オンリーワン
ダイスキ

「ほら、そろそろ行こうか? ちょうど、夏樹たちも挨拶まわりが終わったところだし。このまま茗子たちを独占していたら、後で俺があの二人にいたぶられる」
 触れていたその手をそのままぎゅっと握ってきて、由布はぶるるっと身を震わせてみせる。
 ついでに、肩まですくめちゃって、恐ろしさアピール。
 そんな由布を、わたしもあかりちゃんも、思わずきょとんと見つめてしまう。
 ――たしかに、このままこうしていたら、殺される。間違いなく。由布が。
 だって、あっちで、夏樹が……今にも射殺さんばかりに、こちらをにらみつけているから。
 嗚呼。もう、あの男って……。
 誰彼なしに、やきもちやいちゃうのだからっ。
 両手に花で、由布はどこか憎たらしい微笑みを浮かべながら、ゆっくりと夏樹たちへと歩いていく。
 もちろん、それは夏樹にあてつけるため。
 あかりちゃんは、やっぱり相変わらず楽しそうで。
 わたしは、前方で威嚇を続ける男を見て、頭痛を覚えて。
「夏樹さん。茗子ちゃん、お借りしましたー。仕方がないから、そろそろ返してあげますね」
 にやにやと意地悪く笑いながら、そうしてあかりちゃんは夏樹へと近寄っていく。
 すすすっと無駄な動きなく近寄るその様が……嗚呼、やっぱり、夏樹と同類なのだと思わされる。
 だけどきっと、比べ物にならないくらいに、夏樹の方が上をいっているのだと思うけれど。
 だって、この男以上に極悪悪魔な人なんて、この世にいるわけないものね。やっぱり。
 だからって、どうして、あえて挑発するかな? 挑発しなくてもいいところを。
 まあ、夏樹の場合、挑発なんてされなくても、一人で勝手に挑発にのっちゃうのだろうけれど。
 わたしが、その腕の中にいないというだけで。
 本当、馬鹿よねー。
 でも……夏樹のそんなところは、今ではちょっぴり好きかもしれない。
 ……ううん。大好き?
 あ。でもやっぱり、ダイキライ。
「あかり。おいたがすぎると、ぼくでも怒るよ?」
 ざわざわと極悪オーラをおしみなく漂わせながら、天使のふりした悪魔の微笑みを浮かべる。
 互いに顔を突き合わせ、にこにこと極悪笑顔対決開始。
 だから、誰か、この二人をどうにかしてっ。
「……夏樹も、あかりにあわせてやる必要なんてないのにな」
 そんな二人から一歩引き、頭を抱えて京也さんがそうつぶやいていた。
 もちろん、その目は呆れたように夏樹とあかりちゃんを見ている。
 ……え? っていうか、あわせているって?
「ああ、君は知らないのか」
 首をかしげ、じいっと見るわたしに気づき、京也さんは少し困ったように微笑んできた。
 そして、すっと寄り添ってくる。
 手は、まだ由布に握られたまま。
「俺たちの家も、鳳凰院とたいしてかわらないからね。あかりは嬉しいのだよ。ああして、気がねなくつき合ってくれる奴がいて。夏樹も同じ思いを知っているから、あかりの相手をしてくれている」
 やっぱり困ったように、京也さんはわたしに微笑みかけてくる。
 わたしはただ、由布に手を握られて、そして目の前で楽しそうに会話をかわす夏樹とあかりちゃんを見ている。
 京也さんが今言ったその言葉の意味が、なんとなくわかるような気がして。
 そんなわたしに、京也さんは申し訳なさそうにきいてくる。
「……やっぱり、おもしろくない? だったら、あかりを呼び戻すけれど……」
 京也さんを、きょとんと見つめてしまった。
 そして、すぐに気づく。
 きっと、夏樹とあかりちゃんがあんなに楽しそうにしているのを見ては、わたしがおもしろくないと思ったのだろう。
 だけど、何故だかそんな気持ちはわいてこない。
 むしろ、そのまま会話を続けてもらってもいいと思えちゃう。
 ああして、楽しそうに笑っている夏樹を見るのは、嫌じゃないから。
 あの二人を見ていたら、わかっちゃったから……。
 だから、そういう気持ちは必要がない。
 おもしろくなくなんて思わない。
 京也さんを見たまま、ふるふると首を横にふる。
「ううん。いい。きっと、夏樹にとっても、あかりちゃんは妹みたいなのだと思うから」
 また、夏樹とあかりちゃんに視線を移す。
 だって、気づいちゃったから。そう……。
 たしかに、わたし以外の女の子に、優しい眼差しを向けているけれど、それは決して、そういう優しさじゃないって。
 何というか、肉親に対する、そんな眼差し。
 わたしに対する眼差しとは、決定的に違う。
 だから、不思議と、嫌な気分はしない。
 普段のわたしなら、夏樹のこういう場面を見せられたら、即座に殴りにかかっているだろうけれど……。
 だけど、楽しそうにしている夏樹を見るのも嫌じゃないから、今くらいなら、あかりちゃんに貸してあげてもいい。
 あかりちゃんも、とても楽しそうだから。
 わたしは、大切な人たちが笑ってくれているなら、それでいい。
 いつの間にか、そう思えるようになっていた。
 きっとそれは、この人たちの本当に触れたからだと思う。
 夏樹や由布、そして、あかりちゃんたちが、楽しそうに笑ってくれるなら……。
 その笑顔を見ていると、自然、わたしの心もほくほくしてきちゃうの。
 それが、今のわたしの本当。
 そして……きっと、この兄妹も、夏樹を支えてくれていたうちの一人なのだと思う。
 わたしたちが再会する、その時まで。
 もちろん、今は、わたしがいちばん……わたしだけ。
 そうして、どこかの極悪エロエロ星人みたいに、もう調子にのって、信じちゃっているから、妙におだやかな気持ちで二人を見ていられる。
 夏樹には、わたししかいない。
 それを、信じて疑わないから。
 ……ううん。疑う余地なんて、はじめからない。
「ありがとう」
 わたしのその言葉に、京也さんはやっぱり申し訳なさそうに、だけど嬉しそうにそう言ってきた。
 優しいお兄さんの顔をして。
 きっと、この人もこの人なりに、あの二人を大切にしているのだと思う。
 不器用にも思えるその優しさが、愛しく感じる。
「それじゃあ、俺たちは、あっちでお食事タイムといきますか? ――茗子が好きなスウィーツもたっぷりあるからね」
 おどけたようにそう言って、由布がくいっと手をひく。
 まだ、握られたままになっていた手を。
「なによー! それじゃあまるで、わたしって色気より食い気ってかんじじゃな――」
 由布の言葉にむっときて、握られた手を乱暴に振りほどき、そう言いかけた時だった。
「狩野茗子! 死ね!!」
 いきなり聞こえてきたそんなとんでもない言葉に、動きをとめ、ぎょっと目を見開く。
 そして、声のした方を振り向く。
 もちろん、一緒にいる由布の気が、瞬時に強張ったことは言うまでもない。
 さっと、その背にわたしを隠す。
 だけど、何故だかすぐに、緊張の中に馬鹿にするような色がにじんだ。


 ――ねえ、今言い放たれたその物騒な言葉って……。
 どうして? なんで?
 その言葉は、つまりはそういうことでしょう!?
 こんなに人がたくさんいるところで、急襲してくるの!?


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update:05/11/06