ホワイトキス
(1)

「ん〜。どれにしようか迷うな〜。茗子は何でも似合うからな〜。なあ、そう思うだろ? 由布」
 ずらりと並ぶネックレスを前に、ぼくは隣にいる由布にそう同意を求めてみた。
 きらきらとたくさんの宝石たち。
 それを前に、ぼくは先ほどからずっと苦悩し続けている。
 それはもちろん、このような理由で。
 近所でも有名な百貨店の貴金属売り場に、ホワイトデイのプレゼントを選びに来た。
 どうにも迷ってしまって仕方がない。
 普段のぼくなら、当然、高級貴金属店へ赴くところだけれど……今回は別の目的があるから、仕方なく百貨店で手をうっている。
 そう。本当の目的は、これじゃない。
 茗子の笑顔を見るために、ぼくが考えた本当のプレゼント。
 それを実行するためには、貴金属店では役不足。
 この売り場は、ほんのお遊び。気まぐれ。
 だけど、それでも、目の前にあるものどれもこれも、本当に茗子に似合いそうで……。
 だから、全部を茗子にプレゼントしたくなってしまって……。
 ぼくがプレゼントしたネックレスをつけて、にこっと微笑む茗子を見たくて……。
 まあ、絶対と言っていいほど、それはあり得ないのだけれど。
 むうと頬をふくらませ、じろっとぼくをにらむ茗子しか想像できない……というところが、何とも情けない。嘆かわしい。
 だけど、そんな茗子もかわいいから、ぼくは何だっていいのだけれど。幸せなのだけれど。
 そう。ぼくの目の前に、茗子さえいてくれれば。
「別に。どれでもいいのじゃない? っていうか、茗子なら、『無駄に馬鹿高いものばかり用意しやがって。ムカつく』とか何とか言いそうだけれどねえ?」
 いろいろとネックレスを物色するぼくに向かって、由布は鼻で笑うようにそんなことを言う。
 ご丁寧に、胸の前で腕を組んだりして。
 むりやりつき合わされていますなんて、あてつけるように。
 たしかに、むりやり連れてきたのだけれど……。
「ふ〜ん。由布は、茗子のことなら、何でもお見通しというわけ?」
 由布の、いかにも茗子のことならわかってますというその言い草に、ちょっとむっとしてしまった。
 茗子のことをわかっているのは、ぼくだけで十分なのに……。
 よりにもよって、由布もだなんて。
 由布は、恐らく……いや、絶対、今でも茗子のことが好きなはずだ。
 もう終わったことだからとか何とか言っているけれど……それは所詮、口だけ。
 時折見せるその表情が、それを物語っている。
 ぼくが茗子をからか……いやいや、茗子と愛を確かめ合っているその場面に接すると、由布は辛そうな顔をしているから。
 それに気づいているけれど、ぼくだって茗子を譲る気はさらさらない。
 だから気づかないふりをする。
 さらには、見せつけるように余計に茗子をおもちゃ……いやいや、いちゃつく。茗子に触れる。
 それがどれだけ嫌な奴かとわかっているけれど、この由布にだけは手加減は無用。
 これまでだって、茗子に悪い虫がつきそうになったことは何度もあったけれど、由布ほどたちの悪い虫はいないだろう。絶対。
 茗子も茗子で、由布とは何だか親しそうにするし……。
 ――いや、実際、親しいのだけれど……。
 そうなるように仕向けたのが、このぼくという辺りも何だか腹が立つ。
 そんなつもりではなかったのに……。
 茗子は、ぼくだけのものであればそれでいいのに。
 もうずっとずっと、十五年という年月、茗子だけを思い愛してきたのだから。
 茗子以外の女性なんて考えられない。
 いや、十五年という年月がなかったにしても、ぼくにはもう茗子以外は考えられない。
 彼女が、ぼくの全てなのだから。
「いやいや。夏樹ほどではないよ」
 先ほどのぼくの嫌味に、由布はさらっとそう返してきた。
 ……本当に、このいとこはあなどれない。
 ほんの少しでも油断をして、隙を見せようものなら……絶対奪われる。
 それにまあ、事実、ぼく以外に、茗子のことを何から何まで全てわかっている男なんて、この世にいないだろうけれど。
 そして、ぼく以上に茗子を愛している男もいないはず。
 茗子への愛は、誰にも負けない。自信がある。
 茗子の世界をぼくでいっぱいに……ぼくだけにする。
 それが、今、ぼくが抱くいちばんの野望かもしれない。
 ――本当は、その前にしなければならないことは山のようにあるけれど、そんなもの、茗子を前にしたら、塵に同じ。
 簡単すぎて、急いで始末する必要もない。
 この世で最も難しいもの。大変なもの。怖いもの。
 それは、茗子の心だから。
 どうにも茗子だけは、ぼくの思い通りになってくれない。

 無駄に高いものばかり用意して……。
 それは、彼女が口癖のように言う言葉。
 本当、最近はそれがひどい。
 でも、そうしてむうっとすねたふりをして、実は喜んでいることもぼくは知っている。
 だって、全ては彼女の「乙女の夢」とやらを叶えるためにしていることだから。
 茗子が望むなら、ぼくは何だってしてみせる。
 そうして、今も彼女へ送るネックレスを選んでいるわけだけれど……。
 ――いや、選んでいるふりをしているわけだけれど……。由布の手前。由布にあてつけるため――
 これをプレゼントすれば、彼女は絶対にこう言うはず。
「一体どれだけ、わたしの首にじゃらじゃらつければ気がすむのよ?」
 そのように、目をすわらせ、ほんのり頬を染めるはず。
 それはもう、クリスマスの日に実証済みだから。
 その日はぼくの誕生日だけれど、やっぱり何か贈りたいじゃないか。男として。
 だから、ネックレスを贈った。
 すると、「無駄に高いものを……」などと言いつつ、茗子はプレゼントしたそれを首にかけてくれた。その場で。ぼくが見ている目の前で。
 それで、ああ、なんて愛しいのだろうと思った。
 素直じゃない彼女からは、「ありがとう」というその言葉はもらえないけれど、だけどそれでもいい。
 だって、素直じゃないけれど、素直だから。
 一生懸命強がってみせても、やっぱり喜んでいるのが十分伝わってくるから。
 体いっぱいで、「ありがとう」と言っていることに、当の彼女は気づいていない。
 だけど、それがとてもかわいい。
 意地っ張りの彼女を好きになった時点で、諦めなければならないことだから。「ありがとう」という言葉をもらうのは。
 それに……そんな素直じゃないところが、やっぱりとてもかわいい。
 そして、別に全部つける必要はないのに……なんて思うけれど、それは口には出さない。
 そう。あれだけ。あの指輪だけ、ずっとつけていてくれたら、ぼくはそれだけで十分なのだけれど……。
 彼女が文句を言いつつもつけてくれるから、それはあえて言わない。
 これから、その首にかけきれないほどたくさんのプレゼントをしていくのだけれど。
 今はまだイベントの時だけにしているけれど……もう少し、もうほんの少し、茗子がぼくに歩み寄ってくれたら……きっと、茗子に似合いそうなものを見つける度、思わず買っちゃうから。
 本当は、今でもそうしたいのだけれど……。
 それはまだ、我慢して。
 今から、その時が楽しみで仕方がないよ。
 想像するだけで、くすくすと笑いがこみ上げてくる。嬉しくて。
 そして、茗子はやっぱりこう言うはず。
「ムカつく! どうしてこんなにほいほいすぐに買っちゃうのよ! だから金持ち男って嫌いなのよ」
 だけど、そう言う茗子の顔は怒っていても、その目は決して怒ってはいないんだ。
 そうに決まっている。
 今までの、茗子の天の邪鬼ぶりを思えば。
 本当は嬉しいのに、ちょっと遠慮なんかしているのだよ。
 ぼくに……そんなに気なんてつかわなくてもいいのに。
 ぼくがそうしたいから、そうしているだけなのに。
 そういうところ、やっぱりかわいいよね。茗子。
 かわいくって、愛しくって仕方がない。
「ピンクダイヤ。ムーンストーン。トルマリン。ラピスラズリ……。いろいろあって悩むな〜。ピンクのネクレスをしている茗子は、きっとすごくわかいいだろうけれど……。ダイヤはもうプレゼントしたから……。それじゃあ、ブルーサファイア? ん〜。どうしようか? 由布」
 そうして、悩むふりをして、やっぱり由布に意地悪く聞いてみる。
 本当は、由布の意見なんてまったく必要ないけれど、あえて。
 だってこれは、由布に対するあてつけだから。
 当然、由布はそんなことは百も承知しているのだろう。
 多少頬をひきつらせながら、怒りを必死におさえてこう言ってくる。
 しかも、ぼく同様、嫌みたらしく。あてつけるように。
「もともと、俺の意見を取り入れる気なんてさらさらないくせに。――それよりも夏樹。これって、あれだろ? ホワイトデイのプレゼントの買い物に、わざわざ俺をつき合わせているのって……」
 そこで、由布は盛大にため息をもらした。
 それはまるで、ぼくを挑発しているようにも感じる。
 まあ、はじめに喧嘩を売ったのは、挑発したのは、ぼくだけれど?
 今、ここに由布を連れてきたこと自体、それ。
「……へえ。ちゃんとわかっているんだ? 偉い偉い。そうだよ。『茗子はぼくのものだから、絶対に手を出しちゃ駄目だよ』という念押し」
 そう言って、にっこりと微笑んであげた。
 茗子が言うところの、悪魔の微笑みを隠した天使の微笑みというもので。
 さらには、思わず絶句してしまったわよというその微笑みで。
 ぼくはそのつもりはないけれど、この微笑みはかなりきくらしい。他人には。
 あの茗子でさえも、一瞬言葉を失っているくらいだから、効果は絶大なのかもしれない。
「はいはい……」
 しかし、由布にはきかなかった。
 そんなことを言って、呆れたように大げさにため息をもらしたのだから。
 ……やっぱり、何だか、むしょうに腹が立つな〜……。
 由布がいとこでなかったら、ぼくの協力者でなかったら……即潰しているところだよ。
 これまでの邪魔者のように、さらっと処分しているところだよ。
 悔しいな〜……。
「他の悪い虫は別にたいしたことはないけれど……。由布。お前がいちばん厄介だからね」
 ルビーのペンダントトップのネックレスを手に取りながら、ぼくはつとめて冷静に、さらっとそう言ってあげた。
 そして、ちろっと由布へ視線を送る。
 当然、怒りと憎しみをはらんだような光をこめて。
 すると由布の奴、今度は多少動揺したようだ。
 「え……?」なんてつぶやきながら、一歩後ずさったのだから。
 ふふっ。
 このぼくに勝てるなんて思わないことだね。
 そんなのは百年早いよ。
 ――いや。これが茗子にかかわりのないことなら、どうでもいいけれど。
 ことが茗子に及ぶだけに、ぼくも、全力で対抗する。阻止する。
 相手が誰であろうと。
 茗子はぼくだけのものなのだから。
「もちろん、ばればれだよ。お前がただで引き下がるはずがない」
 そうして、追い討ちをかけてやった。
 茗子に関わることは、みじんですらもゆずる気はない。
 容赦しない。
 これでしばらくは、由布も大人しくしているだろう。
 ――あまり、そうも思えないけれど。相手が由布なだけに。


* NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/03/09