世界中の誰よりも
ダイスキ

「茗子? 疲れた? いいよ、寝て」
 重くなったまぶたの向こうに、優しく微笑む夏樹の顔がある。
 ふわりとわたしの肩を抱き、ぐいっと抱き寄せて。
 ゆれる悪趣味な黒塗りベンツの中、心地よいぬくもりに包まれて。
「ん、んん……」
 くいっと目をこすり、そのままごろん。
 夏樹の膝の上へ。
 なんだか眠すぎて、夏樹に抗う気力さえ遠のいていく。
 本当にもう、今日は夏樹に振りまわされっぱなしで――まあ、いつものことだけれど――疲れちゃった。
 こてんと頭を置いた夏樹の膝は、膝だけは、気持ちいいかもしれない。
 夏樹自身はおとといきやがれという感じだけれど。
 夏樹が、やわらかくわたしの髪をすいていく気配がする。
 絶対、必要以上にあまったるい微笑みを浮かべているに違いない。
 そして、その顔が近づいてきて、ふわりとわたしの頬に触れる。
 それがなんだか気持ちよくて、どんどん眠気が誘われて。
 遠のく意識の中――

 ……って、はっ!
 ちょっと待ってよ、茗子。
 こんな極悪エロエロ星人の膝の上なんかで寝たら、とてつもなく危ないじゃない!
 寝ている場合じゃないわよっ。
 ほら。眠気なんかに負けず、戦うのよ、茗子!

 そう思った瞬間、とじかけていたまぶたが、ばちっと持ち上がる。
 ぱっちりと、目が開く。
 それを、夏樹はなんだかとっても残念そうに見つめてくる。
 そこに、ちょっぴり驚きの色をにじませて。
 そうかと思うと、急にむすっとして……。
「茗子。どうして寝ないの? ぼくの膝枕じゃ、役不足とでも?」
 なんて非難までしてくる。
「役不足どころの問題じゃないわよ! ……あ、あやうく、あんたの罠にはまるところだったわ」
 あわあわと、夏樹の膝から起き上がろうともがきつつ、そう叫ぶ。
 だけどやっぱり、そんなことはこの男がゆるしてくれるはずもなく……。
 また、ぐいっと夏樹の膝の上に逆戻りさせられる。
「罠?」
 そして、わたしを見下ろしながら、首をかしげる。
 まったく……。
 騙されないわよ。
 この男のことだから、行動のその裏に何かが隠されていないことなんてないもの。
 特に、こういう妙に優しい時は!
 ――まあ、いつも、必要以上に優しくはある……と思うけれど。……認めたくないけれど――
「そうよ。わたしを眠らせて、どうせいかがわしいことでもしようと思っていたのでしょう!」
 そう。それよっ!
 この男の行動の全てには、それが惜しみなく含まれている。
 むしろ、それなしでは行動なんてしない。あり得ない。
 ……あくまで、わたし限定だけれど。
 だって、この男には前科があるのよっ!
 いつだったか忘れたけれど、ジュースと偽ってカクテルを飲ませ、しかもその中にちょっぴり睡眠薬なんて入れてくれちゃっていて……。
 くうっ! 思い出しただけで、腹が立ってきたわ。
 それを聞かされた時のわたしのあの憤り、一体どう表現してくれよう。
 この前、慣れるためにも、ちょっぴりお酒を飲んでみようかなと言ったら、夏樹と久能さん、二人がかりで必死にとめられたのよね。
 そう。まるで、鬼気迫る様子で。
 そこで不思議に思い、問い詰めていくと……。
 ――嗚呼。いい。やっぱり、もう思い出したくもないわ。あんな屈辱的なことっ。
「ああ。その手があったね」
 ぽんと手を打ち、目からうろこをぽろりと落とす夏樹。
 ……え?
 その言葉と行動の意味がわからなくて、きょとんと首をかしげてみると、
「でもね、眠らせなくたって、そんなことくらい、簡単にできるよ?」
さらりと、さらりと、にっこり微笑み、そうほざいてくれた。
 は〜い〜!?
 ……やっぱり、その言葉の意味も理解できなくて、夏樹をじいっと見つめる。
 なんだか、さっきから、話がかみあっているようでいないような気がするのは、気のせい?
 すると、そのままぎゅうっとわたしを抱きしめてくる。
 そうかと思うと、とても嬉しそうにわたしの顔に自分の顔を近づけてきて――

 ……。
 十数秒、思考回路停止。
 そして、再び動き出す。
 動き出したら、今、この状況も把握できちゃって――

 な、な、な、何するのよっ。この男!!
 な、生暖かいものが〜っ!
 口の中に〜っ!
 ぎゃあっ。うそでしょう!!
 こ、こんなのはじめて!
 今まで、こんなこと、してこなかったのに。
 どうして!? なんで!?
 それから逃れるために、じたばたと、夏樹の腕の中で動いてみる。
 だけど、わたしを抱く夏樹の腕はびくともしなくて……。
「んん〜。んんんんん〜……」
 ただ、言葉にならないわたしの叫び声だけが、車内に響く。
 ――ぷはあっ。
 ぜいぜいぜいぜい。
 そして、ようやく解放された頃、そう荒い息をしているわたしがそこにいた。
 それから、顔を真っ赤にして、目を見開き、夏樹を見つめる。
 だけど、そんなわたしに、夏樹はにっこりと微笑んでいるだけ。
 なんだかとっても満足そうに。
「くすっ。これくらいで真っ赤になるなんて、茗子、かわいいね」
 それから、そんなことをさらっとほざいてくれる。
「こ、こ、これくらいって、あんた! 今何をしたかわかっているの!?」
 いまだわたしの腰を抱き、腕をにぎり、それ以上は解放してくれない夏樹から必死で逃れる。
 だけど、やっぱり、そんなことはできるはずもなくて、また夏樹の胸へと逆戻りさせられてしまう。
 妙に甘い微笑みと、とんでもない言葉とともに。
「もちろん。ただのキスだよ? いつもより一歩すすんだね」
「……っ!!」
 当然、わたしの顔はもっともっと、これでもかというほど赤くなり、そんな声にならない叫びを上げていた。
 そして、わたしを抱きしめる夏樹の胸を、ぐいぐいと押し返す。
 だって、このままここにいたら、本当の本当に危ない気がする。
 このまま放っておいたら、一歩どころじゃなくて、一気に五歩も六歩も……それ以上も、先をいっちゃいそう。
 今の夏樹、絶対抑えがききそうにないもの。
 どうしてそんなに、幸せそうに、満足そうに微笑んでいるのよー!!
「だいっきらい!」
「うん」
 だから、当然、十八番をお見舞いしてあげる。
 なのに、夏樹ったら、やっぱり嬉しそうににっこり微笑むだけで……。
 うわーんっ。
 夏樹なんて、大大大大大嫌いだ〜!!
 どうして、だいきらいって言っているのに、そんなに余裕しゃくしゃくで、嬉しそうなのよ!?
 普通、こういう時は、あんたなら、がくんと肩を落としちゃうのじゃないの!?
 なのに、どうして、よりにもよって、今はそんなに幸せそうにしているのよ!?
 くう。あまりにも悔しすぎて、涙がでてきちゃうじゃない。
 だって、この男、よりにもよって、よりにもよって……。
 いつもより一歩すすんだキスって何なのよー!!
 うわーん。もう、訳がわからないっ!
「だいっきらいったら、だいっきらい!」
「うん」
 ぐいぐいと胸を押し返すその腕をぎゅっとにぎり、やっぱりまたしても胸へと逆戻りさせられる。
 そして、今度は逃がさないよと、ぎゅうっと抱きしめられて……。
 嗚呼。もう、本当……この男、どうにかして。
 だいきらいだって言っているのに、全然こたえてくれない。
 どうして!?
 っていうか、このままじゃ、本気でやばいのですけれど?
 わたしの乙女の貞操……。
 この男ならしかねない。
 たとえここが、車の中であろうと。
 調子にのって、盛りがついたこの男は、たとえ神様だろうととめられない。
 だから、ここは何がなんでも抵抗し続けなければっ!
「だいっきらいって言っているのよ!? だいっきらいなのだからね!」
「うん。そうだね」
 とうとう、ぽろぽろと涙がこぼれてきてしまった目で、夏樹をきっとにらみつけてやる。
 すると夏樹ってば、さらに嬉しそうに、とろーんと顔の筋肉をくずしやがった。
 それから、さらっとわたしの髪をすいていき……そっとその唇を寄せてくる。
「……素直じゃないからね」
 甘い吐息とともに、そんなことを耳元でささやいてくれちゃって……。
 一気に気が遠くなりそうになってしまった。
 あまりもの怒りのために。
 す、素直じゃないって、一体何よ!?
 こ、こ、この自信過剰男がっ!
 だいっきらいっていったら、だいっきらいの他の意味なんてあるわけないじゃない!
 たとえ、わたしが天下無敵の天の邪鬼だとしても!!

 あんたのせいで、眠気も一気に吹っ飛んじゃったじゃない。
 大馬鹿野郎〜!!
 夏樹なんて夏樹なんて、大嫌い!!


 ――っていうか、いつもより一歩すすんだキスって……あんなすごいことが、一歩ですむの!?
 今まで知らなかった。
 あんな濃厚なキス……。
 あんなことも、夏樹ってばできちゃうんだ――


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update:05/09/18