思いのカケラ
(3)

「おもしろいかどうかは、由布の働き次第だよ」
 俺の思いに夏樹は気づいているのか、やはり似非天使の微笑みを向けてくる。
 ああ、それはもうはっきりとわかる、にせものの作られた微笑み。
 きれいに微笑んでいるように見せかけて、その裏では一体何を考えているのかわからない微笑み……。
 まったく……。この男は。
「へえ〜……。じゃあ、のってもいいよ。で、夏樹は一体、俺に何をしてほしいわけ?」
 一応、そう答えてみた。
 この問いかけの返事によっては、俺も今後の身の振り方を考え直すかもしれない。
 まだ、どちらにするか決めかねているから。
 たしかに、夏樹につくのもおもしろそうだけれど……。
 やっぱり、面倒なことには極力関わりたくないと思うのもまた事実。
「ある大学を……受験してもらいたい」
「へ?」
 妙に真剣な面持ちで、夏樹はもったいぶるようにそう言った。
 当然、今何を言われたのか瞬時には理解できなかった俺は、一瞬きょとんと夏樹を見てしまった。
 ――少し、悔しい――
 だって……本当に、今夏樹が発した言葉の意味が、いまいちよく理解できないから……。
 それって、つまりはどういうことなんだ?
「お前に、守ってもらいたい人がいる」
 俺のそんな疑問なんて、夏樹は当然わかっているとばかりに、すぐにそうつけ加えてきた。
 そして、俺は、はっとあることに気づいてしまった。
 それって、もしかして――
「……それって、鳳凰院の連中から?」
「当然」
 やっぱり、にっこりと微笑みを返してきた。
 ゆらぐことのない、この男の作られた笑顔。
 しかし、その瞳の奥には、めらめらと燃える激しい炎を感じる。
 これはもしかして……夏樹は、何かとんでもないことをしでかそうとしているのだろうか?

 ――くすっ。おもしろい。
 おもしろいよ、この男。
 まさか、ここまで馬鹿な奴とは思わなかった。
 それってつまりは、鳳凰院全てを敵にまわすということだろう?
 おもしろいじゃないか。
 信じられないよ。まさか、それを本気で考えている奴がいたなんて。
 ……よし。決めた。
「……いいよ。おもしろそうだから」
「そう?」
 にやっと微笑みを向ける俺に、夏樹は相変わらずのにっこり笑顔を向けてきた。
 これで、交渉成立。
 俺たちの間で、妙な契約が結ばれてしまった。
 おもしろいものを求める俺と、何かを守ろうとしている夏樹の、奇妙な契約。

 後に……いろいろとあり、それは、「(俺の)庶民出の彼女との仲を、一族連中に認めさせるため」なんて、こじつけた理由にすりかわっていたけれど。気づけば。


 この時はまだ、夏樹が言うところの守ってもらいたい人間が、夏樹の大切なものだなんて知らなかった。
 入学式の日、はじめてその守ってもらいたいというものを目にして、ようやくそれが夏樹の大切なものなのだとわかった。
 だってそれは……その娘は……いかにも幸せな家庭で育った、俺たちとは違う世界の人間だと一目でわかったから。
 俺が憧れを抱く、普通の世界の人間……。
 ちょっとわがままそうで、だけどあたたかい雰囲気を持つ女の子だった。
 だから……瞬時にわかった。彼女がそうなのだと。
 彼女が、夏樹の思い出の女の子――

 今では、どうしてあの時そう思ったのか、不思議だけれど。
 いや、まったく不思議ではないかもしれない。
 もしかすると俺は……あの瞬間から、惹かれていたのかもしれない。
 徐々に……気づかぬうちに……。
 彼女に。茗子に。
 だって、他の男ではない、他の誰でもない俺が、大学(ここ)では彼女を守らなければならないと、その時、妙な義務感を抱いていたのだから。
 そして、彼女に話しかけた。
「この席、あいている?」
 そのように。
 入学式は自由席で、ちょうど茗子の隣の席があいていることに気づき。
 それは、茗子と知り合ういいきっかけ作りになると思って。
 その思惑は、どうやらはずれてはいなかったらしく、式の間、壇上の理事長や学長、その他の関係する人たちの挨拶を、一緒に茶化して笑っていた。
 茗子は、思っていた以上に、なかなかいい性格をしていた。
 だけど、そのギャップがとてもおもしろかった。
 それで、また少し、彼女に惹かれた。

 そうして、俺と茗子は友達になった。


 それから半年後、夏樹の親父さん、鳳凰院当主が急死した。
 それは、もしかしたら、一族の誰かの企みによる謀殺だったかもしれない。
 そうとは気づかれないように、こっそりと。
 この鳳凰院家には、国家機関だってなかなか手を出せないことをいいことに。
 それを聞いた時、漠然とそう思った。
 この鳳凰院の連中は、そんなことも平気でしてのける奴らだ。
 最近、「まったく、最近の当主ときたら……」なんて、不平をもらす親族が増えていたのを俺は知っていた。
 だから、夏樹の親父さんが死んだと聞いた時も、妙に納得できてしまった。
 同時に、夏樹のことがふっと頭をよぎった。
 この鳳凰院家では、唯一、親父さんだけが夏樹の味方だったから。
 ただでさえ風当たりが強い鳳凰院当主に、ただでさえ風当たりが強い夏樹がつくというのだから……。
 今後の夏樹の苦労が、手にとるようにわかる。目に見える。

 夏樹は、親父さんの葬儀の時も平然としていた。
 そんな夏樹を見て、親族連中はやっぱり口さがなくささやく。
「あの男には、人の心というものはないのか? やはり、庶民の血をひく者は、所詮その程度か」
 そんな口汚い言葉が、あちらこちらから聞こえてきた。
 それは当然、夏樹の耳にも入っていただろう。
 だって……あきらかに、夏樹にあてつけるようにささやかれていたことだから。
 そんな中、夏樹はやはり平然とすました顔をしていた。
 その時、この夏樹という男の苦しみ、憂いがわかったような気がした。
 どんな悲しみでも必死にたえ、そう装わなければ、即座につぶされる。
 夏樹が立つ場所は、そんな危ないところだったのだ……。
 俺は今まで、夏樹の、そして鳳凰院の、一体何を見てきたのだろうか。
 この時、はじめて、自分自身を心から嫌悪した。

 夏樹に悲しめる猶予を与えてくれないのは、他の何でもなく、間違いなく、この鳳凰院の親族連中、彼らの存在だろう。
 俺も……もしかすると、夏樹にとっては、そんな存在だったのかもしれない。
 この時、心からこの男に協力したいと思った。


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update:04/05/15