執事が見たヒトコマ2
(2)

 そうして、何かをしでかしてくれそうな茗子さまを見ていると、ふいにメイドに声をかけられてしまいました。
 どうやら、わたしの判断を仰がねばならない事柄ができてしまったようで……。
 まったく。このいい時に邪魔をしてくれたものです。
 そこで仕方なく、盗み見ていた愛の巣の扉をそのままに、そこを立ち去りました。
 本当に、おしいです。おしすぎです。
 そして、おもしろくありませんね。
 これから繰り広げられるであろうおもしろい場面を、由布さまにだけ楽しませるなんて。
 もともと、その楽しみはわたしだけのもののはずですのに……。
 本当に、これからどんな楽しいことが繰り広げられるのかと思うと……悔しくって仕方がございませんよ。

 そのような悔しい思いを抱え、愛の巣を立ち去って十分後。
 ようやく仕事を片づけて、わたしは舞い戻って参りました。
 この愛の巣へと。
 そして当然、またのぞくのです。
 「しい……」と合図を送ってくる由布さまの横から。
 こっそりと、少しだけ。
 扉の向こうに広がる、愛の巣の中で繰り広げられるその様子を。

 愛の巣の中をのぞいた瞬間、わたしは自分の目を疑ってしまいました。
 何しろ、そこに、わたしの目の前に広がる光景は、信じがたいものだったのですから。
 気持ち良さそうに眠っておられる夏樹さまに寄り添うようにして、幸せそうに転寝をはじめられた茗子さまのお姿がそこにあったのです。
 ……し、信じられません。
 あの茗子さまが、自ら夏樹さまの餌食になろうと行動されたなんて。
 これは、そうとしか見えない光景です。
 夏樹さまは相変わらず眠っておられて、そして、決して強引に茗子さまを抱き寄せられたようでないそのお二人のお姿。
 むしろ、警戒することなく眠っておられる夏樹さまに、ぴとっと茗子さまからくっついていかれたようなその寝姿。
 茗子さまの胸には、テディ・ベアが抱かれている……という辺りが、少しおしいところですが。残念ですが。
 そこは、テデイ・ベアではなく、夏樹さまに抱きついていただきたかったですねえ。
 まあ、今は、これで十分すぎるくらい十分ですが。
 何しろ相手は、あの素直じゃない意地っ張り茗子さまですから。
 それにしても……奇跡ですよ。これは。
 これは、何かよからぬことの予兆ですか!?
 天変地異の前触れですか!?
 そう思わずにはいられない、茗子さまの夏樹さまへの歩み寄りです。
 そうして驚いて愛の巣をのぞいていると、ふいに夏樹さまが目を覚まされてしまいました。
 そして、ご自分の胸に感じる重みとぬくもりに気づかれたのでしょう。すいっと、そこへと視線をうつされました。
 まだぼうっとおぼつかない頭で。目で。
 瞬間、夏樹さまは、ずるっとソファからずり落ちそうになってしまわれました。
 それは、とてつもない驚きのために。
「ええ!?」
 なんて、あの夏樹さまが、品のない驚きのお声を上げられたくらいです。
 それはもう本当に、驚きまくったのでしょう。
 ええ。このわたしですら、自分の目を疑ったほどですから。
 自ら夏樹さまに歩みよられた茗子さまのお姿なんて。
 夏樹さまは、ずりっとずり落ちそうになられたそのお体を、どうにか立て直されます。
 もちろん、その胸に眠る茗子さまを起こさぬように配慮して。
 それは、いつもの夏樹さまの、癪に障るほどのスマートな紳士っぷりでございました。
 ただ一つ、難点を申しますと……なんですか。その真っ赤に染め上げたお顔は。
 おろおろとしている目は。
 少し震えているように見える手は。
 それほどまでに嬉しいのですね。
 はいはい……。

 ――すごいです。すごすぎです。
 あの極悪悪魔夏樹さまを、ここまで動揺させ、取り乱させることができる方がこの世にいたなんて……。
 茗子さま。わたしは今、あなたが女神のように見えてしまいましたよ。
 素直じゃなくて意地っ張りな、少したちの悪い女神に……。
 そして……少しの尊敬の念もつけ加えてさしあげましょう。

 お顔を赤くされつつも、動揺されれつつも、することはちゃっかりするのです。
 このご主人さまは。
 多少震える手で――それは恐らく、嬉しさと驚きと緊張からでしょう――そっと茗子さまを抱き寄せられました。
 茗子さまの背にまわされたその手によって。
 ぎゅうと茗子さまを抱きしめられます。
 ぽすっと、ソファに横たわるように身を沈められます。
 そうして、再び、お昼よりは少し早いお昼寝をはじめられます。

 やはり……難点を申しますと、ぴっとりとくっつけられた夏樹さまと茗子さまのお体の間に、茗子さまが抱きしめておられるテディ・ベアがあることだけが、もったいないところです。残念なところです。
 まあしかし、それでも、夏樹さまは十分幸せそうなので、よしといたしましょう。今は。
 わたしにとっては、茗子さまの迷惑などより、やはり、夏樹さまの幸せの方が優先されてしまいますから。
 あれほど、茗子さまを娘のように思っていたはずなのに……何かとくせのある息子のようなこのご主人さまの方が、わたしは愛しいようです。
 ――いや。やはり、からかって楽しい茗子さまも捨てがたいですね。
 ……難しい選択です。


 ――それにしても……まったく。
 これでは、訳がわかりませんね。
 一体、仲がよいのか悪いのか……。
 夏樹さまを嫌っておられるのか好いておられるのか……。
 まあ、一〇〇パーセント近い確率で、ただ恥ずかしいだけのようですが。茗子さまの場合。
 このように、眠っておられる夏樹さまに、無意識のうちに寄り添ってお昼寝をされるのが、その最たる証拠でしょう。

 そうして、この鳳凰院本家の忠実かつ優秀なバトラーであるところのわたしは、呆れいっぱいで愛の巣を去っていくのです。
 そっと、その扉をしめて。
 まだ見たりないとだだをこねられる由布さまを、ずるずると引きずって。
 やはり、主人の幸福を願い――


執事が見たヒトコマ2 おわり

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update:04/04/24