あなた好みの女
ダイスキ

 きらきらきらきらきらめいて。
 ふわふわふわふわやさしくて。
 この人を大切と思えるこのひと時が、とても愛しい。
 永遠に続けばと、願う。
 わたしにはもう、あなたしか――


「……はい?」
 乙女部屋。乙女ベッドの上。
 ぽすんっと身を沈め、上体だけを起こしている。
 胸の前で、ふわふわのブランケットをぎゅっと握り締めて。
 閉じたカーテンの隙間から、朝日が差し込んでくる。
 振り向きざま、思いっきり顔をゆがめて、そう言ってあげた。
 だって、夏樹。
 この男、今、一体何と言ったと思う!?
「だ・か・ら、茗子。服、脱いで」
 にっこりと微笑み、すっとわたしに手をのばしてくる。
 もちろん、その手をわたしの腰にからめようとして。
 この男の行動パターンなんて、もうわかりきっている。
 だから、即座に、その手を叩き落としてやったことは言うまでもない。
 っていうか、よりにもよって、言うにことかいて、それ!?
 信じられないっ!
 一体、何を考えているのよ。このドスケベ男!!
 まさか、ここまで煩悩に支配された男だとは思っていなかったわ。さすがにっ!
 ――いや。やっぱり思っていた?――
 しかも、叩き落としてやったその手を、これみよがしにさすったりなんかして……。
 恨めしげに、わたしを見つめてきたりなんかして……。
 そうしたいのは、むしろこっちよ!
 この場合、非難するのはわたしの方!
 大っ嫌い!
「どうして、そんなことをしなきゃならないのよ!!」
 本当、どうして、そんなことをしなきゃならないのよ。
 できるわけないじゃない!
 朝目覚めて、開口一番それ!?
 この男の頭の中、やっぱりおかしいわよ。
 常々そうじゃないかとは、思いっきり、これでもかというほど思っていたけれど。
 どうしてこんなに、この男は、好色一代男なのーっ!
 ……わたし限定で。
「え? だって、今からこの服に着がえて、ぼくとデートだから」
 どこからともなくびらりとピンクのワンピースを取り出してきて、そうにっこりと微笑む夏樹。
 しかもそのワンピース、ちゃっかりわたしの胸にあてて、「あ。やっぱり似合うね?」なんて嬉しそうに微笑んで……。
 ――そりゃあ、夏樹が選んで用意した服を、着せられるなんていつものことだけれど……。
 ――いや。それも果てしなく、何かが違うとは思うのよ。うん――
 この男は、一体、何をしたいの!?
「はあ!?」
 とりあえず、そうして思いっきり怪訝な顔をしてあげる。
 だってこの男、そうしないと……どんどんエスカレートしていくから。
 ……いや、しなくても、エスカレートするけれど。
 だって、問答無用でわが道を行く男だもの。
「あれ? 言っていなかったっけ?」
 意にそわぬ答えだったのか、それとも予想外の言葉だったのか、わたしの反応に、夏樹はきょとんと首をかしげてみせる。
 持っていたワンピースを、さりげなくくしゃっとにぎりしめて……。
 とてもショック、というような顔をつくり……。
 ねえ、だからそれ、めちゃくちゃわざとらしいから、ムカつくのですけれど?
 っていうか、聞いていない。言っていない。そんなこと!
 本当、いつも自分の頭の中だけで先へすすんじゃって……。
 だったら、最初からそう言ってよ!
 本当の本当に本気で、あせったじゃない。
 とうとう乙女の貞操も、これにてご臨終かと……。
 この男なら、しかねないから。
 たとえ、無理強いでも。卑怯な手段を使っても。
 そういう犯罪者なのよ。この鳳凰院夏樹という男は。
 だって、拉致、監禁、婚姻届偽造、ストーカーという、そんな犯罪を平気でさらっとしてのける男だから。
 嗚呼、もう。本当、夏樹ってば、再会した時からちっとも変わっていない。
 ……いや。むしろ、さらに調子にのっている!

 夏樹の馬鹿!!
 わたしの赤面、返してよっ!
 おかしな言動をしちゃってくれるから、染めなくてもいい頬を染めちゃったじゃないっ。
 夏樹の手から、にぎるワンピースを奪い取る。
 そしてそのまま、ぐいぐいと乙女部屋の扉へとおしやる。
 後ろ向きにおされるものだから、「わっ。め、茗子、ちょっと待って。危ないっ」なんて慌てていたようだけれど……。
 無視。とことん無視。
 問答無用で、乙女部屋の外へ、ぽいっと放り出す。
「着がえてあげるから、出ていって!」
 ぽいっと放り出した拍子に、ぽてっと廊下にしりもちをついていた夏樹を見下ろし、そう言い放つ。
 もちろん、威圧的に憎らしげに見下ろしてあげたわ。
 すると夏樹ってば、まるで捨てられた子犬のようにしゅんと耳を倒して、
「……けちー」
なんてむうとむくれやがって……。
 って、おい。待て、そこの勘違い男!
 けちとかそういう問題じゃないでしょ。これはっ!
 あんた、乙女の着がえを、まじまじと観賞できるとでも思っていたわけ!?
 そして、どうせ、それが狙いの一つだったのでしょう!
 ふざけるにもほどがあるわよっ!
 こんの最低男!!


 ――五分後。
 一応着がえをすませ、かちゃり……と乙女部屋の扉をあけると、廊下には、いまだすねた夏樹がいた。
 扉のすぐ前で、三角座りで、うらめしそうにこちらを見上げ。
 まわりに、じめじめときのこを栽培して……。
 わたしの着替えを見られなかったことが、とってもとっても残念でならないと……。
 あ、頭いたいわ。本気で。
 何、この男!
 絶対、何かが……すべてがおかしいわよっ!
 頭のねじ、何本かどこかに落としてきたのじゃないの!?
 ……ううん。何本どころじゃなくて……全て?
「ちょっと夏樹、そんなところでくさっていないでよ!」
 はあと盛大にため息をもらし、夏樹の腕をぐいっとつかむ。
 だけど、夏樹の体はびくともしなくて……。
 やっぱり、恨めしそうにわたしを見上げている。
 あのね……。
 あんた、こどもか!
 ――それにしても……。
 こんなに本格的にすねた夏樹って、はじめて見るわ。
 普段は、どこかひょうひょうとしていて……なんだか、余裕しゃくしゃくという気がするから、この上なく腹立たしいのだけれど。
 すねるその理由が、わたしの着がえをのぞけなかった……という辺り、あんたなめているの!?と言ってやりたいけれど。
「ああ。もう、はいはい。わたしが悪かったから、だから立ってよ。これから朝食でしょ!」
 すねる夏樹の前に、すとんとしゃがみこむ。
 そして、夏樹のすねた顔をのぞきこんであげると……瞬間、ちゅっとキスされていた。

 ……はい?

 突然の出来事についていけなくて、しばらくの思考停止の後、再起動。
 そして、あらためて夏樹の顔を見てみると……にやりと、いつもの極悪悪魔な微笑み。
 や、やられたっ!
 この男、はかったわね〜!
 しかも、そのままひょいっとわたしを抱き上げ、やっぱりお姫様だっこ。
 そして、くすくすと朝から無駄にさわやかな笑いをもらし、颯爽とダイニングへとわたしをさらっていく。
 「楽しみだね。今日のデート」なんて、ふわりと耳元でささやいたりなんかして。
 ねえ、本当に、この男の頭の中、どうなっているの!?
 解剖して確かめたいなんてそんなことは言わないわ。
 そんなのはどうでもいいから……。
 誰か、頭の中から脳を取り出して、廃棄してやってっ!
「今日の茗子は、いちだんとぼく好みでかわいいね」
 夏樹の腕の中、ぎろりと夏樹をにらみつけていると、そうしてにっこりと微笑みを落としてきた。
 その視線で、着がえたばかりのわたしのワンピースをさして。
 ――もしかしてもしかしなくても……わたし、墓穴を掘ってしまいました?
 この男好みの服に身をつつみ、この男好みの女に化けてしまったから……。
 嗚呼。やっぱり、今日こそ、なんだかとっても乙女の貞操の危機。


 狩野茗子。二十二歳と半年ちょっと。
 相変わらず、大ピンチの予感です。


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update:05/08/27