ホワイトキス
(2)

「え? これが、ホワイトデイの?」
 きょとんと、そして狐につままれたような顔をして、茗子はぼくをまじまじと見ている。
 玄関ホールへ、久能にむりやりつれられ、ぼくを出迎えにきて。
 そんな茗子に、ぼくはにっこりと微笑んで手渡した。
 「ホワイトデイのプレゼント」と、そう言って。
 久能にいいように扱われている茗子が、ほんのちょっと気の毒に思えたけれど。
 茗子をいいように扱っている久能を、この上なく腹立たしく思ったけれど。
 茗子がぼくを出迎えてくれるというその事実が、全てをどうでもよくさせてしまう。
 嬉しくて。嬉しすぎて。
 やっぱり、ぼくの世界は茗子でまわっているという証なのだろうか? これは……。

 そうそう。ぼくは、茗子のそんな顔が見たかったんだ。
 やっぱり、怒った顔もかわいいといっても……もっと別の顔も見せて欲しいから。
 それが、微妙な男心というものだよ。茗子。
 それにまあ、それはそうでしょう。
 何しろ、思い切り予想外のプレゼントを用意してあげたのだから。
 これが、百貨店へ行った本来の目的。本当のプレゼント。
 茗子に、「こんな馬鹿高いもの……」なんてもう言わせないよ。
 喜ばせてあげる。茗子の望むものを贈って。
「夏樹でも、こういうことができたんだ? 意外。夏樹にしては、上出来なのじゃない?」
 しかし、やっぱり彼女は彼女らしい。
 どんな時だって、そうして素直じゃないことを言ってくる。
 本当は、嬉しいのに。
 その顔がいっているよ?
 憎まれ口をたたきつつ、必死に誤魔化しているけれど……ほころんでいるから。
 うん。やっぱり茗子はかわいい。
 だけど、案の定、「ありがとう」はなしなのだね? 茗子。
 そんな憎まれ口をたたきつつも、茗子は、今手渡したばかりのキャンディの瓶からしゅるっとリボンを解き取った。
 ぱかっと蓋を開け、瓶の中から一粒、キャンディを取り出す。
 そして、一度小さくくすっと嬉しそうに微笑んでから、ぽいっとそれを口の中に放り込んだ。
 放り込んだ瞬間、ふにゃっと顔がとろけた。
 ……見逃さなかったからね。茗子。
 ちゃんと見せてもらったよ?
 くすくす。やっぱり、茗子っていいな〜。
 飽きない。そしてやっぱり、かわいすぎるよ。茗子。
 やっぱり、茗子には、こういうかわいらしいものがいいのだよね。
 いかにも、かわいい茗子らしく、かわいらしいものを好むのだから。
 茗子のことなら、何だってお見通しなのだから。
「……桃?」
 ころころと数回口の中でキャンディをころがし、茗子は驚いたようにぼくを見つめてきた。
 これもまた、意外だったのだろう。

 そうだよ。桃。
 そのピンク色のキャンディから、想像はついていたでしょう?
 ……あ。だけど、茗子って、意外とそういうところに鈍いから、気づいていなかった?
 やっぱり、かわいいな〜。茗子って。
 そうそう。
 そのキャンディの味は、桃。茗子が大好きな桃だよ。
 桃の味を口いっぱいで感じ、本当に幸せそうに微笑むのだから。茗子ってば。
 驚いたようにぼくを見つめる茗子に、惜しみなく微笑みを注いであげた。
 そして、気づけばのばしていた。手を。
 手をのばしてしまったら、後はもうそのまま突き進むのみ。押さえなんてきかない。
 こんなにかわいい茗子を前にしているのだから、押さえがきくはずがない。
 茗子の肩を抱いていた。
 そして、そのままぼくへと引き寄せようと、ぐっと力を入れようとした時だった。
 ふいに、どんという音がした。
 それとともに、とても意外なことが起こってしまった。
 そう。このぼくですら、驚かずにはいられなかった。このできごとには。
 それは――
「やだー! 信じられない! 一体、何してくれるのよ、由布! これじゃあまるで、わたしへのプレゼントじゃなくて、夏樹へのプレゼントじゃない!」
 がばっとぼくの手を振り払い、ぐるんと振り返っていた。茗子が。
 そして、茗子の向こうで、意地悪く口笛を吹いている由布へと、茗子は憤り怒鳴りつける。
 ……くすくす。もう茗子ってば。
 どうして、そんなにぼくのことをわかってくれているの? 嬉しいな〜。
 だって、茗子の言うとおり、これは、茗子へのではなく、ぼくへのプレゼントなのだから。まさしく。間違いなく。
 由布にどんと背中をおされた茗子の体がぐらっとゆらぎ、ぼくの方へと傾いた。
 それが、あのどんという音の正体。
 そして、うまい具合に、互いに見つめあうかたちをとっていたものだから……必然、触れる。
 彼女のキャンディをふくんだそこと、ぼくのここ。
 触れた瞬間、桃の風味が伝わってきて、ぼくとしてはちょっといただけなかったけれど……。
 そんなものはどうでもいいと思えるくらい、とってもおいしいものをいただけたから、別にいいのだけれどね。
 だって、桃のキャンディよりも、それはあまいから。
 ぼくにとっては、こっちのあまさの方が重要。
 まったく……。由布にはしてやられたよ。
「ふふっ。そうだね。これは、茗子への、ではなくて、ぼくへの、だよね。茗子、すごいよ。ちゃんとぼくのことをわかっているじゃない」
 そう言って、ぼくに背を向け、由布に憤る彼女を、後ろからふわっと抱きしめていた。
 その言い方は、いつものようにちょっと意地悪く……だったけれど。
 だけどそこに、この上なく嬉しさが、幸せがこめられているって……茗子、気づいてくれているよね?
 そう信じているよ。
 当然、ぼくに抱かれた彼女の体はびくっと反応し、ぼくの腕の中で硬直している。
 まったく……。まだ慣れないの? 茗子。
 そろそろ慣れて欲しいのだけれど……。
 じゃないと、これ以上のことができないじゃないか。
 その辺りのこと、そろそろわかって欲しいなあ、ぼくの茗子。
 だけど、そんな茗子もかわいいから、別にいいか。
 ぼくがそう思ってしまうのだから、仕方ないか。
 もう少しだけ、待っていてあげるよ。茗子。
「別にいいじゃない? どうせバレンタインの時のチョコは、全て夏樹の金で用意したのだし?」
 ぼくの腕の中でかたまりつつも、やっぱり悔しそうに由布をにらみつける茗子に、由布はひょうひょうとそんなことを言った。
 相変わらずの、意地悪い微笑を浮かべながら。
 ……まったく。
 ここのところ、由布までも、茗子をからかって遊ぶことを覚えてしまったのだから。
 ただでさえ、久能と桐平のあの使用人コンビだけでも、いい加減腹立たしいというのに。
 これでは、ぼくだけの茗子のかわいいむくれた顔が、ぼくだけのものではなくなってしまうじゃないか。
 その顔は、ぼくだけに向けられればいいのに……。
 いや。茗子の目に映るものは、ぼくだけでいいのに……。
「うっ……。で、でも……。それは、復讐チョコの方じゃない。ビターチョコは、ちゃんと自分で買ったわよ。久能さんに頼んでつきあってもら――」
 やっぱりぼくの腕の中で、ぷうと頬をふくらませ、茗子はそこまで言いかけて、はっと何かに気づいたように言葉を切った。
 そして、さらに体をかたくさせる。
 茗子はいまだぼくの腕の中にいるのだから、その変化にぼくが気づかないはずがない。
 ちらっと彼女の顔をのぞきこむと、すでに青ざめていた。強張っている。
 そして、たら〜りと、この上なく失言をしてしまったという、後悔一色の顔。
 今まで隠していたことを、自らばらしてしまったという顔。
 恥ずかしくって恥ずかしくって仕方がないという顔。
 いかにも、意地っ張りで負けず嫌いで、素直じゃない彼女らしい顔。
 その顔で、茗子の顔をのぞきこむぼくをちらっと見る。
 だから当然、茗子と目が合ったぼくは、にっこりと微笑んであげる。
 それは、作ったものではなく、勝手にそうなっていただけなのだけれど。
 だって、嬉しいじゃないか。嬉しすぎるじゃないか。
 ぼくのために……というところが特に。
 ああ、もう。茗子って、本当にかわいいのだから。
 ――まあ。そんなこと、すでに知っていたけれどね?
 だって久能は、ぼくの忠実なる執事だよ? くすくすくす……。
「茗子。かわいい。愛しているよ」
 本当に本当に、茗子がかわいくて仕方なくて、またぎゅっと抱きしめる。
 さっきよりも少し強く。
 すると茗子は、ぼくの腕の中で、無駄な抵抗を試みるわけで……。
「かわいくなくていい! 愛さなくてもいい! だから、この手をは〜な〜せ〜!!」
 顔を真っ赤にして、悔しそうに、ぎゃあぎゃあとそうわめいてみても、ぼくにはちっともこたえない。関係ない。
 この腕をはなすはずがないじゃないか。
 いつものことだけれど、茗子ってば、無駄な抵抗が多すぎるよ?
 本当、素直じゃないのだから。
 まあ、そんな素直じゃないところも全部ひっくるめて、茗子はかわいいのだけれど。茗子だからかわいいのだけれど。
 顔を赤くして、悔しそうにぼくを見つめる茗子は、とてもかわいい。
 このまま、二人だけの世界へさらってしまいたいよ。
 そう。誰にも邪魔されない、二人だけの世界へ。


 やっぱり、いいなあ。茗子って。
 これって、あれだよね。あれ。
 愛だよね、愛っ!


ホワイトキス おわり

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update:04/03/09