
 このままずっと、もう由布とは友達に戻れないまま終わっちゃうのかな?と思うと淋しいけれど、今のわたしにはどうこうできるだけの余裕はない。
 そして、由布もまたそうだと思う。
 だって、わたしも夏樹も、由布の庶民の彼女という存在を信じて疑わなかったから。
 だけど、その彼女というのはいなくて、実は由布はわたしを好きだったわけで……。
 だから、夏樹の手前、簡単にわたしに近づけない。

 ――やだ。なんか信じられない。
 そんな、わたしにとってめちゃめちゃ都合のいいこと。
 つまりはこれって、一度に三人の男の人から好きって言われたようなものよね?
 ……まあ、夏樹にいたっては、その好きもいまだ胡散臭くって仕方がないけれど。
 その三人の中でも、由布からの好きがいちばん意外で、そしていちばん困る。
 わたしはずっとずっと、そう、夏樹の拉致に加担するまでは、由布とは友達でいたいと思っていたから。
 そして、夏樹の拉致に加担してからは、その怒りにめらめら燃えていたけれど、次第に鳳凰院のことがわかってきて、由布を見直していた。
 さらには、信頼すら寄せるようになっていた。
 由布なら、由布なら信じられるって。
 だから……だから、そんな由布からの好きは、とても辛くて困る……。


 そうして、由布から逃れたと思ったそんな矢先、またしてもわたしの目の前に現れちゃったのよ。
 真っ赤なフェラーリをひきつれた男。
 お金持ちちっくで、とりあえずは格好よく見えちゃう男。涼ちゃん!
「……りょ、涼ちゃん。今度は一体、何の用?」
 びくりと肩をすくめ身構え、とりあえずにらみも入れてみた。
 すると涼ちゃんは、とても悲しそうな顔をしてふっと微笑む。
「警戒……しているのか? そんなに、俺が信用できない?」
「そうじゃない。そうじゃないけれど……その……」
 思わず目線をそらしていた。 
 だって、だって……。
 そうじゃない。そうじゃないけれど、涼ちゃんとはもう会いづらい。
 八年前のこともあるけれど、わたし、自分で認めてしまったから。
 わたしは、きっと多分、この上なく癪だけれど、夏樹が好きなのだって……。
 それは、数日前につけられた、夏樹のものというしるしが語っている。
 もううすれてきた内出血の痕が――

 キスマーク。

 っていうのだよね。これって。
 ――よくわからないけれど……。
 それが、妙に存在を主張して、わたしの心からはなれてくれない。
 うすれてしまった今でも、わたしの目にはやけに鮮明に見える。
 焼きついて。この目に――
 悔しいけれど、わたしは、またしても夏樹の思惑通りに罠にはまってしまったということになるのだろう。
 悔しいけれど、悔しすぎるけれど、憎らしいことに。
 夏樹なんて、大嫌いなはずなのに……。
 でも、きっと好きで……。

「ごめん。涼ちゃん。この際だからはっきり言っておくね。わたし、涼ちゃんの気持ちにはこたえられないし、まして結婚云々なんていうのはありえないのよ」
 悲しくわたしを見つめる涼ちゃんに、突き放すようにわたしはそう言っていた。
 力いっぱい。精一杯。
 だって、多少叫び気味に言わないと、こんなこと言えないから。
 自慢じゃないけれど、わたし、生まれてからこんなのってはじめての経験で……。
 ――そうか。きっと今は、わたしの人生最大にして最初で最後のモテ期なんだ。
 ってだから、今はそうじゃなくて……!
「あの男が……鳳凰院家の当主がいいのか?」
 ふいっと顔をそむけているわたしの腕を、乱暴に涼ちゃんが握り締めた。
 また、いつかのように、ぎりぎりとその手に力がこめられていく。
 ……痛い。
 それは、腕が?
 そうじゃない。
 もちろん、腕も痛いけれど、心が……心が痛い……。
 その言葉に、思わず涼ちゃんを凝視していた。
 そして、涼ちゃんのその燃えるような目を見ているうちに、答えを見つけてしまった。
 わたしは、ゆっくりと目を閉じ、そしてゆっくりとうなずいていた。
 ……信じられない。
 まさかわたしが、夏樹がいいと思うなんて思っていなかったもの。
 たったの二週間。
 ううん。正確にはそんなにたっていない。
 二週間弱のそんな短い間に、いろいろなことがあって、ありすぎて、そしてわたしは――

 鬼畜。悪魔。極悪。
 それでもって、拉致、監禁、婚姻届を偽造して、わたしのファーストキスを奪った憎い奴。
 そんな憎い奴なのに、今ではその腕のぬくもりを求めている。
 ……おかしい。絶対、変。
 そう思ってみても、やっぱり事実はかわらなくて……。

 夏樹がいいとうなずくと、その瞬間、涼ちゃんの表情が変わっていた。
 きっと険しいものへと。
 そして、乱暴に握られたままの腕をひかれ、涼ちゃんの胸の中へ引き寄せられた。
 それで慌てていたら、今度は乱暴に車の扉が開けられ、強引に押し込められてしまった。
 って、ちょっと待ってよ!
 これって、これって……!!
「絶対に許さない。あの男だけは許さない。あの男では、茗子を幸せにできない。……だから茗子。俺のところに来るんだ」
 そうすごんで言われ、ばしんと乱暴に扉が閉じられた。
 そこで、慌ててドアを開け、車を降りようとしたけれど、その時にはすでに遅かった。
 涼ちゃんが運転席に乗り込んでいて、わたしが乗っている助手席の扉がロックされてしまっていた。
 そして当然、間髪をいれず、車は走り出す――


 ――ええ〜っ!?
 わたし、また拉致られたの!?
 今度は、夏樹じゃなくて、涼ちゃんに!?
 黒塗りベンツじゃなくて、真っ赤なフェラーリに!?
 拉致が先じゃなくて、プロポーズが先で!?
 っていうか、なんでわたしって、こう拉致られる運命にあるの〜!!
 たったの二週間のうちに二度も拉致られるわたしって、相当ついていない!?
 それとも、ただ鈍いだけ……?

 ――っていうか、何だか、二度目の拉致は、妙に落ちついちゃっているって、これって、どういうこと?


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/01/05