その名は悪魔
ダイスキ

「……あいつ、馬鹿じゃない?」
 わたしを守るように隠すその背から、かすかにつぶやくそんな言葉が聞こえてくる。
 それを不思議に思い、そこからひょこっと向こう側をのぞいてみると……そこには、銃口を向けられたあかりちゃんが。
 目を疑う。
 一瞬、時がとまったような気がした。
 そして、ゆっくりと戻ってくる意識によって、現状を把握していく。
 会場は、しんと静まり返っている。
 重苦しい、息がつまるような緊張がはしる。
 なのに、銃口を向けられているはずのあかりちゃんってば……。
「あれれ? どうしてわたし?」
 なんて、ちんぷんかんぷんと首をかしげ、疑問符を頭のまわりにちりばめている。
 今自分が大ピンチなんてことは、すっかり失念して。
 ううん。最初から、そんなことすらわかっていないようで……。
 ――嗚呼。もう……。
 さすがだわ、あかりちゃん。
 そんな状況に陥っているにもかかわらず、あくまでマイペースを貫く。
 とっても大物のような気がする。
 ……じゃなくてっ!!
 何が一体どうなって、こうなっているの!?
 たしかに、今、わたしの名を呼び、死ねって言われたような……。
 ――ううん。言われたのだけれど。そして、命を狙われる覚えも、いやというほどある。……悔しいことに。
 っていうか、思いっきり、表立って行動しているじゃない!
 嘘つきーっ!!
 じゃなくて、問題はそこじゃなくて、今、あかりちゃんに向けられているその銃口!
 それって絶対、間違いなく、わたしと間違われている!?
 だってわたしたち、色違いのおそろいドレスだもんっ。
 そして何より、夏樹と楽しそうに会話をしていたから!
 ……いや、それ以前に、どうして、夏樹も京也さんも、そう平然としているのでしょう?
 まがりなりにも、あかりちゃんがピンチだというのに。
「あいつら、とうとう自棄を起こしたのだよ。……だから、気をつけるように言っていたのに。夏樹ってば」
 ぼりぼりと頭をかき、面倒くさそうに由布がそうはき捨てる。
 ……え?
 それって、つまり……?
 由布は、こうなることを知っていたということ?
 そして、夏樹もわかっていたということ?
 もしかして、あの日、リビングの窓辺で二人が話していたことって……これ?
 それならば、今なら納得できてしまう。
 たしかに、二人があんなに深刻に話すのは……こういうこと以外ではあり得ないから。
 じゃあやっぱり、今日のこれも、わかっていたということ? こうなることくらい。
 それなのに、のこのこやってきちゃったの?
 そして、そのせいで、今、わたしのかわりに、あかりちゃんがピンチになっちゃっていると……?
 それじゃあ……もしかしなくても、おそろいドレスも……このため?
 その考えに行き当たり、ぎょっと由布を凝視する。
 だってそれって、あんまりじゃない。
 まるで、あかりちゃんを身代わりにするみたいで。スケープゴートにするみたいで――
 その時だった。
 恐れていた事態に陥ってしまった。
 静まり返ったこの会場に、銃声が一発とどろいた。
「いたたた……っ!!」
 同時に、男の苦痛の叫びがあがる。
 ……へ? 男……?
 隠されていた由布の背から出て、今度は、その声のした方を見てみる。
 するとそこでは、腕をねじ上げられる、あかりちゃんに銃をつきつけていた男の姿が。
「由布さま!」
 そして、その声とともに、何故だかこちらへと、ぽーんと飛んでくる、拳銃。
 それを、由布がちゃっかりあっさり平然とキャッチ。
 引き金に指をすべりこませ、くるりと一回転させ、安全装置を戻す。
 それから、その銃でぽんぽんと肩叩き開始……。
 ――って、ちょっと待って。
 一体、どうなっているのよ?
 っていうか、どうして、ここに久能さんがいるの!?
 どうして、久能さんが、さっきまで銃をかまえていた男の腕をねじ上げているのー!?
 ……久能さんって、バトラーよね!?
「ふふふっ。鳳凰院本家の優秀なバトラーをお忘れなく」
 さらには、楽しそうに得意げに、そんなことを言っちゃったりなんかして……。
 っていうか、待て。
 どうしてそうなる!?
 ――このバトラーの経歴を調べたくなってしまったわ。果てしなく。
 だって、普通のバトラーが、こんなことできるわけがないでしょう? 普通……。
 寿の時も、そう思ったけれど。
 今の今まで危険にさらされていたあかりちゃんなんかは、ぱちぱちと手を打って、喜んでくれちゃったりなんかして……。
 そう。鳳凰院本家の忠実かつ優秀なバトラーの、その華麗な早業に感心して。
 嗚呼、もう。どうにでもしてっ。
 もう、ついていけない。こんな人たちになんて!
 というか、もともとついていけるわけがなかったのよ!
 こんな常識外で生きているような人たちになんて!
 手を打つあかりちゃんをつれて、夏樹は、久能さんが腕をねじ上げる男へと近寄っていく。
 無駄にしつこく手を打つあかりちゃんの首根っこをつかんで……というあたり、もうすでに人として扱われているのかすら怪しいような気もするけれど。
 ……嗚呼。やっぱり、頭痛い……。
 由布と京也さんにつれられ、わたしもそちらへと歩いていく。
 もう抗う気力すらない。
 そして、そこへたどりつくと、あかりちゃんがにっこり微笑み、京也さんの胸へと飛び込んできた。
「お兄ちゃーん。あかり、すっごくこわかったのーっ!」
 まったくそうとは思えない、きゃらきゃらと楽しそうな笑いをそえてそう言って。
 それに、一瞬、京也さんがくらりとめまいを覚えていたことは、見なかったことにしよう。うん。見なかったことに。
 あかりちゃんがそう言った瞬間、腕をねじ上げられる男が驚きの色を見せた。
 同時に、いまだ静まり返っていた会場の一部に、動揺がはしる。
 ――どうやら、そういうことだったみたい。
 このパーティーを利用して、一気にかたをつけようとしたみたいね。
 それにしても……鳳凰院分家が、聞いて呆れる。
 どうして、こんなに浅はかなまねができちゃうのよ?
 もっと裏で動くとか何とかしなくていいわけ?
 今までのように、卑怯な手段はとれなかったわけ?
 それよりも……もう待てなくなったとか?
 こんな暴挙にでるまで、すでに追い詰められちゃっていたとか?
 わたしのすぐ横で微笑む、この極悪悪魔に。
 そして、間抜けにも、命を狙った相手は人違いだった……。
 しかもそれは、よりにもよって、金郷家の令嬢のようで……。
 だから、動揺せずにはいられない……と。
 ご愁傷さまです。
 あまりにも呆れすぎちゃって、がっくりと肩を落とすわたしに気づき、夏樹はにっこりと微笑み、抱き寄せてくる。
 ふわりと包み込まれる。
 その大きくて優しい腕の中へ。
 ほわわんっと胸にぬくもりが広がる。
「……あんた……たしか、鳳凰院の分家に雇われていた……。へえ、鳳凰院分家は、俺に……金郷に喧嘩を売ろうというわけか」
 じゃれつくあかりちゃんをひきはなしながら、京也さんが男をにらみつける。
 そう。つまりは、そういうことになっちゃうわね。
 だって、金郷のご令嬢の命を狙ったことになっちゃうもの。これは。
「ち、違っ!」
 だから男も、即座にそう否定しようとしたようだけれど、すぐに口を閉じてしまった。
 あまりにも京也さんが恐ろしい表情でにらみつけているから、もうそれ以上何も言葉にすることができなくなったらしい。
 がたがたと震えはじめる。
 恐らく、この後、自分の身にふりかかる恐怖を悟ってしまったのだろう。
 そういえば、京也さんのところは……表の鳳凰院と言っていた。
 そして、今日この会場に集う人たちは……有力者たち。
 そんな人たちの目の前で、こんな滑稽なことをして、さらには京也さんににらまれちゃったりなんかしたら……。
 少し賢い人なら、すぐさま判断する。
 どうすれば、自分の身を守れるか。
 また、会場の一部に動揺がはしる。
 だけど、今度はさっきみたいなものじゃなくて……絶望感すら漂っていたかもしれない。
 それに追い討ちをかけるように、ゆったりと会場に響き渡る。
「……終わったな」
 妙にきっぱりと、そして冷たく言い放つ夏樹の声が。
 ざわめく一角に視線を流し、不気味ににやりと微笑んだ。
 そこにいるのは……まぎれもなく、悪魔。

 つまりは、それが答え。
 この男、とうとうやってしまった。
 しかも、より簡単に、あっさりと。決定的に。
 無駄なことはすべて省き、計算されたその企み。
 ……そう。企みなのよ。まさしくこれは。
 相手の計画を逆手にとった企み。
 相手の焦りと裏をかいた、卑怯な企み。
 夏樹のその言葉が放たれた瞬間、会場の一角は時間が止まったようだった。
 どうやらそれが、鳳凰院の分家連中らしい。
 そこには、由布の両親の姿もあった。
 長かった確執に、ようやく決着がついた瞬間。

 ――同時に、もう一つ、重大なことが決定した瞬間だったかもしれない。
 そう。これから、わたしの身に降りかかる、重大なこと……。



 それから、数時間後。
 鳳凰院本家。
 そこのリビングに、わたしたちはいた。
 どかっとソファに腰かけ、おもしろくなさそうに目をすわらせる京也さん。
「夏樹……。お前、俺を利用しただろう?」
 さっき久能さんが持ってきてくれたコーヒーをずずずーっとすすりながら、そんなことをはき捨てる。
 じとりと、惜しみなく夏樹をにらみつけることも忘れずに。
「気のせいだよ」
 そんな京也さんに、わたしをぎゅっと抱きしめた夏樹が、無駄にさわやかにきっぱりにっこりと言い切る。
 それは、あくまで気のせい≠セと、威圧的に言っている。
 嗚呼。もうっ!
 当然、そんな夏樹に、脱力してしまったのはわたしだけじゃない。
 由布も京也さんも、がくんと肩を落としている。
「まあ、いいけれどね。……貸し、一つだからな」
 はあっとため息をつきながら、京也さんはくすりと肩をすくめてみせる。
 どうやら、どう頑張っても夏樹にはかなわないって、そうそうに諦めちゃったらしい。
 ……うん。それが、賢明な判断だとは思うけれど。
 だってこの男は、世界一の極悪男だから。
 下手に敵にまわさない方がいいと思うのよ。
「ありがとう」
 そんな京也さんに、夏樹ってば、やっぱりさわやかにそう微笑むだけ。
 一緒に、わたしの唇をかすめとっていって。
 以前は、人前でわたしにキスするなんてもったいなくてできない、とか言っていたのに、今ではもうすっかり、それが普通になっちゃっていて。
 だけど、それでも、それは、ごくごく限られた人たちの前だけでだけれど。
 そう。夏樹が、信頼を寄せている人たちの前でだけ。
 ということは……?

 ――それにしても、この男の極悪ぶりは、一体どこまでいくのだろう?
 やっぱり、いきつくところなんてないとか……?
 嗚呼。いやだわっ。
 思いっきり疲れを覚えて、脱力して、ずるずるずるーっと夏樹の胸へともたれかかっていく。
 そうしたらやっぱり、この男は嬉しそうに微笑み、そのままぎゅうっとわたしを抱きしめる。
 そうして、らぶらぶ攻撃開始。
 無駄にハートをばらまきながら。
 ……嗚呼、もう。大嫌い。
 そんなわたしたちの横で、あかりちゃんが由布のシャツの裾を、つんつんと引っ張る。
「ねえ、由布くん」
「ん? あかりちゃん、何?」
 それに気づいた由布も、夏樹のこの暴挙にすっかり疲れを覚えていた体をソファからおこし、あかりちゃんに微笑みかける。
 直後、爆弾が投下された。
「あかりのお婿さんにならない?」
 瞬間、その場にいた全員の思考が停止したことは言うまでもない。


 ――嗚呼。もしかして、あれってこれのことだったの?
 あかりちゃんの「由布がいい」というつぶやきは……。
 本当、あかりちゃんのその思考、果てしなく……謎。
 そして、なんだか、また嵐の予感。


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update:05/11/13