あとどのくらい?
ダイスキ

 鳳凰院家、リビング。
 何故だか、リビング。
 乙女部屋じゃなくて、リビング。
 くどいようだけれど、リビング。
 そこで、ぎゅむうっとわたしを抱きしめるこの男をどうにかしてください。
 ビロードのふかふかソファにどっかりと体をあずけ、自分の腕の中にわたしをすっぽりおさめちゃっているこの男。極悪男。
 鳳凰院夏樹。二十七歳!!

 二ヶ月前、大学を卒業してからというもの……この男ってば、それをいいことに、わたしをこの屋敷にとじこめ、そして、思う存分堪能してくれている。
 まあ、別にいいのだけれどね。
 ――堪能……をのぞけば――
 そして、仕方がないのだけれどね。
 だってまだ、ゴキ一掃にはいたっていないから。
 だから、夏樹に協力するって決めた手前、やっぱり大人しくしていなくちゃならないと思うの。
 というか、この男、絶対手を抜いている。
 だって、その極悪ぶりをもってして、こんなに時間がかかるわけないじゃない。
 たしかに、あっという間に始末しちゃっていたとしても、それでも夏樹は、まだ本当の意味でわたしを自分のものになんてできなかったのだけれどね。
 だって、このゴキ一掃は、わたしが出した条件だもの。
 この他に、夏樹ったら、自ら枷をつけっちゃっていたのよね。
 だから、それのために、一掃できたとしても、わたしを夏樹のものになんてできな……かった。
 そう。あくまで過去形。今では。
 だって、夏樹が自ら課したその枷は、「わたしが卒業するまでは結婚しない」なのだもの。
 そしてわたしは、とうとう二ヶ月前に卒業しちゃったわけで……。
 そうすると、自然、枷は消滅しちゃうわけで……。
 だから、もうそろそろかな〜……とか、とってもドキドキしているのだけれど。
 一体、いつ言ってくるのだろう。
 「邪魔者一掃したから、今すぐ結婚しよう」って。
 早々と一掃しちゃったら、夏樹のことだから我慢できないと、きっとのらりくらりとのばしのばしにしているのだと思う。
 それは、もちろんわたしのため。わたしとの約束を守るため。
 そのために、自ら枷を課していたのだと、今ならなんとなくわかる。
 夏樹って、そういう男よね。
 だって、あの夏樹よ。やっぱり。こんなに手間取るなんてあり得ないもの。
 我慢できないから、だからあえて、こうしてひっぱっているのだわ。
 わたしのために。
 本当、ムカつく男よねっ。
 大っ嫌い。

 ……うん。
 できている。覚悟なんてそんなもの、もうとっくに。
 卒業と同時に、その……乙女の貞操が終わっちゃうかと思ったけれど、どうやら、まだ待ってくれているみたいだし。
 わたしが夏樹のものになること……婚姻届提出。
 いいのにね?
 今すぐわたしを夏樹のものにしちゃっても。
 この二年間、わたしはそのつもりで、ずっと過ごしてきたもの。
 卒業したら……わたしは、夏樹のものにされちゃうって。
 それは、この二年で、どんどんふくらんできてしまったような気も……悔しいけれど、する。
 どうしてそういう気持ちになっちゃったのか、いまだにわからないけれど。
 だけど、それが、今のわたしの本当ということだけはわかる。
 だから、天の邪鬼茗子さまだけれど、そこにだけは素直になってもいいと思う。
 ……ううん。きっと、素直になりたくて仕方がないのだと思う。
 悔しいことに。

 ねえ、夏樹。
 一体、いつ言ってくるの?
 二ヶ月前から、ずっと待っているのに……。
 卒業したあの日から、ずっと待っているのに……。

 そんなことを考えていたら、なんだか急に胸がすっと寒さを覚える。
 それで、今わたしをぎゅっと抱きしめる男を見てしまう。
 するとやっぱり、この男のことだから、すぐにその視線に気づいて、ほわりと優しくて甘い微笑みを落としてきた。
 それと同時に、唇までかすめとられちゃって。
 本当、抜け目ない。この男ってば。
 ……そして、ムカつく。
 夏樹はいつも、当たり前のように、わたしの淋しさや不安をぬぐっていくから。
 どうして、こんなに、腹立たしいくらい、夏樹はわたしに優しいの? わたしのことをわかっているの?
 今ではもうすっかり嫌じゃなくなった。
 この場所。この男の腕の中。
 だから、もうちょっとだけ、わたしからぎゅうっと夏樹の胸に顔をおしあててみる。
 すると、規則正しく刻む胸の音が聞こえてきて……。
 うん。やっぱり、ここがいちばん好き。
 こうして、ずっとずっとこのぬくもりに包まれていたい。
「えへへっ」
 ぐりっと、もう少しだけ夏樹の胸に頬をおしあててみる。
 すると夏樹ってば、驚いたように目を見開いちゃってくれる。
 まったくもうっ。
 そりゃあ、わたしは素直じゃないけれど。
 でも、だからってそれはないのじゃない?
 そんなに驚くことないじゃない。
 わたしが、夏樹に甘えてみたくらいで。
「どうしたの? 茗子。こんなに甘えてくるなんて珍しいね」
 耳元でふわっとそうささやきながら、優しくわたしの髪をすいてくれる。
 わかっているくせに、そんなこと言ってくれちゃって。
 ……ムカつく。
 だけど……うん。やっぱり、気持ちいい。
 どんなに嫌がってみせていても、本当はもう、全然嫌じゃない。
 だって、夏樹のものになってもいいって覚悟ができちゃっているのだから、嫌なわけないじゃない。
 ただ……恥ずかしいから、だから嫌がっているふりをしているだけ。
 本当は、心のどこかで、もっともっと触れて欲しいと思っているのかもしれない。
 夏樹と過ごす時間は、本当におだやかで優しいから。大好きだから。
「でもまあ、いいか。茗子はかわいいから、ここぞとばかりに堪能させてもらおう」
 そんな訳のわからないことを言いながら、本当に、ここぞとばかりに夏樹の奴やってくれる。
 そのままぽすんとわたしをソファに横たえちゃって、のしかかってくる。
 それから、妙に熱く暑苦しーくわたしを見つめてくれちゃって……。
 ほーら、はじまった。
 執拗なキスの雨。
 なんでだろう。どうしてだろう。
 近頃のわたし、やっぱり変。
 こうなることくらいわかっているのに……それなのに、自分から誘っちゃう。受け入れちゃう。
 夏樹に触れて欲しいなって、そう思ったら……知らず知らず行動にでていちゃって……。
 夏樹が触れてくるあちこちが、気持ちいい。
 とりとめなく抱いてしまった不安も、夏樹が触れるだけですうっと溶けていく。
「ねえ、茗子。あとどのくらい待てばいいの?」
「……え?」
 吐息と吐息が絡み合うその合間に、夏樹がぽつりとそうつぶやいた。
 もちろん、いきなりそんなことを言われても、わたしがその言葉の意味をわかるはずがなく、きょとんと夏樹を見つめる。
 すると夏樹ってば、眉尻をさげ、「もう、茗子ってばっ」と目で訴えてきて……。
 だけど、そんなことをされても、わからないものはわからないわ。
 一体、何を、あとどのくらい待てばいいというの!?
 そういう顔で、今度はにらみつけてやる。
 すると、夏樹ってば、ふうっとこれみよがしに大きなため息を一つつき、キスを再開させてくる。
 柔らかい五月の陽が差し込む、そのリビングで。
 やっぱり、それが全然嫌じゃなくて、すべてを受け入れてしまう。


 ……うそ。
 本当は、ちゃんとわかっているわよ。
 あとどのくらい待てばいい、それ=B
 それは、むしろ、わたしの台詞だというのよ。
 あとどれだけ待たせれば気がすむのよ?
 だって、わたしの答えは決まっているもの。
 もう、あれしかないのよ。
 今ではすっかり、夏樹に感化されちゃったのか、夏樹と同じ気持ちになっちゃっているのだもの。
 だけど……。

 ――今すぐにでも。

 なんて、そんなことは言ってやらない。
 だって、言ったが最後、この男は調子にのって、今すぐにでも、この場でご臨終をむかえてしまいそうな気がするから。
 わたしの乙女の貞操が。
 そして、うかれて天まで昇っていっちゃうことも、もう想像に易い。
 むしろ、そうならないわけがない。
 だから、ちょっぴり意地悪をさせてもらうわ。
 これは、日頃の恨みのおかえしよ。復讐よ?
「ゴキを一掃するまでよ」
 キスを再開させた夏樹の耳元で、そうぽそっとつぶやいてみる。
 すると夏樹ってば、ばっとわたしから顔をはなし、ぎょっと見つめてくる。
 どうやら、わたしが本当に、そのこと≠理解していないと思っていたみたい。
 それなのに、本当は理解できちゃっていて、とぼけたふりをしていた。
 それに気づき、夏樹はとっても驚いている。
 まさか、わたしがこんな……夏樹みたいな意地悪をするとは思ってもいなかったみたいで。
 だけどそれでも、すぐにいつものふわふわの優しい微笑みを落としてくる。
 そっとわたしの頬に触れながら。
「やっぱり……」
 そして、そうつぶやいて、がくんと肩を落とす。
 とっても残念そうに。
 これみよがしに。
 そうして、わたしに合わせてくれる。
 そんな夏樹を見て、わたしの心のどこかが、またぽっとあたたかくなる。


 ――ねえ。夏樹。
 その時は、一体いつやってくるの?
 もう、わたし……待ちきれないよ。
 夏樹が望む時、いつでもいいよ?
 だって、わたしは……。


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update:05/09/25