ダイスキ
ダイスキ

 密林みたいな庭にかこまれた、大きな洋館。
 そこの二階の南側の大きな部屋は、日当たりがよくてぽかぽかと気持ちいいことを、わたしは知っている。
 そして、その部屋は、愛の巣≠ニ、おかしな命名をされちゃっていることも、わたしは知っている。
 わたしとしては、あくまで乙女部屋≠ナ貫き通したいところなのだけれど――


「おはようございます。昨夜は、よく眠れましたか?」
 朝目覚めて、ダイニングへ行くと、無駄にさわやかな微笑みで、バトラーがそう迎えてきた。
 彼は、鳳凰院……狩野家の、忠実かつ優秀なバトラー。
 たしか名前を、久能嘉鷹といったかしら?
 その主人に似て、とってもとってもたちの悪いバトラー。
 鳳凰院分家の連中は、例のあれで完膚なきまでに失脚。
 どうして、あっさり失脚しちゃったのか……と思ったら、それは京也さんに大きく関係があるみたい。
 だって、京也さんのところは、表の鳳凰院≠セから。
 誰も敵になどまわしたくない……はず。
 そして、鳳凰院本家のただ一人の人間は、その名を捨ててしまった。
 だから、この世から、力を及ぼす鳳凰院の名≠ヘ消え去った。なくなった。
 つまりは、それが夏樹の復讐で、そしてついにやり遂げてしまった。
 だから、わたしが卒業して、そしてゴキが一掃できたら……のその約束は、この度、見事達成させられちゃってしまったわけで……。
 それはもう、本当、問答無用だったわよ。
 気づいた時には、わたしは、海辺の教会にいたのだから。
 そして、誓いの言葉と誓いのキスをかわし……かわさせられていた。
 わたしは、六月の花嫁≠ノされちゃっていた。
 本当、この男って、そういうところだけ、素早い。ぬかりない。
 ――嗚呼、もう。大嫌い。
「眠れるわけないじゃない。……昨日は、夏樹が全然寝かせてくれなかったのだもの」
 ふわわあと大きなあくびをしながら、いつもの指定席、窓際に置かれたテーブルの夏樹の向かい側の席に腰をおろす。
 もちろん、腰を下ろそうとした時、久能さんを蹴散らして、夏樹が椅子を引いてくれていたけれど。
 まったく、もう。本当、この男って……っ。
 その時感じた夏樹の香りに、一瞬、くらっとなってしまったことは……絶対に知られてはいけないこと。
 知られたが最後、この場でおいしくいただかれてしまう。
 本当、近頃は見境がないから。この極悪悪魔は。
「ああ。だから、夏樹さまのお肌が、やけにぴちぴちしているのですね」
 わたしのその言葉に、久能さんはぽんと手を打つ。
 そして、椅子をすっとひく。
 夏樹も、妙に涼しい顔なんてしちゃって、そこに腰を下ろしていって……。
 わたしの目の前に顔を持ってきて、にっこり微笑む。
「……それ、どういう意味よ?」
 そんな夏樹の顔をべちゃっとおしのけ、久能さんににらみを入れる。
 本当、それってどういう意味?
 久能さん、何か勘違いをしているのじゃないの!?
「え? 違いますか? そのままの意味――」
「違うわよ! 昨夜は、一晩中、夏樹から逃げまわるので大変だったのだから!」
 両手でばんとテーブルをたたきつけ、思いっきり、心から否定してあげる。
 や、やっぱり、このバトラーは、果てしなく勘違いしてくれちゃっていたわけねっ。
 本当の本当に、昨日はとっても大変だったのだから。
 夏樹ってば、結婚しちゃったことをいいことに、それはそれはもう……。
 嗚呼。思い出しただけでも、身の毛がよだつ。
 まあ、ぎりぎり危機一髪、どうにかセーフだったけれど。
 結婚はしてやってもいいけれど……だけど、まだそれだけは駄目。
 まだまだくれてなどやらない。
 だって、夏樹には、わたしはもったいないもの。
 ――ううん……。そうじゃなくて……まだ、そこまでの勇気が出せないことを、夏樹もちゃんとわかってくれているから、やっぱり無理強いなんてしてこ……きたわよ。昨夜は。ここぞとばかりに。
 それで、それから逃げまわるので、とってもとっても必死だったのよ。
 一年……もっと?、それくらいぶりに、乙女部屋の鍵をかけられちゃって……。
 ああ、もう本当、夏樹って……なんて極悪エロエロ星人なのかしらっ。
 ――でも……そろそろ、おあずけをといてあげても……いいかな?
 だってそれは、わたしももうずっと待っていることだから。
 まだ、ほんのちょっぴり勇気を出せないだけで。
「――嗚呼。やっぱり……。夏樹さまってばだらしがないですね。初夜からずっと、花嫁に逃げられちゃっているなんて。――まあ、予想できていたことですけれど」
 わたしのその言葉を聞き、久能さんは妙に納得したようにうんうんとうなずく。
 そして、何故だか哀愁めいた視線を夏樹に送って……。
 その視線を受け、夏樹の眉がぴくりと動く。
「久能。お前、ぼくに喧嘩を売っているのか?」
「いいえ。とんでもございません」
 だけど、夏樹のそんなにらみも言葉も、久能さんはさらっと蹴散らして。
 ああ。それでこそ、久能さんです。
 さすがは、忠実かつ優秀なバトラー。
 鳳凰院……狩野家のバトラーは、今日も健在のよう。
 そんな久能さんを、夏樹はしっしと手で追い払う。
 久能さんも久能さんで、それ以上は夏樹で遊ぶことをあっさり放棄しちゃって、素直に去っていっちゃう。
 だから、ここには夏樹と二人きりで取り残されちゃって……。
 何故だか、無駄に甘く暑苦しく、じいっとわたしを見つめてくる。
 しかも、さりげなく、両手をぎゅっと握られちゃったりなんかして……。
「ねえ、茗子。ぼくは、生まれ変わっても、茗子だけを見つけ出して、茗子だけを愛するよ」
 きらきらと朝の陽光が差し込むそのダイニングで、そんなきらきら陽光よりもっときれいにまぶしく微笑んで、夏樹はいきなりそう言ってきた。
 それと同時に、わたしはやっぱり、すっぽり夏樹の腕の中。
 こんな突拍子もないことをしでかしてくれちゃうなんて、なんて夏樹らしいのかしら。
 だからもう、それに抗ったりなんてしない。
 諦めたりなんかもしない。
 だってこの場所は……わたしも望んでいることだから。
 だけど、やっぱり、疲れを覚えることだけはなくならないようで……。
「……正気?」
 ひくりと頬をひきつらせ、夏樹の胸の中でそうつぶやいていた。
 だけど、心だけは、妙にぽかぽかとあたたかい。
 くすりと笑い、ぽすんと夏樹の胸にわたしの全てを預ける。
 すると夏樹は、やっぱり、もうちょっとだけわたしを強く抱きしめて。
 あたたかくて優しい、そしてあまいあまいキスを落としてくる。
 それを、もうちょっととねだるわたしがいて。
 もうちょっとだけじゃたりない、もっともっとと求めてくる夏樹もいて……。
 どちらともなく、時間を忘れるくらい、そうしていたような気がする。
 わたしはきっと、もうこの人しか愛せない。


 こんなに大好きだと、愛しいと思える人が現れるなんて……。
 きっとわたしは、誰よりも幸せな人生を送ることができるのだと思う。
 この人がいるだけで。
 最期の最期の時、その時まで。
 その時も、きっと二人、手に手をとって、もう一つ先の未来へと旅立つことができるだろう。
 どんなにめぐりめぐって、生まれ変わったって、きっとまた、わたしはこの人を選ぶ。
 どんなに姿形がかわっていようと、わたしはまた、この人を見つけ出す。
 そして、誰よりも愛しいと感じる存在になるの。
 この人しか、考えられないから。
 それは、絶対に、夏樹も一緒。

 愛しい。
 その思いだけが、すべて。


ダイスキ おわり

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update:05/11/27