嫌いだけど好き
ダイキライ

 ……っていうか、どうして、わたしが涼ちゃんのマンションにいると知っていたの?
 やっぱりそれも、ストーカーだから?

 そう聞いたら、夏樹、「愛ゆえにっ」とか、調子にのったちょこざいなことを言いやがった。
 ふんっ。
 聞いたわたしが馬鹿だったわよ。
 っていうか、聞かなくたってわかっていたはずじゃない。
 監視よ、監視!!
 例の、悪い虫がつかないようにという監視!
 きっと、その監視から夏樹へ連絡がいったに違いないわ。
 ……ったく。どこまでも嫌な男ね。

 でもまあ、今はとにかく、この腕に抱かれ、この胸のぬくもりを感じていたいから、それはそれでおいておいてあげよう。
 ……ムカつくけれど。


「……奪われたね?」
 屋敷へ帰り、そして乙女部屋に連れ込まれ、乙女ベッドに座らされ、夏樹は真剣な眼差しでそう言ってきた。
 もちろん、わたしの横には夏樹も座っていて、ふわふわの特注乙女ベッドは二人の重み分だけ沈んでいる。
 わたしは、そのむやみに真剣な夏樹の眼差しに、思わずうなずいてしまっていた。
 当然、何を奪われたかなんて、主語がなくたって、わたしにも通じている。
 それは……キス――
「ご、ごめん」
 そしてさらには、そんな謝罪の言葉まで飛び出していた。
 おかしなことに。不思議なことに。
 ……っていうか、夏樹に謝る必要も義理もまったくないのに!
 素直にうなずき、さらにはそんな言葉までわたしの口から出てきたものだから、夏樹の奴、しまった!という顔をして、そしてきゅっとわたしを抱き寄せた。
「……いいよ。こっちこそ、ごめん。辛いのは茗子だったね……」
「え……?」
 抱き寄せられ、優しくささやかれ、思わず夏樹を見つめていた。
 見つめた夏樹の目は、妙に優しかった。熱っぽかった。
 そしてまた、当然のように整髪料とシャンプーの香り。
 一体、この香りを何度かいだことだろう。
 その夏樹の眼差しを何度注がれたことだろう。
 夏樹のぬくもりを何度感じたことだろう……。
 ううん。今ではもうすっかり、それが当たり前すぎて……。
 夏樹の胸の中で、夏樹のぬくもりと香りに包まれ、妙に安らいだ気持ちになっていた。
 すると、いきなりくいっと顔を上げられ、そして、これもまた当たり前のように降ってきた。
 キスの雨――
 ……もう、数なんてわからない。もう、数なんて必要ない。
 何度目かなんて……。
 それくらいたくさん、数えることができないくらいたくさん、夏樹はわたしにキスして、夏樹の全てで包み込む。
 わたしも、もう抵抗なんてできなくて、むしろ……そうされることを求めてしまっていたりして……。
 そうされることで、心がすっと救われたりして。安らいだりして。
 ――やっぱり、おかしいと思うけれど、抗うのじゃなくて、わたしをはなそうとしない夏樹をはなしたくなくて……。
 そして、ずっとずっとこの時間が続けばいいって思ったりもして――


 しばらく、夏樹のキスの嵐が続き、ようやくやんだ頃。
 夏樹はわたしの左手をとり、不機嫌そうにつぶやいていた。
「……ところで茗子、指輪は?」
 その顔が、今までの、甘くて、そしてどこか男らしくて、思わず見とれちゃうような格好いいきりりとしまった顔じゃなくて、まるですねた子供のようだったから、思わず吹き出してしまいそうになった。
 だけど、そこはぐっとこらえて……。
「あ、うん。ちゃんと持ってはいるわよ。……ほら」
 そう言って、ポケットの中から指輪を取り出す。
「だって、なんか傷がつきそうだし、失くしそうだったから……」
 夏樹が右手を広げてきたから、指輪をころんと手のひらに置いた。
 すると夏樹は、シャツの胸ポケットから、それはもうごく自然に、用意周到に、シャラリとネクレスチェーンを取り出してきた。
 まるで、全てを知っていたかのように。それが当たり前のように。
「じゃあ、これ」
 そう言って、そのチェーンに指輪を通す。
 わたしの目の前に持ってこられたそのチェーンの先には、キラリと指輪がきらめいていた。
 そして、それはすぐさま、わたしの首へともってこられ、するりとスマートに首にかけられる。
 首の後ろで、カチンと留め具がかかる小さな音がした。
 その音を聞いた瞬間、とくんと胸が波打つ。
「これでもう平気でしょう? ずっとつけていてね?」
 にっこりと微笑む、天使の顔。
 思わず、それに見とれてしまった。……不覚にも。
 わたしの胸元できらんと光る、指輪。
 そのすぐ下には、数日前、夏樹につけられた、夏樹のしるし。烙印。
 わたしが夏樹のものだという刻印。
 もうほとんど薄れてきてしまっているけれど……。
「……うん」
 うなずいていた。
 ずっとつけていてねというその言葉に。
 それは、すなわち――
 うなずいたそのままで、夏樹の顔へと右手をもっていき、身を乗りだす。
 同時に、かつんという小さな音とともに、痛みを感じた。 
 どこにって……それは秘密。
 わたしからのはじめてに、夏樹はこの上なく驚いたように目を見開いていた。
 そして、「へたくそ」なんて、そんなことをつぶやきやがった。
 しかも、極上の笑顔で。嬉しそうに。
 ……だって、仕方ないじゃない。
 本当にはじめてなのだもの。わたしから夏樹へのキスなんて。
 少し恥ずかしかったけれど、だけど……。
 何だか、そうしたくなったから。そうしなくちゃいけないように思ったから。
 ――今は、これが精一杯のわたしの意思表示なのだけれど、夏樹、ちゃんと気づいてくれた?
 夏樹の「へたくそ」にちょっとむくれてみせたら、夏樹ってばわたしを抱き寄せた。
 そして二人、それはまるで必然のように見つめあう。
 こつんとおでことおでこをくっつけたりして、それがおかしかったりして、くすりと笑い合う。
 そして、当然のように、そのままぽすっとベッドに二人抱き合ったまま沈み込む。
 くすくすくす……。
 そんな笑い声が、乙女部屋に響く。
 乙女ベッドは、二人が横たわった分だけ、また深く沈みこむ――
「……いいよ」
 気づけばそう言っていた。
 そして、夏樹の全てを、何もかもを許していた。
 ……そう。拉致にはじまり、これから先に待っている婚姻届提出にいたるまで。
 わたしは、これまでの極悪非道っぷりを許し、そして夏樹を受け入れた。
 夏樹に、わたしの全てをゆだねる――

 夏樹の横で眠るのは、やっぱり最高に心地いい。
 そうして、朝までぐっすり、すやすやと眠るの。
 夏樹の思惑なんて、そっちのけでね?


 この人と一緒なら、これからの人生、何があっても歩んでいける。
 いつの間にか、そんな思いにとらわれてしまっていたわたしに気づいた。
 それが、現実になるか、幻想になるか、それはこれからわかること。これからのわたしたちが決めること。
 今は、わたしを包み込むように抱く、このあたたかな腕が、胸が、大切。
 それさえあれば、もう何もいらない――

 世の中って、本当に不思議。
 気づけば、世界でいちばん大嫌いなはずだった極悪悪魔を、わたしは世界でいちばん大好きになっていたのだから。
 世界でいちばん大嫌いな奴が、世界でいちばん大切な奴になっていたのだから。
 この大嫌いな極悪悪魔だけが、今はわたしの全て――


 好きよ。
 それは、まだまだ言ってあげない。


ダイキライ おわり

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update:04/01/05