愛の行方
ダイスキ

 季節は梅雨。
 そんな雨ばかりが続く時期なのに、まるでわたしを嘲笑うように今日は快晴。
 空は真っ青に澄んでいる。
 雲ひとつない。
 ……まあ、もともと、ここ≠ナは、スコールの心配はあっても、梅雨の心配はないと思うけれど?

 すぐ目の前には、この空に負けないくらい真っ青に広がる大きな海。
 スカイブルーじゃなくて、少しエメラルドグリーンに近い、その海。
 十字架をかかげる真っ白い建物のまわりには、色とりどりの花々。
 これは、いつだったか、わたしが言った、あの希望のよう。
 お花がいっぱいで、海が見える教会=B
 ……それ。
 すぐ近くで、白いビーチに青い波が打ち寄せている。
 きらきらきらきら、陽の光を反射して。


 なのに……どうして、わたしの目の前には、思わず頭痛を覚えてしまうようなこんなものがあるのでしょう?
 夢のような真っ青の海を見ることを邪魔するように。
 わたしの視界を、それが覆いつくす。
 ピンクとか紫とか赤とか……その辺りの、いかがわしい色のオーラを放ちつつ。
 とろんとろんに顔の筋肉をくずして。
 妙にきらきらと目を輝かせ、その体中から幸せオーラを放出させている。
 いかがわしいオーラとともに。
「茗子……。かわいい……」
 しかも、そんなことをささやきながら、ふわふわと、海を漂うくらげのように、わたしに腕をのばしてくる。
 そしてそのまま……問答無用で、ハグっ。
 ぎゅうっとわたしを抱きしめる。
「……って、邪魔。さらに言えば、どうして夏樹がここにいるの!? まだ着がえている途中でしょう!」
 抱きつく夏樹をんぎぎぎと引きはなしながら、ぴしゃりとそう言い放ってあげる。
 ほら、わたしの髪をセットしてくれているこのお姉さんだって、とってもとっても困っているじゃない。
 ほんのり頬を染めていることは、この際無視して。
 よくこんな不吉な場面を目の当たりにして、頬を染められるものね、とつっこみを入れたいところだけれど。
 それよりも、こっちの方が重大な気がするから、とりあえず今はスルー。
 まったく……。この男ってば、邪魔をすればするだけ、お望みのことが遠くなるとわかっているのかしら?
 嗚呼。本当、なんて馬鹿なの。夏樹って……。
 わたしだって本当は、早くその時がやってきて欲しいのだからね。
 早く着がえて、時間まで、その大好きな場所でくつろぎたいのだからね。
 だから、邪魔しないでよ。今は!
「いいじゃない。ぼくたちは、これから結婚するのだから。夫婦というものは、やっぱり全てを見せ合わなきゃ」
 そんなことを言いつつ、ゆっくりと顔を近づけてくる。
 それはすなわち、あれ。
 あれを要求している。
 ――キス。
 あまいあまいキス。
 今、この場でキスしたいって、そう言っている。
 ……ふっ。だけど、そんなこと、簡単に許してなどやるものかっ。
 というか、本当に邪魔なので、さっさと立ち去ってください。
 髪の毛のセットができません。
 真っ白いヴェールをつけられません。
 まだ、純白のドレスを着たばかりです。
 無駄にふわふわでゴージャスなドレス。
 もちろん、このドレスには、わたしの意見など一つも反映されていない。
 夏樹の趣味のみで決定。
 ……まあ、夏樹の趣味ということは、半分くらいはわたしの趣味でもあるけれど。
 だって、夏樹はわたしの趣味までも心得た、とんでもないストーカーだから。
「それとこれとは、話が別。今すぐでていけ!」
 ぐいーっと抱きつく夏樹をひきはなし、扉をずびしと指さす。
 すると夏樹ってば、あからさまにがっくりと肩を落とし、恨めしそうにわたしを見つめてくる。
「茗子のけちー」
 そんなことをつぶやきながら。
 口をとがらせながら。
 頬をふくらませながら。
 だから、もうっ。この男ってばっ。
 あんたも着替えなきゃならないのだから、さっさと行きなさいよねっ。
 今頃、「新郎が消えたーっ!」などと探されていても知らないから。
 わたしに蹴散らされ、渋々、すごすごと扉へと歩いていく。
 そして、扉に手を触れようとした時、ふいにぐるんと振り返った。
 去っていく夏樹にほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、またわたしに疲れが押し寄せてきた。
 だってこの男、妙にきらきらと目を輝かせているのだもの。
 その手には、一体、いつどこから取り出したのか、ブルーを基調にした無駄にかわいらしいブーケ。
「あ。そうそう、茗子。はい、ブーケ」
 そして、そう言いつつ、またわたしへと歩み寄ってくる。
 床から足が浮いちゃっていることは……やっぱり見なかったことにしよう。
 ふわふわと宙に舞う、やっぱりくらげのような男。
「……え?」
 ぽすっとわたしの手にそのブルーのブーケを持たせ、にっこりと微笑む。
「サムシングブルー……のつもり。まあ、下着もブルーにしているけれどね。一応」
 ほわほわとこの上なく幸せそうに微笑み、そんなとんでもないことをほざく。さらっと。
 そう。とんでもないこと。
 だって――
「どうして、あんたが、わたしの下着の色を知っているのよ!?」
 そう。それっ!!
 どうして、夏樹が、わたしが今身につけている下着の色を知っているのよ!
 手渡されたブルーのブーケで、ばしっと顔をぶってやる。
 だけど夏樹ってば、全然こたえた様子なく、髪にブルーの花びらをいくつかつけながら、にっこりと微笑む。
 不必要に、わたしの腰をくいっと抱き寄せて。
「それはね〜……秘密だよ」
 そう言って、案の定、わたしからキスをかすめとっていった。
 そして、くすくすと楽しそうに笑いながら、この部屋を後にしていく。
 そんな夏樹の後ろ姿に向かって、わたしは怒りの全てをこめて叫んでいた。
「消えてしまえっ!!」
 まさしくそれ。
 今すぐに、あの極悪エロエロ星人を、()っちゃってください。
 消滅させちゃってください。
 そう願わずにはいられないっ。

 っていうか、全然秘密じゃないじゃないっ。
 だって、あの男ってば……ブルーの下着以外、全部どこかへ隠しやがったのだから。下着っ。
 つまりは、問答無用でそれをつけろということでしょ!?
 ったく……。どこまでいっても、スケベ男よねっ。
 最低。大嫌い。
 でもまあ、花嫁が幸せになれる四つのサムシングのうちの一つだから……我慢してやってもいいけれど。
 大人しくつけてあげるわよ。
 ……今さらだけれど、あんな男の……一体、どこがいいわけ?
 思わず、自分に問いかけちゃうわよ。
 そして、その答えは、絶対に、永遠に得られない。
 あーあ。あんな極悪悪魔をたたいちゃったから……せっかくのブーケが、ちょっと乱れちゃったじゃない。
 でもまあ、いいか。
 なんだか、こういうブーケこそが、わたしたちらしくて、ふさわしいじゃない?


 そうして、なんだかむちゃくちゃとも思える、誓いの言葉に、誓いのキスをしてしまっていた。
 気づいた時には。
 だって、夏樹が勝手に一人で先走って、自己本位にすすめていたから……。
 神父さまの言葉なんてまったく耳に入れず、ずーっとわたしを暑苦しく見つめていたことも……この際、無視しておこう。
 誓いのキスが必要以上に長かったことも、忘れてしまおう。
 指輪の交換の時なんて、一緒に指輪にキスを落としていたことも、記憶の底に葬り去ろう。
 気にしたら、恥ずかしすぎて、顔から火を噴いちゃうから。
 すべてが終わり、夏樹に手をひかれ、教会の外へ出た時だった。
 めいっぱいに襲い来る花びらのシャワー。
 きらっと陽光もおしみなく降り注がれて。
 そこは、きらきらの光と花に覆いつくされる。
 大切で、大好きな人たちに見守られて。
 みんな、最上の微笑みを浮かべている。
 まるで、すべての幸せに祝福されているみたい。
 そうして、めいっぱい花びらをかぶって、夏樹とくすりと笑い合う。
 それから、今、容赦なくわたしたちに照りつける太陽めがけて放っていた。
 ブルーのブーケ。
 空高く、世界中に、今のわたしの幸せをばらまくように。
 高く高くどこまでも、幸せよ、とどけ。
 ブルーのブーケが太陽にかぶり、きらりと消えていく。
 ――まぶしい。
 今わたしの横にいるこの男のように。
 幸せすぎて、まぶしい。
 そしてきっと、この男が、これからのわたしの幸せを握っている。


 ねえ、わたしたちの気持ちは……愛は、一体、どういうふうにどこへ行くのだろうね?
 そのことを考えると、なんだかドキドキしてきちゃう。
 今横にいる男は、太陽よりもまぶしい微笑みを浮かべている。
 きっと、それが、わたしのすべてなのだと思う。


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update:05/11/20