思いのカケラ
(1)

 ししおどしの音がいやに耳につくその座敷で、俺にそれが告げられた。

「由布。まかせたぞ――」


 それは、鳳凰院次期当主をいとこに持つ、彼より一つ年上の俺のいとこの言葉。
 俺が、高校三年になったばかりの頃。

 次期当主である、鳳凰院夏樹が二十三歳。
 彼より一つ年上のこのいとこ、鳳凰院寿が二十四歳。
 そして、俺が十七の時。

 夏樹の親父さんが長男で、寿の親父さんが次男。
 そして、俺の母親が長女。
 父親は、母親の婿養子に入った。
 この鳳凰院の名が目当てで養子に入ったことなど、誰が見ても一目瞭然。
 したがって、俺の名字もまた、鳳凰院。
 一族の血を引く者が女である親を持つ俺の鳳凰院での立場は、当然のことながら弱い。
 この鳳凰院という家は、現在もなお、封建的な掟≠ェ、執拗に続いている。

 鳳凰院の鳳凰とは、かの国では、雄を「鳳」、雌を「凰」と称し、夫婦の愛の象徴ともされる伝説上の生き物。
 しかし、この鳳凰院家は、鳳凰とは名ばかりで、そこには愛のひとかけらですら存在していない。
 そんな冷たい人間たちの集まりが、鳳凰院家。

 当然のように俺を見下す寿は、そのように指示を出してきた。
 いや……。厳命だろう。これは。
 逆らうことは許さないと、険しい顔で俺をにらみつけていたのだから。
 まあ、俺だって、別に逆らうつもりはない。
 逆らう理由がないから。
 たいがい、俺はこの鳳凰院という家に嫌気がさしはじめている。
 同時に、どうでもよくなっている。
 俺にさえ害がなければ……何だってしてやるよ。
 まあ、あくまで、できることならば……だけれど。

 そう。次期当主である夏樹と仲良しこよしになって、奴を油断させることくらい、別にどうということはない。
 それは、俺には害が及ばないから。
 そして、俺自身の保身のために、寿の命令をきいているふりさえしていればいい。
 たとえ、それが成功しようがしまいが、俺の知ったところではない。
 「失敗した」とそう言っても、「この無能がっ」とののしられるだけで、別に害はないのだから。
 ただ、鳳凰院の連中に、「無能」というレッテルをはられるだけ。
 別に、親族連中にどう思われようが、それこそ俺にはどうでもいいことだ。

 今この瞬間の俺が最も嫌悪しているもの……。
 それは、耳を害するこのししおどしの音だけ――


「……で、お前。何?」
 鳳凰院本家にやってきて、最初に言われた言葉がそれだった。
 冷たい光を発するその瞳で、冷たく俺を一瞥する夏樹。
 彼が、今回の俺のターゲットの男。
 気難しい奴だとは聞いていたけれど……これは相当なものかもしれない。
 もしかしなくても、出だしからつまづいたかな?
「俺は、鳳凰院由布。あんたのいとこだよ。はじめまして」
 今回の任務を成功させる意志のあまりない俺は、夏樹のその様につられるままに、不機嫌にそう言っていた。
 別に、たとえ年上であっても、いとこであるこの男に、俺が気をつかう必要もないだろう。
 たとえ、はじめて会ったにしても。
 親族間の仲がすこぶる悪い――悪巧みをする時だけは、すこぶる仲がよくなる不思議な一族でもある――鳳凰院では、こんなことは当たり前だ。
 たとえいとこであろうと、死ぬまで会うことはない……ということも、別に少なくはない。
「それで? 一体、何しにきた?」
 夏樹は、やはり冷たくそう言う。
 今度は一瞥すらも面倒と、目の前に置かれた書類の山に目を落としたまま。
 まったく、この男は……。愛想の一つくらい持ち合わせていないのか?
 と思うものの、鳳凰院に関係する人間とは、本来は口もききたくないだろうから、やはりそれもどうでもいいことである。

 俺が知る限りの彼の生い立ちは……聞いただけでもぞっとするものがある。
 愛人との間にできた子供で、跡取りがないことを理由に、この鳳凰院本家に引き取られてきた。
 それは、父親である鳳凰院当主の手によってではなく、親族連中の手によって。むりやり。
 そして……寿の親を中心に、それまでの彼の家族であった、愛人とその両親を……焼死に見せかけて殺した。
 それだけだ。俺が彼について知ることは……。

 その後も、庶民の女が生んだ子、妾腹の子として、鳳凰院の当主にはふさわしくないと、陰口をたたかれている。
 ――まったく、本末転倒もいいところだ。
 当主にふさわしくない男を、鳳凰院に引き込んだのは自分たちだろうに……。
 そして寿は、今、それを理由に、夏樹を蹴落とすことをもくろんでいる。
 自分が、鳳凰院の次期当主につく野望を抱いている。
 もしくは、夏樹を自分の傀儡(かいらい)にしようと……。
 寿の思いのままに動く、生きている人形にしようと――
 本当に、この鳳凰院の連中が考えることは、ろくでもない。
「別に用はないよ。ただ、いとこに会いにきた……。それだけじゃ、理由としては不十分?」
 いけしゃあしゃあと、あっけらかんと言う俺に、夏樹は書類を処理する手を一瞬とめ、じろりとにらみつけてきた。
 そしてまた、書類の山へと視線を落とす。
「……別に」
 そうぽつりとつぶやいて。
 まったく……この男は、本当に愛想のかけらも持ち合わせていないようだ。
 これで、人生楽しいのか?
 ……ああ、楽しくなんかないか。この男に限っては。

 しかし、こんな夏樹にも、たった一つの光、大切なものがあるらしい。
 そう、自らの命を投げうってでも守りたいもの。
 そう言っても過言ではないもの。
 それは……幼い頃に出会った、思い出の女の子。
 この冷徹な男が、その女の子を今もずっと愛しているという。
 その女の子だけを――
 本当に、この男はおかしな男だ。
 冷たいかと思えば、妙に熱いところがあり……。
 矛盾だらけの男。

 ……だけど、そのたった一つの大切なもの……というものに、少し興味を抱いているのも事実。
 その大切なものとやらを知りたくて、見たくて……今回の件に首をつっこんだともいえないこともないから。
 この氷のような男が抱える、たった一つのあたたかいもの。
 思いのカケラ。
 それを、見たくなってしまった。
 それは、一体どんなにいいものなのだろうか?
「じゃあ、俺がここにいても問題ないね。これからちょくちょく顔を出すから、よろしく。いとこさん」
 そう言って、夏樹のもとを後にした。

 この男は、冷めた男だと言われているけれど、俺が今会った限りでは、そうでもないかもしれない。
 ただ、愛想のかけらも持ち合わせていないだけ。
 夏樹は、俺の言葉に不満そうではあったけれど、ちゃんと答えていた。
 面倒なら、嫌なら、無視すればいいものを……。
 ――俺だったら、絶対にそうする――
 妙に律儀なところがある男だ。

 この鳳凰院夏樹という男にも、興味がわいてきたかもしれない。
 面倒なこと、つまらないことには関わらないけれど……おもしろそうなことなら関わってみてもいい。
 やばくなれば、そのまま逃げればすむことだから。
 俺はやっぱり、どこか冷めて、卑怯な人間なのかもしれない。
 まあ、それも、この修羅の住み処のような鳳凰院で生き抜くためには、必要な処世術というものなのだよね。

 これが、夏樹と俺のはじめての出会い。


* NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/05/01