思いのカケラ
(4)

 ちらちらと、雪が舞い降りるようになった季節。
 久しぶりに、寿からの呼び出しがあった。
 夏樹が当主になった今、寿もだいぶ焦りはじめているらしい。
 どうやら、夏樹の親父さんの死と寿とは、関係がなかったようだ。
 よくよく考えてみると、寿のこの作戦は、親父さんが生きていてこそ、のんびりと、じわじわと実行できるものだったから。
 寿も一枚かんでいそうと思ったのは、思いすごしだったのかもしれない。
「それで、首尾は?」
 案の定、不愉快この上ないといった様子で、寿は俺にそう尋ねてきた。
 やはり、この座敷……いや、屋敷一帯に響くししおどしの音は、気持ちいいものじゃない。
 聞いているだけで、虫唾が走る。
「う〜ん、そこそこ……かな? やっぱり夏樹、なかなか落ちないよ」
 しかし、そんな毒づきも、あくまで内心におしとどめ、いたって平静を装う。
 下手にかんぐりを入れられても厄介だから。
 俺の返事に、寿はいかにも俺を馬鹿にするように鼻で笑った。
 これは、当然予想できたこと。
 寿とは、こういう男だ。
「……まったく。お前はやはり使えないね。もうしばらく猶予をあげるから、ちゃんと夏樹と仲良くなるのだよ?」
「はいはい……」
 一応、そうして、多少やる気なく返す。
 当然、寿の顔は、さらにおもしろくなくゆがんでいく。

 まったく、いい様だよ。寿。
 今の寿は、見ものだよ?
 是非とも、鏡で自分の顔を見てもらいたいね。
 寿を裏切り、夏樹に寝がえると決めてからというもの……どうにも俺は、俺自身でもわかるくらい、寿を嫌っていたのだと思い知らされる。
 もともと、鳳凰院の体質が、俺の肌には合わなかった……ということなのだろうか?

 ……馬鹿だよね。寿。
 寿を裏切ったことも知らずに、そうして俺を信じているのだから。
 俺はあくまで忠実に、寿の命令をきくものだと思いこんでいる。
 まあ、そういっても、俺にまったく期待はしていないだろうけれど。
 うまくいけばもうけもの。
 どうせ、その程度だろ?
 なんかもう、馬鹿らしいよ。本当。
 あんたたちが考えていること、馬鹿らしくて仕方がない。
 そして、それに必死に対峙している夏樹……あの男も馬鹿。
 だけど、同じ馬鹿なら、どうせなら、夏樹の馬鹿の方が俺は好きだな。
 そして何より……寿たちは、茗子を狙っている。
 せっかく仲良くなった友達だから……茗子は。
 今は、失いたくない。
 ただ、茗子を再び夏樹に会わせない……。
 それだけなら、寿たちに協力しないこともないけれど、俺は知ってしまったから。
 寿たちが、茗子の命を狙っていると。
 だったら俺は、無条件で茗子を守る。
 茗子を守ろうとしている夏樹につく。
 俺の今のいちばんの目的は、それだから。
 茗子を守る。それがいちばん……。
 それだけが、俺が興味を持てることで、やる気になれるもの。
 茗子は恐らく……夏樹のものになってしまうのだろうと思うけれど……。
 あの夏樹が、茗子を諦めるはずがない。
 それが、少し淋しいところだけれど。
 茗子を守れるなら、茗子が幸せなら、今はそれだけでいい――


「由布!」
 そうして、無邪気に俺に微笑みかけてくる茗子。
 絶対的な安心を、俺に抱いているようだ。
 恐らく、茗子にとっては、俺は男友達ではなく、女友達のような存在なのだろう。
 一人の男として見て欲しいなんてそんな贅沢なことは言わないから……せめて、男であることくらいは認識してほしい。
 時々、あまりにも無邪気すぎるから、胸の辺りが苦しくなる。
 そう感じるようになって、一体どのくらいだろう?
 俺は一体、いつから、茗子にこんな思いを抱くようになった?
 別に、壊そうと思えば、今の関係を壊すこともできる。
 しかし、茗子の命が狙われていると知った今は、この笑顔を守るためにも、二人の関係を壊すことはできない。
 ずっとそばにいて、茗子を守らなければならないから。
 そこが……とてつもなく苦しいところだけれど。悔しいところだけれど。
 こうして、仲のよい友達を演じるのも、けっこうエネルギーがいるって、茗子はきっと知らないのだろうね。


 ある日、夏樹に呼び出され、そして告げられた。
 とうとう、寿たちが本腰を入れて動きはじめたと。
 そして、夏樹も行動に出ることに決めたと。
 それは、つまりは、茗子を、ここ、鳳凰院本家へ連れてきて、保護するという計画。
 このままどこから魔手がのびてくるともしれない外界に、茗子を置いておくのはためらわれたから。
 本家の中でなら、どうにか茗子を守ることができる。
 だから、俺はあの日、夏休みが明けた頃、茗子を誘い出した。
「つき合ってほしいところがある」
 なんてそんなありふれた、月並みな言葉で。
 しかし、意地っ張りなのに妙に素直なところのある茗子は、俺のそんな言葉に疑い一つ抱かず、素直についてきた。
 そうして、夏樹の半分ふざけたようにもとれる計画が動き出した。

 はじめは茗子を守ることが目的だったはずなのに、それは次第に、ただ夏樹の欲望のための計画に変化していったように思えてならないのだけれど……。
 何しろ、この夏樹。
 それはもう、したい放題、好き放題していたから。最後には。
 キスに膝まくらに、お姫様だっこ。
 そして、きわめつけにキスマーク。
 それはそれはもう、本当に欲望のおもむくままに……。

 膝まくらが好きな男は、マザコンだというけれど……夏樹はまさしくそうだと思う。
 キスマークをつけたがる男は、独占欲が強いというけれど……夏樹はまさしくそうだと思う。
 そう考えると、この鳳凰院夏樹という男は、現代の光源氏かもしれない。
 無駄に女性にもてる……。無駄にフェロモンを放出している……。というところが、うなずけて仕方がない。
 この男は、男から嫌われる典型的な男と言えるだろう。
 ――事実、俺も夏樹のこういうところは好きじゃない。むしろ、大嫌いだ。
 本当は、そんなことは……俺がしたかったのに。
 本当は、茗子を俺のものにしたかったけれど……。
 茗子に触れていいのは、俺だけでありたかったけれど――

 ある日、我慢ができなくて、とうとう告げてしまった。
 胸に抱える茗子への思い。
 だけど、「夏樹のこと……好きだね?」なんて、妙に物分りのいい大人の男を演じて、茗子を困らせないように配慮も忘れず。
 結局、最後にはいい人を演じてしまう俺がいる。
 本当は、そのまま茗子をさらってしまいたかったけれど、夏樹なんかにくれてやりたくなかったけれど……。
 だけど、気づいていたから。
 茗子が、次第に夏樹に惹かれはじめていたって。
 そして、あの時にはもう、茗子は意地をはっていたから。自らの気持ちに。
 だから、仕方ないじゃないか。
 茗子には、調子のいいことを言って誤魔化したけれど……本当はそうじゃなかった。
 好きだと告げた時にのぞかせたその表情を見て、茗子を追い詰めるわけにいかないと思った。
 だから、身をひいた。
 それさえなければ、あるいはあの時、俺は本気で茗子をさらってしまっていたかもしれない。
 俺が望むものは、やっぱり茗子の幸せだから――


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update:04/05/21