思いのカケラ
(6)

 校舎を出て、門の姿をとらえることができるようになった時。
 茗子はふいに何かに気づいたように、走り出していた。
 横のこの男は、また茗子がはしゃいでいるだけだと思い、たいして気にとめていないらしい。
 だけど、俺は気づいてしまった。
 そして、嫌な思いが胸の中に広がる。
「で。結局のところ、どうなのだよ?」
 ただでさえ苦しい時なのに、この男は性懲りもなく執拗にさっきの答えを求めてくる。
 ……まったく。男のくせにしつこすぎるぞ? お前。
 まあ、夏樹ほどたち悪くしつこい男はいないだろうけれど。
 本当、夏樹は、しつこいその一心で、茗子を手に入れたようなものだと思う。
 あまりにもしつこく問いかけてくるから、仕方なく答えてやることにした。
 あまり俺の口からは言いたくないその事実を。
 くいっと首を振り、前方を示す。
 それに従うように、この男もそちらへと視線をやる。
 するとそこには、茗子と、今まさに茗子に駆け寄られたばかりの夏樹の姿があった。

「夏樹!? どうしているの!?」
 なんて驚きつつも、嬉しそうな表情を浮かべる茗子。
 素直じゃないところは、相変わらず。
 夏樹も慣れたもので、そんな茗子を気にもしていない。
 にっこりと、茗子にだけ向けられた優しくあまい微笑み。
「仕事が早く終わったから、茗子とデートしようと思って」
 そう言いながら、当然のように茗子を自分の胸へと引き寄せる夏樹。
 予想を裏切らない夏樹の答えと行動に、茗子は夏樹の胸の中、どっと肩を落とした。
 本当……この二人は、いつまでたってもしていることは同じなのだから。
 全然、進歩を見せない二人だよね。
 まあ、そこが、今の俺には救いでもあるけれど。
 これ以上、進んだ関係になんてなられてたまるかっ。
 そして、そこではじまる、恋人同士の何やら楽しげな会話。
 手のひらの上でころがすようにあしらう夏樹と、それに一生懸命対峙する茗子。
 どこからどう見ても、仲のいい恋人同士に見える。
 ――ムカつくな。

 そんな二人へと、ゆっくりと歩み寄る俺。
 こんな二人になんて、近寄りたくもなかったけれど……。
 だって、仕方ないだろう?
 俺は、学校では、茗子の護衛のようなものをしているのだから。
「由布。お前も乗っていくか? 途中までなら送るけれど?」
 歩み寄る俺に、茗子をベンツの後部座席に乗せながら、夏樹がそう言ってきた。
 茗子もそこからひょっこりと顔だけだして、「そうする?」なんて首をかしげて。
 だから茗子。そんなかわいい仕草を、今の俺の前でしないでくれる?
 これじゃあ、蛇の生殺しだよ。
 真綿で首をしめられているようなものだよ。
 全然意識せずにそういうことをしてしまえる茗子が、時々憎いよ。
「いいよ。夏樹という名の馬に蹴られたくないからね」
 そう言って、二人の誘いを断る。
 っていうか、茗子はともかく、夏樹ははじめから、俺を送る気なんてさらさらないだろ?
 口では誘いつつも、その目が「邪魔っ」と激しくいっているのだから。
 本当、茗子の前では、俺じゃないけれど、夏樹もいい人を演じて……。
 茗子に言わせると、今の夏樹も十分極悪らしいけれど、それは茗子が夏樹の本当の姿を知らないから言えることなんだ。
 この鳳凰院夏樹という男を敵にまわした者しか、その本当の恐ろしさは知らないのだろうけれど――
「そうか。それはよかった。それじゃあ、ぼくたちはもういくから」
 にっこりとあてつけるように俺に微笑み、夏樹はさっさとベンツに乗り込む。
 そんな夏樹に、扉に肘を置き、見下ろすように言ってやる。
「ああ。せいぜい、茗子に嫌われないようにね」
 もちろん、にっこりと夏樹に負けないくらいの嫌味な微笑みを浮かべて。
 そんな俺の態度に、夏樹はぷつっと額に青筋を立てた。
 ふふん。ざまあみろっ。
「余計なお世話だよ」
 そう言いながら、俺ののせていた肘を乱暴に払いのけ、ばたんと扉を閉めた。
 そして、間をおかず、ベンツは走り出していった。
 思わず、そのベンツを追いかけてしまいそうな衝動にかられた俺を、まるで嘲笑うかのように。
 ……なんだか、むなしいなあ……。
 こうして夏樹に喧嘩を売ってみても、結局茗子は夏樹についていくのだから……。
 閉められた扉の向こうで、夏樹のスーツの袖をにぎる茗子が見えたから……やりきれないよ。

 そうして、半ば自嘲気味に、走り去る悪趣味な黒塗りベンツを眺めていると、声がかかってきた。
 それは、さっきまで相手にしていた、あのうっとうしい男。早弁男。
「な、なあ、由布。あの金持ちそうな男が、茗子ちゃんの……?」
 なんて、多少弱腰でおずおずと聞いてくる。
 な〜にびびっているのだよ。あのくらいで。
 まあ、びびるなという方が無理かな?
 何しろ、黒塗りベンツの男をはべらせる茗子を、驚いたように、ものめずらしそうに見ていた男子学生に、片っ端からにらみを入れていたから。夏樹は。
 当然、茗子はそんなことには気づいていなかったようだけれど。
 夏樹のあの独占欲の強さは、並大抵のものじゃないよ。まったく。
 だって、茗子に悪い虫がつかないようにって、監視をつけるくらいなのだから。
 茗子には、あれは護衛だったと言っているみたいだけれど……俺は知っているからね。
 仕事の半分に、悪い虫対策が組み込まれていたことを。
「ああ。俺のいとこだよ」
 男友達の問いに、俺はさらっとそう答えていた。
 やっぱり、目はまだベンツが消えていってしまった方を執拗に見て。
「へっ!?」
 景色だけを見つめる俺の横で、男友達はそうして驚愕の声をもらした。

 ふんっ。
 驚け驚け。
 俺だって、まだ認めたわけじゃないのだから。
 俺だって、まだ茗子をあきらめたわけじゃないのだから。
 だけど……。
 それでも……。
 いつかは、やってくるのだろう。
 この気持ちに決着をつけなければならない時が。
 せめて、それまでは――


 夏樹の気持ちを知っている。
 茗子に抱く気持ちに気づいた。
 そして、茗子の笑顔を守りたいと思った。
 無邪気に微笑む、素直じゃないけれど素直な茗子の笑顔が好きだから。
 そのために、俺は何をすればいいのだろう?
 それが、俺に課せられた課題。
 今俺にできることは、ただ精一杯彼女を守ることだけ。
 彼女が幸せに笑ってくれさえいれば、どのような結果になろうと、俺は受け入れるだろう。
 たとえそれが、俺にとって望まざる結果でも。
 茗子さえ幸せであれば……。


 茗子の幸せを願う、俺のこの思いのカケラ、ヒトカケラでいいから、茗子に伝わればいいのに……。
 そんなことは、絶対に無理だとわかっているけれど、ついつい望んでしまう。
 それも、俺の思いのカケラ……。
 いつかは捨てなければならない、思いのカケラ――


思いのカケラ おわり

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update:04/06/05