切られた縁
ダイスキ

 こそこそとかくれたついたての陰で、盗み聞き。
 やっぱり、こういうことになってしまっている。
 わたしの横には、目をらんらんと輝かせ、楽しそうに出歯亀をしているお嬢さん。
 胸の前で組まれた両手が、乙女ちっくを演出している。
 ……つもりなのだろうけれど……むしろ、わざとらしくて苦笑い。
 ……嗚呼。もう、本当に……。


「由布」
 由布の前に、どこか厳しい表情を浮かべる、壮年の男の人と女の人が立っている。
 まるで、非難するように由布を見て。
 よそよそしい空気が漂っている。
「親父……」
 そして、今、由布の名前を呼んだ男の人に、由布はそうぽつりとつぶやいた。
 あくまで、視線は合わせようとはせずに。
 ということは……さっきから由布と話しているこの男の人は、由布のお父さんということ?
 じゃあ、一緒にいる女の人は由布のお母さん?
 由布は面倒くさそうに、壁にもたれかかっている。
 そんな由布の態度に、由布のお父さんはぴくりと眉を寄せる。
 憎らしそうに、由布をにらみつける。
 その険悪な雰囲気が、なんとなくわたしの胸をちくっと痛める。
 まがりなりにも親子のはずなのに……どうしてそんなに痛々しい雰囲気なの?
「お前は、まだ当主のそばにいるのか? 寿の件は終わったはずだろう」
 由布がもたれかかっているすぐ横の壁をばんと打ちつけ、苦々しげに言い放つ。
 それは、まわりには聞こえないように、声を押し殺して。
 だけど、わたしはちゃんと聞こえてしまった。
 きっと、それに集中していない人には聞こえないのだろうけれど、息をのみ集中して見守っているわたしには聞こえてしまう。
 そして、わかってしまった。
 今、由布たちが話しているそのことは、とても重大なことだって。
 そして、由布たち親子が険悪なその理由。
 それはかつて、由布が裏切りの告白をした、そのことだと思う。
 由布は、夏樹を陥れるために、夏樹に近づいたと言っていた。
 夏樹のことがわかっていくうちに、そして鳳凰院という家がわかっていくうちに、夏樹に協力しようと思ったって、由布はそう言っていた。
 だけど、その指示を出していた寿は、すでに失脚しちゃっているから……。
 だから、そうなった今でも、由布が夏樹のそばにいるのは、お父さん的には納得できないのだろう。
 うん。たしかに、そう。
 由布の本当を知らないのなら。
「……俺がいたいから、いるのだよ」
 そんなお父さんに向かって、由布はあっさりとそう言い放ってしまった。
 そして、自分の顔のすぐ横の壁にうちつけられた手を、ぱしっと振り払う。
 それから、すっと身を翻し、その場をはなれようとする。
 その由布に向かって、多少慌てたようにお父さんが叫ぶ。
「お前……っ! あんな当主に加担するなどっ。――勘当だ!!」
 由布の背中に、その言葉がぶつけられた。
 瞬間、ぴくりと由布の肩がふるえた。
 かと思うと、すぐにまた歩き出す。
 何事もなかったように。
「願ったり叶ったりだね」
 さらっと、そんなことを言って。

 ――って、由布? それって……。
 由布、本気なの?
 由布は、親を捨てて、夏樹につくというの……?
 なんだか、淋しい。
 鳳凰院という家は、親子の絆まで壊しちゃう、そんな家なんだ……。
 悲しい。大嫌い。
 ……もう、修復不可能なのかな?
 もう夏樹に味方しないでなんて、そんなことは絶対に言えないけれど……だけど、だからって、由布たち親子の関係が壊れちゃうのもなんだか嫌。
 でも、きっとそれは奇麗事だと思うから、夏樹に味方するわたしは、そんなことは決して口にしない。できない。
 このことに関しては、鬼になる。
 ざわざわと、心が乱れるけれど。痛むけれど。
 そして……それが由布の決意なのだと思う。
 夏樹に協力したいって言った由布を知っているから、きっとそれが由布の本当。
 もう、後戻りできないところまで、来てしまっていたんだ。
 今さら気づいたことだけれど。
 これから、わたしたちは、一体どうなっていくのだろう?
 やっぱり……みんな一緒に幸せになる……なんてことは無理だよね?
 夏樹の本当を知っているから。
 だから、どちらの幸せをとって、どちらの不幸をとるかと聞かれたら、わたしは間違いなくこう答える。
 夏樹の幸せを選ぶ。
 夏樹は、この鳳凰院という家に、大切な家族を奪われたから。
 だから、その心の穴を、わたしが埋められればいいなって……今ではそう思っている。
 夏樹がおしみなく愛をわたしにくれるから、だからわたしも夏樹に――


「ふーん。由布くんって、格好いいことするねー」
 そんな由布と由布のお父さんとのやりとりを見て、あかりちゃんが感心したようにつぶやく。
 うんうんと首を縦にふる。
 ついたての陰に隠れて盗み聞きなんて、そんな誉められたことをしていないことなんてそっちにおいておいて。
 さ、さすがだわ、あかりちゃん。
「いいかも」
 そして、次には、そうぽつりとつぶやいていた。
 瞳をきらきらと輝かせて。
 まるで、おもしろいおもちゃでも見つけたように。
 それが、どことなく不思議に思ってしまった。
 あかりちゃん、何を考えているの?


「おーい。君たち、悪趣味だよ。さっきから、ここに隠れて聞いていたでしょ」
 気づけば、そんなことを言いながら、ついたてにそっと背を預け、楽しそうにのぞきこんでくる由布がそこにいた。
 知らない間に、来ちゃっていたんだ……。
 そんな由布が、どことなく不思議に思えてしまった。
 だって、まさしく今、あんなことがあったばかりなのよ?
 なのにどうして、そうして平然と、しかも楽しそうに微笑めちゃうの?
 なんだか……痛々しいよ。
 きっと、わたしたちに心配かけまいと、平気なふりをしているのでしょう?
 由布って、そういう奴だから。
 だから余計に、胸が痛くなる。
 勘当された……親子の縁を切ったばかりなのに、平気なはずがないもの。
 どうして由布は、そんなに強いの?
 わたしなら、耐えられない。
 大切な人、大好きな人、誰一人ともはなれられないし、はなれたくない。
「由布……」
 突然そこに現れたにもかかわらず、驚く様子のないわたしに、由布は不思議そうに首をかしげる。
 普通、こういう場合、わたしは必ずといっていいほど、必要以上のリアクションをするから。
 なのに、今回に限っては、その様子がない。
 だから由布も、首をかしげる。
 由布が平気なふりをすればするほど、胸がきしきしときしむ。
 それはきっと……半分くらいは、わたしのせいだと思うから。
 由布が、勘当されちゃったこと。
 わたしのために動いてくれているとわかっているから、余計に辛い。
 わたしのためにしてくれていることが、由布たち親子の間に溝を生んでしまった。
 どうして、そこまでしてくれるの?
 それは、ずっと聞きたいけれど、だけど聞けないこと。
 おずおずと、由布に歩み寄っていく。
 そして、気づけば、タキシードの裾をきゅっと握っていた。
 じっと由布を見つめ。
 そんなわたしに、由布は苦く笑うだけ。
「えへへー。由布くん、格好よかったぞ」
 背後で、妙に明るくあかりちゃんがそう言い放っていた。
 けらけらと笑いまでおまけして。
 裾を握るわたしの手にそっと手をかさね、由布はふうっと大きなため息をもらす。
 呆れたように。
「誉めても何もでないよ」
 そして、あいているもう一方の手で、つんとあかりちゃんのおでこをこづく。
 この時ばかりは、あかりちゃんの底抜けに明るいその性格に感謝してしまう。
 夏樹とも対等に争えちゃう、その困った性格に。
 触れる由布の手が、とても優しいと感じる。
 普段、夏樹と一緒で腹立たしい奴、ムカつく奴って思っているけれど……やっぱり、由布も夏樹や久能さんたちと同じ。
 ちゃんと優しいの。
 どうして、辛いはずなのに、それなのに、わたしにもこうして優しくしてくれるの?
 ――やっぱりわたしは、みんなに守られている。
 それは、決して嫌じゃなくて……なんだか、くすぐったくて、嬉しい。
 お願いだから、もうこれ以上、由布から、大切なものを奪わないで……。


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update:05/10/31