不安と確信
ダイスキ

 リビングのソファに押し倒され、そこでいっぱいいっぱいキスされて。
 一体、どのくらい時間を過ごしたかわからない。
 キスをはじめる前までは、太陽はたしかに中天より東にあったと思う。
 だけど、今ではすっかり西に移っちゃって、目がくらむほどの厳しい光を降り注いでくれる。
 まだ五月だというのに、どうしてこんなに陽光は厳しいの?
 まるで、夏樹がわたしを見つめてくる時みたいに、あちちっ。
 それでも、そんなものなんて気にせずに、この男はいっぱいいっぱいキスをしてくる。
 時々、いつもより進んだキス≠ニやらも織りまぜて。
 そのたびに、わたしの体がびくんびくんっと反応しちゃって……夏樹ってば、おかしそうにくすくす笑う。
 まだ慣れないそんなわたしに、この上なく愛しさと悦びを感じているみたい。
 それが、なんだかとってもおもしろくないっ。


「……お楽しみのところ悪いけれど、そろそろいいかな?」
 そっとまぶたにキスを落とし、夏樹がわたしの髪をすいた時だった。
 いきなり目の前に、にょろっと顔が現れた。
 それはまるで、わたしと夏樹のキスを邪魔するように飛び込んできた。
 むしろ、それを狙って。
「ゆ、由布!?」
「由布! ノックくらいしろ!!」
 気づけば、同時にそんな声を上げていた。
 瞬間、ぎょっと目を見開く。
 だけど、夏樹ってば、この突然のことにもひるんだ様子なく、ぎろりと現れたその顔をにらみつける。
 わたしなんて、顔が真っ赤になっちゃっているというのに、この男ってば、平然としてくれている。
 まるで、それが当たり前で、見られてもまったく平気といっているようで……。
 むしろ、見る方が悪いとでも言っちゃいそうな勢い。
 くっ。なんて男なのよ、本当!
 普通、こういう場面を見られたら、うろたえるものじゃない!?
 だってだってだって〜、わたしたち、いっぱいいっぱいキスしていたのだから。
 しかも、わたしなんて、嫌がる素振りすら見せず、受け入れちゃっていたりしたから……。
 悔しいっ! この男の思い通りになってしまっていたことがっ!
 大っ嫌い!
 ――そうだった。この男の場合、うろたえるなんてそんなことはあり得ない。
 だって、確信犯なのだもの。
 それが間違っていないと信じて、こんなことをしちゃっているのだから。
 どこをどうとれば、これが道徳的に正当なのか説明してもらいたいくらいに。
 本当、この男の頭の中、一体、どういう構造をしているのかしら?
「……何十回もしたのだけれどね〜。どうやら、そっちの方に夢中で、気づいてくれなかったようだけれど?」
 ふうっとあてつけがましいため息をつき、由布はにやりと微笑む。
 そして、すいっと顔をひいていく。
 くっ……。
 この男も、相変わらずねっ。
 ううん。それ以上っ!!
 さすがは、夏樹のいとこだわっ。
 嫌味なところなんて、さらに磨きがかかっちゃっているし。
 どうして、こうさらっと、イタイところをついてくれちゃうかなあっ。
 たしかに、にょろっと顔が現れるまで、由布のその存在、気づけなかったのよね……。
 くうっ。悔しいっ。
 だ・け・ど、一つ訂正させてもらうわっ。
 夢中になっていたのは、夏樹だけなのだからねっ!
 絶対に、わたしも一緒になって、それを楽しんでいたなんてことはあり得ないから!
 どこかの極悪エロエロ星人じゃあるまいしっ。
 ――っていうか、夏樹のことだから、絶対、気づいていて、わざとしていたのだと思うけれど……。
 はあ……。本当、たちが悪い。
「まあ、いい。それで、何だ?」
 そんなことを由布に言われちゃったのに、夏樹ってばさらっと流す。
 むしろ、最初から、耳にすら入っていないみたい。
 わたしから体をおこし、すっと由布に視線を向ける。
 ……って、そんなに簡単にやめちゃえるわけ? わたしを解放しちゃえるわけ?
 なんだか、ちょっとムカつく。大嫌い。
 夏樹だったら、もうちょっと名残惜しそうにしてみなさいよ。
 それが、夏樹でしょう!?
 それか……由布をにらみつけつつも、ちゃっかりわたしを抱いていなさいよ。
 そうじゃないと、夏樹じゃないでしょう?
「うん。そうだね……」
 由布も由布で、いまだにソファにごろんとねそべっているわたしなんて、どうでもいいという感じですすめていく。
 ……やっぱり、ムカつく。この鳳凰院のご子息さま方っ。
 むむっと眉間をよせていくわたしをちらっと見て、そのまま視線を夏樹へ戻す。
 そして、さっと真剣な面持ちを見せる。
「夏樹。ちょっといい?」
「……ああ」
 それに、今まで崩していた顔をきっとひきしめ、夏樹もうなずく。
 まるで、由布のその言葉だけで、すべてを理解してしまったかのように。
 ……ううん。この場に、由布が現れた時点で、夏樹は理解していたのかもしれない。
 じゃないと、夏樹がこんなに簡単に、わたしを解放するわけがないもの。
 むうっと二人をにらみつけると、夏樹はどこか申し訳なさそうに小さく微笑んだ。
 その微笑みで、また、胸にとりとめない不安が広がっていく。
 それから、夏樹と由布は、ソファにわたしを残し、窓の方へと歩いていった。
 そこで、妙に難しい顔をして、二人、言葉をかわしはじめる。
 一体、どうしたの? あの二人。
 あの二人がこんなに真剣に話をするなんて……。
 何だか、いつになく深刻そうなのだけれど?
 あの二人は、互いに顔を見れば喧嘩をはじめちゃうような、そんな犬猿の仲じゃなかったっけ?
 喧嘩……というよりは、互いにちくちくと嫌味を言い合っているような気もしないこともなけれど。
 まあ、その辺りは何でもいいのだけれど、とにかく、二人がこんなに真剣に言葉をかわすなんて……。
 ぽふんっとクッションを胸に抱き二人を見ていると、ふいに夏樹の顔が変わった。
 今にも歯を噛み砕かんばかりに、厳しく歪む。
 まるで、慈悲というものを忘れてしまった鬼のように。修羅のように。
 この世の全てを憎むように。
「あいつら……。もう許さない」
 そして、夏樹の唇が、そう小さく動いた。
 音は聞こえてこなかったけれど、たしかにそう動いた。
 由布は、ふいっと窓の外へ視線を移し、密林みたいな庭をにらみつける。
 二人がいるそこが、とても痛々しく、冷たい空気に覆われる。
 触れたら怪我をしてしまいそうなほど、鋭い。


 ――夏樹? 由布?
 一体、どうしたの?
 二人は、何を話したの?

 ……ううん。そうじゃない。
 わたしにもわかってしまった。
 夏樹がそういう顔をするということは……あのことしかない。
 それじゃあ、とうとう……?


 ――決戦の日は、近い。


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update:05/10/02