思いのカケラ
(2)

 その後、執拗に鳳凰院本家……夏樹を訪ねていたら、妙にかわいいところがあるのか、次第に俺を受け入れるようになった。
 ふたつき、みつきが過ぎる頃、夏樹はそれなりに話してくれるようになった。
 この男は、その懐に飛び込んでしまえば、別にたいしたことはないかもしれない。
 恐れる必要はないかもしれない。
 辛い人生を歩んできただけに、人のあたたかみというものを知らなかっただけで……。
 同じような立場の人間には、手を貸す……。
 そのような、実は情に篤いところもあるのかもしれない。

 ――と一時思ったこともあったけれど、やっぱりこの男は悪魔だ。冷徹だ。
 何しろ、気に入らない者は、容赦なく切り捨てていっているのだから……。
 実際、ついこの間も、一人、首を切られた役員がいることを俺は知っている。
 この春大学を卒業したばかりだというのに、夏樹の手腕はみるみるうちに発揮され、今では彼に逆らおうという人間などいなくなりつつある。
 逆らえば、容赦なく始末される。
 本当に、恐ろしい男だ。

「夏樹。お前、血、かよっている?」
 鳳凰院本家のリビングのソファに深々と腰かけ、俺は呆れながらそう言った。
 今、執事にスーツの上着を手渡し、ネクタイをゆるめながら、この部屋の中に入ってきた夏樹に。
「由布。ぼくに喧嘩を売っているの? 売っているなら買うけれど?」
 するりとネクタイをとり、それをぽいっと目の前のテーブルの上に放り投げると、ぼすんと俺の横の一人がけのソファに腰をおろした。
 かなり疲れているようだ。
「いや。ただね〜、聞いたから。夏樹、またやったって? 今度は何? 傘下の会社をつぶしたって? 社長が泣きついてきていたと聞いたけれど……?」
「役立たずはいらない」
 俺の言葉に、夏樹は面倒くさそうにそう即答してきた。
 今は、秋。
 夏樹と会って半年。
 俺たちは、そんなことが言い合えるまでの仲になっていた。
 この男は、俺がこの男に近づいた本当の目的を知っているのだろうか?
 本当の目的を知ったら、俺もやっぱり容赦なくつぶされるのだろうか?
 そう思わないことはないけれど、なんかもうそれもどうでもいいや。
 そう思えてくる。
 夏樹は恐ろしい人間だけれど、理不尽なことはしない。
 そう。鳳凰院の他の連中のように、私利私欲のためだけに動くような男じゃない。
 最近では、そう思うようになってきた。
 この男を知るに従って……。
 ――しかし、後に発覚することだけれど、この男は、ある女の子に関することだけは、理不尽きわまりないことを、私利私欲のため、すました顔で平気でさらっとやってのける男だった。それを思うと……この時こう思っていた俺が、馬鹿に思えてならない――
 これではまるで、俺の方が夏樹にはめられていっているように思えてならない。
 本来は、俺が夏樹をはめなければならないはずなのに……。


 晩秋のある日。
 紅葉しきった葉が、この密林みたいな鳳凰院本家の庭で、しきりに舞い落ちている。
 落ち葉の絨毯のお目見えだ。
 リビングのソファに腰かけ、それをぼんやりと見ていた。
 今は、夏樹とお茶をしつつ、何気ない会話をしている……はずだったのだけれど、気づけばどちらともなく話さなくなっていた。
 まあ、これも今にはじまったことではないけれど。
 ただ、同じ空間を共有しているというだけ。
 別に、それは居辛くも息苦しくも感じないから、このままでも問題はない。
 湯気のたつコーヒーのカップをソーサーの上に置き、夏樹がふいにこんなことを言ってきた。
「由布。茶番は、いつまで続ける気だ?」
 ――げっ。
 瞬間、俺の顔からは色がひいていたかもしれない。
 だって、こういうということは……やはり、ばれているということだろう。
 俺は夏樹を陥れるために近づいた者だって。
 まずい……。
 いや……おしまいか? これで俺も。
 まあ、別にそれならそれでかまわないけれど……。
 ただ、俺はまだ、夏樹の大切なものを見ていない。
 それだけが、少し残念だけれど。
 もともと、それを見ることができるかもしれないと思って、寿に従っているわけだし……。
「いつまででもいいけれど? 夏樹がもういいというなら、もうやめてやってもいいよ?」
 開き直り……とでもいうのだろうか?
 悪びれもせず、さらっとそう答えていた。認めていた。
 やめろと言われればそれでやめるし、続けろと言われれば続けてもいい。
 ただ、そうなると、本当にどうしようもなく馬鹿ということになるけれど。お互い。
 茶番だと知っていて、それでもあえてそれを続ける……なんて聞いたことがない。
「妙に素直だね」
 ひょうひょうと言ってのける俺に、夏樹はにっこりと微笑みかけてきた。
 これは……一体、どちらを意味しているのだろうか?
 俺の態度をおもしろがっている?
 それとも、この上なく腹立たしく思っている?
 俺もやはり……容赦なくつぶすと?
 別に……そうされたって、痛くもかゆくもないけれど。
 もともと俺には、鳳凰院に対する執着はない。
 むしろ、このしがらみから解放されたいと思っているかもしれない。
 それは……恐らく、この男もそうだろう。
 いや。この男こそが、いちばん、鳳凰院から解放されたいと思っているに違いない。
 ……なんとなくだけれど、そう思える。
「だって俺、もとから、こんなことはどうでもいいから。さからうのも面倒だし、言われたままに動いているだけ」
「ふ〜ん……」
 やはり、けろっと答える俺を、夏樹はどっちつかずのその顔で、適当に見てくる。
 まあ、いいけれどね。これも。
 夏樹のことだから、今頃は絶対、その頭の中では、何かよからぬことを企んでいるのだろうけれど。
 この半年で、なんとなくわかるようになった。
「で? 俺もつぶすの?」
 煮え切らない夏樹の態度に退屈を覚えはじめ、そのように聞いてみた。
 試すように夏樹を見つめ。
 すると夏樹は、ふっと視線をそらし、そして考えるようにぽつりとつぶやいた。
「……いや。――ぼくに協力するなら、見逃してやってもいい」
「何、それ。それってつまりは……俺に寝返れということ?」
 夏樹のその言葉に、俺は思わず前のめりになり、凝視してしまった。
 そう言った時も、叫ぶように言っていたかもしれない。
 だってこの男……一体、何を考えているんだ!?
 今まさに、俺は夏樹の敵だと告げたばかりなのに、その俺に向かって協力しろと!?
 こいつ……寝首をかかれるということは考えなかったのか!?
 そんなに簡単に俺を信用すると!?
 まったく……なんて奴だよ。わからないな。こいつの神経……。
「つまりは、そういうことかな」
 夏樹はやっぱり、そう言ってにっこりと微笑んだ。
 ……はあ……。もう……。
 呆れて何も言えないよ。
 自分がどんなにきわどい立場にいるか、自覚あるのか!? この男……。
「それって、おもしろい?」
 そう思いつつも、次第にこの男に興味を持ちはじめていたようだ。
 俺は、夏樹の先の言葉を聞きたくなっていた。


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update:04/05/08