バレンタインキス
(1)

「き〜りひ〜らさんっ!」
 北風寒風吹きすさび、寒波がやってくる季節。
 そう聞くと、なんだかちょっとしんみりしちゃったりする季節。
 思わず、ぶるるっと身震いしちゃいそうになる季節。
 だけどこの季節、そうして沈んでいるような人なんていないと思う。きっと。
 今にも漂ってきそうな甘い香りのもと――
 むしろ、うきうきとうかれているような気がする。
 そう、あの男。あの超勘違い極悪男を筆頭に。
 ゴーイングマイウェイっぷり全開で。

 そして、この季節は、まさしくあいつのためにあるようなもの。
 なんてそんなちょこざいなことを、さらさらっと言ってのけそう。
 あの男なら、にっこり天使の微笑みを浮かべ、言うに違いないわ。
 思いっきり、嫌というほど、ムカつくけれど、絶対そう。
 そういう男なのよ。あの男、鳳凰院夏樹、二十六歳というふざけた男は。
 この度、見事、わたしを拉致って監禁して、脅して婚約しちゃったあの男は……。
 二ヶ月前のクリスマスの日に誕生日を迎えて、「プレゼントは茗子がいいな」なんてふざけたことを言った男は。
 大っ嫌い!
 そして、クリスマスプレゼントに、今度はプラチナのネクレスを贈ってきた……。
 一体、わたしの首に、どれだけぶらさげれば気がすむのよ!
 きらりと光る、小粒のダイヤだけで十分でしょう!?
 ――ムカつく。

 そんな極悪男が住まうここ、鳳凰院邸の厨房の中をひょいっとのぞくわたし。
 この極悪夏樹に拉致られ、監禁され、脅され、そして騙され婚約させられてしまったわたし、狩野茗子。二十歳。
「茗子さま? どうかなさったのですか?」
 厨房の中をのぞくと、そこには先客万歳――ん? おかしな日本語をつくるのじゃない。それを言うなら、千客万来だろう?というつっこみはいらないから――とばかりに、そこに久能さんがいた。
 本日のお目当て、桐平(きりひら)さんの横に。
 ムカつくくらい、やんわりとした微笑を浮かべ。
 その一方で、この鳳凰院家のバトラーらしく、ぴしっとしたたたずまい。
 ……やっぱり、久能さんってば、その主人に似て、どこかムカつく。
 ううん。どこか……じゃなくて、めちゃめちゃムカつく。
 わたしの神経を楽しいくらいにさかなでしてくれる。
「あ……うん。厨房をちょっと借りようと思って……」
 ムカつくけれど、それにぐわっと反応するほどわたしももうこどもじゃないから、気にしていないふりをしてみせる。
 本当は、この上なく腹立たしいのだけれど。
 ひょいっとのぞいたそのままに、ちょこちょこと久能さんと桐平さんの前に歩いていく。
「久能。茗子さまは、夏樹さまにチョコを作ってさしあげるそうだよ」
 なんて、そんな言わなくてもいい余計なことを、桐平さんは言いやがった。
 ……ムカつく。大嫌い。
 そんなこと、この久能さんに話しちゃったら、何と言われるか――
 わざとだなっ。さすがは、夏樹の忠実なる料理人だわ。
 その味覚までも心得た。
「ええ!? 茗子さまが夏樹さまに!?」
 桐平さんの言葉を受け、久能さんってば、これみよがしに驚いたりする。
 それが、明らかにわざとだとわかるから……思いっきりムカつく。
 さすがは、あの極悪夏樹の右腕だわ……。
 ――って、そんなところに感心している場合じゃなかったわ……。
 そう。癪だけれど、ムカつくけれど、桐平さんの言う通り、わたしはチョコを作りにきた。
 北風寒風吹きすさぶこの季節、何のチョコ?なんて聞くのは無粋というものよ。
 決まっているじゃない。この季節に作るチョコといえば、あれ。あれしかないわよ、もちろん。
 バレンタインチョコ。
 それはもちろん、夏樹に渡すため。
 認めたくないけれど。
 よりにもよって、手作りチョコ。
 このわたしが。信じられない!
 ……でもね、そこでただですまないのがわたしだったりする。
 普通に……普通のチョコを渡すはずがない。
 世界でいちばん大嫌いな極悪男相手にね?

 ちなみに、この桐平さん。
 この人が、あの夏樹の味覚を心得ている、この厨房の総支配者……もとい、料理人。
 時々、わたしはこうして、厨房を借りたりする。
 ……というよりかは、桐平さんと一緒にお菓子を作ったりする……が正解かもしれない。
 しかも……桐平さんってば、すぐ横に立って、「ああ〜! 危ない」とか、「見ているこちらが心臓が止まりそうですよ……」とか、やっぱり主人に似て、どこか癪にさわることを言って、必要以上に騒ぎ立てたりしているし……。
 ――ムカつく。
 まあ、百歩譲って?、桐平さんにお菓子の作り方を習っていないわけではない……と言ってあげてもいいけれど。
 そんな感じで、桐平さんとは、ここ数ヶ月の間に仲良くなってしまったの。
 一緒に作ったお菓子でお茶をしたりとかして……。
 本当は迷惑じゃないのかな?とか思ったりしたこともあったけれど、それってば杞憂にすぎなかった。
 だってこの人、この桐平さん。
 どこかの鳳凰院のご子息連中やそこの執事みたく、わたしで遊んでいる節があるもの。切々と。
 く、悔しい!!
 わたしって、そんなにおもちゃにしやすい人間だというの!?
 本当、腹立たしいことこの上ない!!
 ――と言ってみても、わたし……知っているから。本当のこと。
 いつだったか夏樹と一緒に迎えた朝の乙女部屋の外での、使用人たちのその会話。
 だから、それでも別にいいかな……なんて、そんなことを思ってしまったりしている。
 そんな、不愉快この上ないことを。このわたしが。
 何もかも思い通りに操られているという感じもしないこともないけれど――
 だけどね、逃げられないから……逃げられないなら、その生活を思いっきり楽しんじゃえばいいじゃないとも思ったりして……。
 そういうところは、自分でもすごいと思う。
 どんな逆境でも、その状況を楽しんじゃえたりする辺り……。
 自分で言っていて、むなしくなっちゃうけれど。
 でもね、今は、それでも別に嫌じゃない。
 時折、ぽっとあたたかくなったりするから。心が――
 主人を思う、その使用人たちの心に触れたりして……。
 やっぱり、夏樹ってば、もしかしなくても、世界でいちばん幸せなご主人様かもしれない。

 そうしてね、桐平さんと一緒に作ったお菓子で一緒にお茶をしていたりしていると、そこにとってつけたように乱入してくるのが、久能さん。
 まったくどこからかぎつけてくるのか、必ずと言っていいほど邪魔してくる。
 天晴れだわ。その嗅覚。
 まるでハイエナのような嗅覚。
 極悪悪魔の忠実なる(しもべ)はハイエナだなんて、そんなの聞いたことないわよ。まったく……。
 久能さんだけかと思うと、またいつの間にか当たり前のようにやってくるようになった由布。
 気づけば、いつも久能さんの横でちょっと意地悪な顔をして、にやにやと笑っていたりする。
 ……殴りたいっ。
 そんなお邪魔虫二人を相手に憤っていると、この世で最も腹立たせてくれる男、極悪夏樹がやってくる……。
 この男こそ、それは当たり前と言いたげに、涼しい顔なんてしちゃったりして。
 さらには、浮かべるの。極悪悪魔の顔を隠した天使の微笑み。
 そしてまた、当たり前のようにわたしを抱き寄せたりして。
 そういうふうに、夏樹のらぶらぶ攻撃、見ているこちらが恥ずかしくなりますよ……な攻撃をはじめちゃったりするから、三人は馬鹿らしいとばかりにいつの間にか消えていく。
 そうして二人きりにされてしまったその後は、もう決まりきったこと。
 流される。流され続ける。どこまでも……。
 夏樹のあふれる愛で包まれるの……。
 どこか納得いかないけれど。
 そんな感じで、ここのところ、異様な顔ぶれでお茶会をしていたりする……。
 本当、不気味……。
 だけど、今日は夏樹はいないの。
 当たり前のようにやってきたりすることは、それこそ不可能。
 あいつが、エスパーでもない限り。


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update:04/02/01