怒りのイチゴパフェ
ダイスキ

 さあ、みなさん。
 落ち着いてくださいね?
 落ち着きましょうね?
 落ち着いて避難しましょうね?
 絶対ですよ。慌てちゃだめですよ。
 慌てたら、逃げられるものも逃げられなくなりますよ?
 うっきゃあ。
 極悪大明神さま、お怒りです〜っ!!


「何だよ、そのあからさまに嫌そうな顔は」
 今目の前には、おもしろくなさそうにそう言い放つ男が一人。
 その男は、とってもとってもと〜ってもよく見知った男。
 だってこの男、由布なのだもの。
 観光船から降りると、何故だかそこに由布が立っていて……。
 しかも、にっこりと。
 もちろん、その姿を見つけた瞬間、夏樹はわたしの肩を抱き、ぐるりと一八〇度方向転換。
 しかし、逃亡はかなわず、がしっと由布に腕をつかまれて……。
 そして、そのままずるずると引っ張られ、海辺のカフェテラス。
 そこで、由布と向き合い、何故だかお茶タイム。
 しかもしかも……ここにいるのは、由布だけじゃなくて……。
 ど、どなたでしょう? この方々は。
 妙に風格漂う、夏樹と同じくらいの年の男の人と、かわいらしい女の子。
 どこからどう見ても、深窓のご令嬢といった感じ。
 ……のはずなのに、がむしゃらにプリン・ア・ラ・モードに舌鼓をうっている。
「仕方ないだろう。京也(きょうや)さんが夏樹に会いたいとやってきたのだから。で、でかけているといったら、連れていけって」
 優雅にセイロンティーを飲みながら、由布はさらっと言い放つ。
 その目は、目の前に広がる海へと向けられて。
 視線の先では、悠々とカモメが飛んでいる。翼を広げ。
 眼中に、夏樹の姿を入れることを拒否している……ように見える。
 ――っていうか、どうして由布が、わたしたちの行き先を知っていたかは……触れてはいけないところ。
 触れたが最後、普通の人じゃいられなくなっちゃう。
 まあ、今でも十分、普通の人じゃないような気もするけれど。
 この男たちのおかげで。
「だからって、どうしてわざわざデートの邪魔を……」
 そんな由布に、夏樹はずいっと詰め寄る。
 いつもの無駄に落ち着きはらった夏樹からは、ちょっぴり想像できない。
 だけど、デートの邪魔、という言葉が、今の夏樹の状態を納得させてしまう。
 悲しいことに。
 本当に、夏樹ってば……もう。
 この男の頭の中は、やっぱりそれだけしかないよう。
 いかがわしい色を放つ、煩悩しか。
「あ。それはもちろん、楽しそうだったから」
 詰め寄る夏樹をちらっと見て、にっこりと微笑む由布。
 かちゃんと、ソーサーにカップを置きながら。
 なんだか、その微笑み、どこかの天使の仮面をつけた悪魔を見ているみたい。
 う〜ん。さすがは、いとこ。
 血は争えないということ?
 最近、本当、この二人って仲が悪いわよね〜……。
 一体、何があったのかな?
「なんか、茗子にべたべたしている夏樹を見ていると、ムカつくのだよね」
 って、由布はそう言っていたけれど……それが理由?
 どうして、ムカつくの?
 わたしにべたべたするのが、夏樹なのに。
 今さらじゃない?

 それにしても……。
 うわっ。
 どこかのご当主さまから、極悪オーラがめらめらと……。
 隠すことすらせず、あからさまに。
 由布ってば、夏樹が怒るとわかっていて、あえて言っているのだから……。
 本当、なんて男なのかしら。
 最近、なんだかとっても夏樹に似てきたわよね。
 ……ううん。これは……夏樹なんかじゃなくて、まるでどこかのバトラーみたいが正解かも。
 夏樹をからかって、楽しんでいるのだから〜……。
 ああ、もう、わたし、知らないからね。
 無視を決めむことにして、スプーンを手にとり、ぷすっとイチゴパフェにつきさす。
 そしてそれから、一人もくもくパフェに夢中になり……。
 無視。とことん無視よっ。
 この二人の巻き添えを食うなんて、ごめんだからね。
 それにしても、このイチゴパフェ、なかなかやるわね。
 美味よ、美味。
 特に、このイチゴのソースが、何とも言えないよい味をしていて……。
「ねえ、それおいしい?」
 夢中でパフェを食べていると、すっと指差しそう聞かれた。
 その声に顔をあげてみると……目の前で、にこっと微笑む女の子。
 例の京也さんとかいう人と、一緒にいた子よね? たしか……。
 がむしゃらプリン・ア・ラ・モードのお嬢さん。
 ふ、不意打ちで、ちょっぴり驚いちゃったじゃない。
「え? う、うん」
 こくんと、うなずく。
 すると、いきなり、顔がぱあとはなやいだ。
 そして、うきうきるんるんと一口分だけ残っていたプリン・ア・ラ・モードをぺろりとたいらげる。
「本当? じゃあ、わたしもそれを頼もうっと」
 それから、そう言って、ウエイトレスを呼び、ちゃちゃと注文をすませる。
 って、ちょっと待って。
 あなたたしか、今、プリン・ア・ラ・モードを食べたばかりじゃ……?
「あはは。驚いた? わたしね、甘いものに目がないんだ」
 ぎょっと彼女を見つめるわたしに、ぺろっと舌をだし、おどけてみせる。
 そんな彼女の横では、少し呆れたように、京也さんとかいうこの男の人が、彼女を見下ろしていた。
 夏樹と由布は、相変わらず、ばちばちと火花を散らして戦って。
 この二人、やっぱり、こんなに仲が悪かったかしら?


「茗子」
 イチゴパフェの続きを食べていると、ふいに夏樹にそう声をかけられた。
 今の今まで、由布と無言のたたかい……にらみ合いをしていたのに、もういいの? 満足なの?
 夏樹にしては、やけにあっさりしているわよね。
 気にいらない人は、そのにっこり笑顔で、無言の圧力をかけるのに。
 相手が、「参りました」と白旗をあげるまで。
 そんな、さらっと悪魔の所業をしてしまう男なのよね。
「ん? 何? 夏樹……」
 くわえていたスプーンを口からはなし、夏樹を見る。
 横目で、食べかけイチゴパフェを見ながら。
 わたしの至福のひと時を邪魔するなんて、いい度胸よね。
 そう思って、ちょっぴりにらみをおまけしてあげると……その瞬間、やられたっ。
 ちゅっと軽く小さな音が、わたしの耳に伝わってくる。
 同時に、唇にふれる、この生暖かいものは……。
 ――キス。
 どさくさにまぎれて、この男はっ。
 というか、今は、二人きりじゃないのに、よくもやってくれたわねっ。
 本当に、恥ずかしい男ね。
 ……ううん。エロエロ魔人。
 大嫌い。
「やっぱり甘いね」
 こんな人前でいきなりキスをしてきた夏樹を、思わずぎょっと見つめると、夏樹ってばにっこりと微笑む。
 もちろん、嬉しそうに。
 しかも、物足りなそうに唇に人差し指を触れさせたりして。
 今、わたしの唇に触れたばかりのその唇に。
「だから、あんたは一体、何をしたいの!?」
 持っていたスプーンをずびしっと夏樹にさし、ぎろりとにらみを入れてあげる。
 本当に、この男ってば、一体何がしたいわけ!?
 いきなり人前でキスしてきたかと思えば、そんな訳のわからないことを言ったりして。
 常々、意味不明の行動をとる男だとは思っていたけれど……。
 さすがに、今回ばかりは――今回も?――理解できないわ。
「おいしいっていうから、ぼくも味見しようと思って」
 じいっと疑わしげに見つめるわたしに、夏樹ってば、にっこりと微笑む。
 あ、あのね……。
 味見って普通、キスじゃなくて……。
 ――いい。やっぱりやめておくわ。
 この男の目的は、はじめから味見じゃなくて……もちろん、これなのだから。
 とにかく、何かと理由をつけては、わたしに触れたがるし、キスしたがるのだから。
 あまりにも夏樹らしくて、もう怒る気にもなれない。
 そうして、どっと疲れを覚えたわたしに、さらにこの男は追い討ちをかけてきてくれる。
「それでね、茗子。このふてぶてしい態度の男が、金郷京也(こんごうきょうや)。そして、そっちのパフェをむさぼっているのが、妹のあかり」
 そうして、脈絡なく、いきなり、夏樹の前に座る京也さんとその横の女の子を紹介してくる。
「うん?」
 夏樹につきつけていたスプーンをもどしてきて、ぽてっと口につける。
 ついでに、首も少しかしげてあげたりして。
 だって、ねえ?
 やっぱり、何が言いたいのか、したいのか、わからないもの。
 首をかしげて夏樹をじいっと見ていると、いきなり、京也さんは、無駄にさわやかな微笑みを浮かべた。
 そして、さらっと事もなげに言い放つ。
「表の鳳凰院だね。うちは」
 京也さんの横では、あかりさん……ちゃん?が、やっぱりがむしゃらにイチゴパフェをほおばって。
 まるで、今のこの状況なんて、無視。

 ……え?
 それって……?
 っていうか、今さら紹介ですか。
 やっぱり、この男、どこまでいってもゴーイングマイウェイ。


 というか、今のその言葉、さらっと問題……爆弾発言なのではないでしょうか?
 だって、表の鳳凰院って――


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update:05/09/11