乙女心と秋の空
ダイキライ

 ごめん。涼ちゃん。
 わたしね、いくらそうして罠を張られたって、もう絶対無理。
 涼ちゃんの気持ちにこたえることはないの。
 それに涼ちゃん。夏樹のこと、あんな男ではわたしを幸せにできないと言ったよね? そして、あんな男だけは許さないと言ったよね?
 だけどね、わたしはね、涼ちゃんが言うところの、そのあんな男のことが、何を間違ったのか、好き――なのよね? まだ、よくわからないけれど――になっちゃったの。不覚にも……。
 だからね、いくら涼ちゃんに許さないと言われても、わたしが許しちゃっているから、もうそれってばどうにもならないじゃない?
 わたしの心は、わたしの心だけは、誰のものでもないから。わたしだけのものだから。
 それに……夏樹のこと、どこがいいのかって言ったよね?
 ……それは、わたしも気づかないうちうに、そうなっていたから。
 きっと……夏樹が十五年前の思い出の男の子だって知った時から、急速にわたしの心は惹かれていっていたのかもしれない。夏樹へと。
 めちゃめちゃ都合がいいけれど。
 だけどね、それほどまでに、十五年前の思い出は、わたしにとって大きなものだったの。
 そして、その後、次第にわかってきた、夏樹のこと。
 それが、わたしを夏樹からはなれられなくさせてしまった。
 それはきっと、多分……最初は同情みたいなものだったと思う。
 だけどね、そんな同情の中、夏樹はたしかにくれたんだ。
 わたしがほしかった言葉。ぬくもり。
 そして、それをわたしに与えられるのは、きっと……世界中どこを探したって、夏樹しかいないのだろうなって、そう思っちゃったの。
 それはきっと、夏樹がわたしのストーカーだから。
 夏樹は、わたしのことなら何でも知っているから――
 極悪悪魔なはずなのだけれど、そんなのはあり得ないはずなのだけれど、夏樹は、わたしがずっとずっと待っていた白馬の王子様なのかもしれない。
 乙女の最大の憧れはね、それはね、たった一人の自分だけの王子様と出会うことなのよ?
 それがね、複雑怪奇な乙女心というもの。乙女の夢。

 ――ふふ。おかしなの。こんな時に思い出しちゃったよ。いつかどこかで聞いた言葉。

 女は、愛するよりも愛される方が幸せになれる。

 まさしくそれだって、わたし思っちゃった。
 だって、あんなに鬼畜で悪魔で極悪で、しまいには犯罪者だけれど……たしかにわたし、夏樹にむりやり強引に求められても、今では嫌って思わなくなってしまっている。
 それどころか、「ああ、愛されるってこういうことなのかな?」なんて、そんなおかしなことまで思いはじめてしまった始末。
 夏樹に愛されることが、こんなに幸せって思えるのは、今でも信じられないけれど……。
 だけど、それはやっぱり、わたしの幸せなのだと思う。
 だからね、そう思っちゃうと、わたしももう、夏樹じゃなきゃだめって思ってきてしまったの。
 今はもう、十五年前のことなんて関係なく、夏樹に惹かれている。夏樹のぬくもりを求めている。
 夏樹だけの――

 もう、夏樹から逃げられないの。
 ……調子がいいよね。たしかに。
 あれだけ、夏樹のことを避けていたのに、だけど今では――
 そんな都合のいいことのように思えることでも、でもね、夏樹ってば、わたしが少しの歩み寄りをみせると、それを体いっぱいで喜んでくれるの。
 それがね、またわたしまでも嬉しくさせるの。
 だからね、そういう夏樹を見たいって思って、また夏樹にさらに一歩歩みよってしまう。
 だけど、そうかと思うと、ためらって一歩下がってしまうのもまた事実。
 おかしいよね? 変だよね?
 だけどね、ゆらゆらゆれて、あっちにいったりこっちにいったりして、そうして進展していくのもいいかな?って、今ではそう思う。
 それは、変化じゃなくて、進化なのだと思う。
 気持ちが進化していっている証拠。
 今では、夏樹は嫌じゃないから。
 夏樹なら……そうして変わっていくのもいいかなって思うから。
 うん。最後に待ち受けているであろう結末も、わたしちゃんとわかっている。
 それを受け入れる覚悟も、もうある。
 だって、夏樹からはどうしたって逃げられないもの。
 もう逃げたいとも思わない。
 ……わたし、今はね、夏樹からはなれたくないの。そばにいたいの。
 夏樹の胸の中……。
 そこが、今ではわたしの唯一安らげる場所になってしまったから……。
 本当にね、本当に、夏樹の胸の中は、心地いいの。安心できるの。
 あんなエロエロ星人で、乙女の貞操の危機だってわかっていても。
 おかしいよね、絶対。
 こうして、目をつむるだけで、そのまぶたの裏には、きらきらと輝く悪魔の微笑みを隠した天使の微笑みの夏樹が見えちゃうから、これってばもう重症だよね……。

 ……そう。
 今ははずしてしまっているけれど、ちゃんとポケットの中にしまっている小粒のダイヤ。
 これをもらった時だって、本当は……。
 ――不思議だった。
 すぐに突き返すことができなかったわたしが。
 もらってやってもいいって思ったわたしが。
 これってきっともう、手遅れだといっているのかもしれない。
 この短期間で、わたしは夏樹に負けてしまったのかな?
 とうとう屈服したとか?
 いやだ。まだ負けていないわ。終わっていないわ。
 わたしはやっぱり、最後まで夏樹と戦うのだから!
 絶対に絶対に、そう簡単に負けは認めてやらない!
 だってやっぱり、あんな極悪スケベ男なんて、大嫌いだから。


 ――会いたい……。
 そう嫌ってみても、夏樹のことを考えていたら、やっぱりむしょうに会いたくなってしまった。
 ぎゅっと、自分の両腕で自分を抱きしめてみても、その抑えられない衝動、夏樹が横にいない淋しさは、もう消えることはない。
 かえって、それを実感させられるだけ。
 このとりとめのない苦しみ、切なさ、淋しさは、もう夏樹じゃなきゃとめられない。なくせない。
 そう思ってしまっているわたしが、たしかに今、ここにいる。


 夏樹のこと……好きだね?

 由布に言われたあの言葉が、今もわたしの心にこだまする。
 ――好き……なのよね? わたし、夏樹のこと……。


 わたしの乙女心は、この移り気な秋の空のように、ゆらゆらゆれて、くるくるめぐって……。
 そして、たどりつく。


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update:04/01/05