ご機嫌ななめの悪魔
ダイスキ

 あー……。
 ここは、笑って誤魔化そうかしら?
 あははは……。
 またまた、極悪大明神さま、お怒りですーっ。

 ――っていうか、夏樹じゃないけれど、どうしてこんなにお邪魔虫が多いの?
 邪魔されたっていいのだけれど……そうすると、夏樹がご機嫌ななめになっちゃって、結局、そのとばっちりが、全てわたしに来ちゃうから……。
 だから、わたし的にも、お邪魔虫は歓迎できないのですけれど?

 嗚呼、もう。本当っ!
 どうして、みんなみんな、邪魔ばかりするのよっ!
 邪魔しなくて、おあずけをくらわさなければ、まだましなのに。
 だから、近頃は素直に夏樹のしたいようにさせているのに……。
 そうすれば、どうにか、道を踏み外す一歩手前ですむから。
 ――ううん。そうじゃなくて、わたしもやっぱり……? 


「……で、どうしてお前たちが、今ここにいる?」
 結んださくらんぼのくきをもてあそびながら、目をすわらせる夏樹がすぐそばにいる。
 っていうか、わたしを後ろからぎゅっと抱きしめている。
 あの後、夏樹ってば、さくらんぼを食べるたびに、くきを結んでくれちゃって……。
 だから、この男、一体、何がしたいの!? 何が言いたいの!?
 そんなに、キスが上手だって主張したいわけ!?
 主張して、何を求めているの!?
 ……いや。この男の場合、ただたんに、それを目にするたびに、わたしがびくびくと怯えるのを見て、楽しんでいる節がある。ありすぎるっ。
 ……くっ。やっぱり、一度殴り倒してやりたいっ。
 大嫌い。
「遊びに来たから」
「来るな」
 夏樹のその言葉に、目の前のソファにどかっと腰をおろす京也さんが、さらっと返す。
 すると、間髪いれず、夏樹の鋭い言葉がお見舞いされる。
 手にもっていたさくらんぼのくきを、ぴっと飛ばし。
 さくらんぼ全部がなくなってしまったガラスの器の中に、ナイスシュート。
 ……だから、どうして、この男って、こう……必要のないところで、無駄に器用なの?
 もうつっこむ気力さえないけれど。
「ええ〜っ!? 俺たち、オトモダチじゃないか」
 にやにやと微笑みながら、とっても傷つきましたーと、そう言ってくる。
 その顔から、まったく傷ついていないことなどわかりすぎている。
 むしろ、楽しんでいる。
 今、この場にやってきて、お邪魔虫をすることを。
 そして、夏樹をからかうことを。
 だから、わたしを抱くこの極悪大明神さまのご機嫌は、さらに悪化して……。
「誰がいつ、誰と友達になったって?」
「俺が、お前と、オトモダチ」
 絶対零度の眼差しと言葉を降り注いだにもかかわらず、京也さんはさらっとそう返していた。
 瞬間、このリビングが、シベリアになったような気がした。
 永久凍土の中に埋められちゃったような寒さを感じたような気がした。
 気がした……のではなく、クレバスにでも蹴落とされちゃった感じだと思う。
「……」
 すわっていた夏樹の目がさらにすわって、無言の圧力……というか、呆れを京也さんへ降り注ぐ。
 うーわー。
 こんな夏樹を見るの、はじめてかもしれない。
 だって、普段むちゃくちゃな夏樹の方が、まともに見えちゃうのだもの……。
 この場合。
 ねえ、あり得ないでしょう?
 夏樹のさらに上をいく、迷惑という冠をのせた人がこの世に存在したなんて……。
 ――あ。こんなことを言っちゃうと、京也さんに失礼か。
 だけど……でも……。
 いきなり、夜遅くに乱入してきて、当たり前のようにそこにどかっと座られていたら……さすがに、わたしでもそう思います。
 それよりも何よりも、やっぱり、わたし的には、夏樹の至福の時を邪魔しないであげてくださいと、願わずにはいられないのだけれど……。
 邪魔されしなければ、後で二人きりになった時の夏樹も、そんなにむちゃはしない……はずだから。
 確信がもてないという辺りが、なんとも悲しいところだけれど。
「……で、何の用だよ?」
 はあっと盛大にため息をもらし、そうはき捨てる。
 そしてそのまま、もうちょっとむぎゅっとわたしを抱いてくる。
 それを見て、今まで京也さんの横で大人しく座っていたあかりちゃんが、楽しそうにけらけらと笑い出した。
「あははっ。夏樹さんの負けーっ!」
 あまつさえ、そんな言葉をおまけしてくれちゃって……。
 嗚呼。この兄妹、なんだかとっても、鬼門だわっ。
 限りなく、果てしなく、迷惑でお邪魔虫だわっ。
 そう思えてきてならない。
 どうして、この夏樹相手に、こうも平然と暴挙に出られるのかしら!?
 ――そして、そのしわ寄せは、全部わたしに来るのよねえ……。
 あ。気が遠くなりそう……。
「あかり! 楽しむな! そして、これを今すぐ持ち帰れ!」
 びしっと京也さんを指差し、ぴしゃりと言い放つ。
 どうやら、京也さんに根負け……というよりかは、あきれ返らされちゃったことが、この上なくおもしろくないみたい。
 ふーん。夏樹でも、そういうことがあるのかー……。
 じゃなくてっ!
「ええ〜っ。やだよー。こんな粗大ゴミ」
 でろんっとソファに身を沈め、面倒くさそうにあかりちゃんがそう不平をもらす。
 本当に嫌そうに、ずるずるずるーっとさらにソファにもぐりこんでいく。
 どうやら、しばらくここに居座るつもりらしい。
 嗚呼……。
 ただでさえ、夏樹だけでも面倒だというのに、余計な面倒が降りかかってきたような気分……。
「ゴミは自分のところで処分しろ。迷惑だ。不法投棄だ」
 だけど、やっぱり夏樹。
 そんなあかりちゃんにも負けてはいない。
 さらっとそう言い返していた。
 それにしても……実の妹にまでゴミ扱いされちゃう京也さんって……?
 っていうか、夏樹までも……ゴミって……。
 まがりなりにも、一応は、人≠ノ向かって……。
「って、こら、待て。お前たち。人を何だと思――」
 ゴミ扱いされては、さすがに京也さんも黙っていられなかったようで、そう反論しようとする。
 けれど、それはすぐに、この二人によって遮られてしまった。
「動く不燃ゴミ」
「燃やすと、有害物質が出るからな」
 見事なまでの、そんな連携プレイ。
 ――嗚呼……。やっぱり、なんだか頭痛が……。
 腕の中でうなだれるわたしに気づき、夏樹ってばきょとんと首をかしげる。
 そしてさらに、ぎゅうっとわたしを抱きしめる。
 ここぞとばかりに。
 あまつさえ、髪に顔をうずめてきてくれちゃって……。
 だから、この男は、人目もはばからず……っ!
 ――ああ。もう、言っても無駄だから、やめておくわ。
 無駄にエネルギーを消耗するだけだものね。
 とりあえず、今はこれ以上の害はなさそうだから、好きにさせておこう。
「……すみません。わたしが悪かったです」
 夏樹とあかりちゃんの連携プレイに、京也さんは、早々に白旗をあげてしまった。
 うん。それは、賢明な判断だと思う。
 なんだか……この二人には、勝てそうもないような気がするから。
 それぞれ、違う意味で厄介な人たちだから。
 抗えば抗うだけ、無駄にエネルギーを使うものね。やっぱり。
 はじめから普通じゃないなーとは思っていたけれど……まさか、ここまでだったなんて。
 あかりちゃんって……何者?
 夏樹が普通じゃないのは、もうわかりきっているから、あえて言及はしないけれど。
「それで、どうしてお前たちは、やってきやがったのだ?」
 あっさりと京也さんが折れちゃったものだから、満足したようで、だけどどこかおもしろくなさそうに、夏樹はそう問いかける。
 どうやら、用件をさっさとすまさせて、ちゃちゃと帰しちゃいたいみたい。
 そして、その後はもちろん……わたしを堪能する。
 嗚呼、もう……。
「うーん。あのね……」
 だけど、それに答えたのは、京也さんじゃなかった。
 口をひらきかけた京也さんの顔をべしっとおさえつけ、あかりちゃんが身を乗り出してくる。
 や、やっぱりすごいわ。あかりちゃんって。
 身を乗り出してきたかと思うと、何故だかわたしに詰め寄ってきた。
 奇妙な言葉をそえて。
「茗子ちゃん、わたしと一緒に、パーティー行こう?」
「はい!?」

 パ、パーティーですか?
 いきなり、パーティーですか。脈絡なく。
 思わず、夏樹の腕の中で、ぽかんと間抜けに口を開いちゃったじゃない。

 でも……そういえば……。
 パーティーって……あかりちゃんたちがこうして乱入してくる少し前まで、そんなことを話していたようないなかったような……。
 さくらんぼのくきのキスを試されたすぐ後だったから、あまり頭がうまく働いてくれていなかったのよね。
 たしか、夏樹ってば、いきなりこんな不可解なことを言ってきたのよね。


「茗子、パーティーがあるのだけれど、もちろん一緒に来てくれるよね?」
 にっこり微笑んで。有無を言わせぬ笑顔で。
 夏樹のパートナーは、もうわたししか考えられないって。
 ――たしかに、わたし以外をエスコートなんかしたら、その場で地面に埋めてやるけれど――
 そのついでに、またさくらんぼを一つ、わたしに「あーん」として。
 もちろんわたしも、それをぱくっと口の中におさめちゃって。
 ふわんと口の中に広がるさくらんぼの甘さに、とろんと顔をくずしちゃっていた。
 そして、それを見た夏樹が、やっぱり嬉しそうに微笑んでもいた。
「嫌っていっても、問答無用でつれていくのでしょう? どうせ」
 もぐもぐごくんとした後に、がくりと肩を落として、夏樹を見つめてやる。
 ……うん。嫌というほどわかっている。
 夏樹にさからったって無駄だって。
 それでも、抵抗するふりくらいはしたいじゃない?
 わたしのプライドのためにも。
 こういうことを言ってくる夏樹は、もうすでにそうだと決めている。
 決めていて、あえてそういうふうに言ってくるのよね。
 本当、たちが悪いっ。
 だってほら。この男が次に発する言葉も決まっているもの。
「うん。その通りだよ」
 やっぱりにっこり微笑んで、ぎゅっとわたしを抱きしめて。
 ついでに、さくらんぼの味がするキスを落として。
 こ、この男……っ!
 ぶるぶると憤っていると、またしても、夏樹のあっけらかんとした声が降り注いできた。
「あ。あかりたちも来るから、茗子もちゃんと楽しめるよ」
「え? 本当!?」
 その言葉に、思わずがばっと顔を上げて、夏樹を見つめる。
 すると、瞬時に、夏樹の肩ががくんと落ちた。
 そして、哀愁まで漂ってきちゃって……。
「そんなにあからさまに喜ばれると……さすがに、ぼくでも傷つくのだけれど?」
 恨めしそうに、じいっとわたしを見つめてきた。
 それに、一瞬「うっ……」とひるんでしまったけれど、そこは誤魔化すように笑ってみせる。
 そうしないと、なんだかとってもやばそうな気がしたから。
 危険な香り、ぷんぷんだから。
「あはははっ。気にしない、気にしない」
「もう、茗子はっ」
 ぱしぱしと夏樹の胸をたたき誤魔化していると、くしゃりと顔をくずし、困ったようにそう微笑んだ。
 そして、もちろん、その後は、またキスを降らせてくる。
 ふわりと髪をすき、ほわっと頬をつつみ。
 そんな夏樹に、わたしの胸は、きゅんと鳴いていた。


 ――と、そう会話をしていて……。
 そこに、京也さんとあかりちゃんが乱入してきた、と。

「ねえ、茗子ちゃん、だめ?」
 そうして一人回想をしていると、不安げな表情をたたえたあかりちゃんが、じいっと見つめてきた。
 さぐるように、お願いするように。
 その顔が、妙に胡散臭く見えてしまうから……もう終わっていると思う。
 このあかりちゃんという女の子も。
 きっと……夏樹と同類に違いない。
 そのお腹の中、真っ黒そう。
 だから、やっぱり、疲れを覚えてしまう。
「……いや……。だめっていうか、もうすでに、夏樹によって、決定されちゃっているから」
 はあとため息をもらし、ぽてっと夏樹の胸に頭をもたれかける。
 なんかもう、どうにでもしてという気分だわ……。
 そのわたしの返事に、あかりちゃんが一瞬驚いたように目を見開いた。
 かと思うと、次の瞬間、よりにもよって、あの夏樹の腕の中からわたしを強奪していた。
 そして、ぎゅうっと抱きしめてくる。
「やったー! 茗子ちゃん、ゲットー!!」
 そんな危ないことを、嬉しそうに叫びながら。
 ――嗚呼……。もう、本当に……何なの!?
 この金郷兄妹っ!
 ただでさえ、鳳凰院のご子息さま方だけでも厄介だというのに……また、わたしのまわりに厄介者が増えた感じ……。
 なんか……さすがにここまでくると、自分の運命を呪ってしまいそう。
 まあ、夏樹という悪魔の花嫁に選ばれてしまった時点で、人生は終わっていたけれど。
 そうして、はしゃぐあかりちゃんの腕の中で、がっくりとうなだれる。
 その横では、夏樹と京也さんが目配せし合っていたことにも気づかずに。
 この時のわたしは、てっきり、夏樹のことだから、わたしを奪われてすねちゃっていると思っていたのに……。
 どうやら、そうじゃなかったみたい。
 もっと、大変なことだったみたい。
 それは、後になってわかること。


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update:05/10/16