どのくらい好き?
(1)

 出会わなければよかった。
 こんなに恐れなければならないのなら――

 そうは思わない。
 ……思わないようにしている。


 彼女と出会えてよかったと思う。
 彼女がいたから、ぼくは今日、ここまで生きてこられた。
 しかし……彼女はどうだろう。
 ぼくなんかと出会わなければ、彼女は今頃幸せだったかもしれない。

 時折、そんな考えが頭をよぎる。
 よぎると同時に、とてつもない苦しさに襲われる。
 心が……壊れそうになる。


 幸せにすると言った。幸せにすると誓った。
 だけど、ぼくが彼女の幸せを奪ってしまっていることも、まぎれのない事実……かもしれない。
 ぼくのことに彼女を巻き込み、彼女はさらされなくてもいい危険にさらされ、自由に行動する権利までも奪われている。
 こんな……ただ広いだけの屋敷の中で暮らすことを、余儀なくされてしまった。
 だけど、ぼくは、彼女を不幸にしてまでも、彼女をこの手の中においておくことを選らんでしまった。
 彼女の幸せを奪ってまでも、自分の醜い望みのためだけに彼女を縛りつける。

 ぼくという鎖でつなぎ、鳳凰院という籠の中に……。

 それは、まるで捕らえられた小鳥のよう。
 彼女は本来、大空を自由に飛びまわる小鳥のはずなのに。
 彼女という欲に目がくらんだぼくという人間のために、彼女の自由は奪われる。
 誰よりも、何よりも、彼女の自由な姿が好きなはずなのに……。
 幸せそうに微笑む、彼女が好きなはずなのに……。

 彼女の幸せを奪ってしまったから、だから、それ以外で、せめて望むもの全てを彼女へ贈ろう。
 そうすることで、少しは償えるかもしれない。
 ……もしかしたら、このおさえきれない罪悪感を、少しはぬぐえるかもしれない。
 彼女のために……と言いつつ、本当は自分のため。
 自分の幸せのため。心の支えのため。
 そう思うと、ぼくはこれっぽっちも彼女のことを考えていないのかもしれない。
 すべては、自分のため。
 そんなエゴのかたまり。ぼくという奴は。

 ぼくの思いは、十五……十六年前から、少しも変わっていない。
 彼女だけが、ぼくの全てで、絶対。
 この世で、彼女以外、望むものはない。


「え……? 茗子が……?」
 顔を曇らせ、そうつぶやいていた。
 いつものように、「夕方頃、帰るよ」とそう言っておきながら、それよりもかなり早い時間にぼくは帰宅した。
 だけどそれは、いつも嘘をついているように見えるけれど、嘘などついていない。断じて。
 でかける時の予定では、いつもそれなのだから。
 だけど、出かけ、仕事をしているうちに……どうしても早く、一分一秒でも早く、茗子の顔を見たくなって、そして気づけば、予定よりもかなり早い段階で仕事をすませている。
 それが、どんなに重要な打ち合わせだって、どんなに無駄な会議だって、いつも予定よりも早く終わらせる。
 半ば、強引に。
 だから、まわりでは、「やり手」などといわれているようだけれど……。
 本当はそうではなく、ただ自分の欲望に勝てないだけのつまらない男。
 そして、ぼくは……愛しいたった一人の人も、もしかすると幸せにできないかもしれない、つまらなすぎる男。

 幸せにすると、そう言ったけれど……。
 本当は、自信なんてこれっぽっちもない。
 だって、ぼく一人の力で、彼女の人生を左右するそんなことを、どうにかできるはずがない。
 だけど、言ってしまった。
 彼女を手に入れるため。
 弱い自分を、彼女にだけは見せたくないから。
 そして、それは、ぼくの望み。
 彼女を幸せにする。
 それだけが、ぼくの望み。

 ……鳳凰院に復讐する……。
 そう言ったこともあったけれど……。
 いつの間にか、それはなんだかどうでもよくなってしまった。
 本当はどうでもなんてよくないけれど、復讐心は今もちゃんと息衝いているけれど……。
 もっともっと大切なものが、今のぼくにはあるから。
 だから、なおざりにはできない。
 だって、鳳凰院をつぶさない限り、彼女は危険と隣り合わせでい続けるから。
 ぼく一人が危険なめにあえばそれでいいのなら、いくらだってあってやる。
 だけど、それが茗子にまで及ぶとなると、黙って見過ごすわけにはいかない。
 だから、こんなにも予定よりも早く、片づけていっている。
 鳳凰院という名の、害虫たちを。

 茗子は、彼女が言った「ゴキを全部退治するまで、結婚してあげない」というその言葉を、ぼくが真に受け、ハイスピードで掃除していっているのだと思っているようだけれど……。
 本当は違う。
 本当は、少しでも早く、彼女を危険から解放したいだけ。
 いちばん厄介だった奴をまずはつぶしたから、後ははっきり言って時間の問題というものだけれど。
 だから、案外あっさりと、片づけられているのかもしれない。
 あの寿という男は、簡単そうに見えて、実は鳳凰院の分家の中では、いちばん侮れない男だったから。厄介だったから。


 今、いちばん、ぼくが気にかけていること。
 そして、彼女に申し訳なく思っていること。
 それは――

 ぼくが、彼女を愛してしまったがために……。
 そして、その思いを貫いたがために……。
 生まれた、現在の状況。

 彼女はきっと、人並みの幸せというものを、もう手に入れることができなくなってしまっただろう。
 ぼくに、かかわったがために。
 ぼくに、とらわれたがために。

 もちろん、そう仕向けたのはぼくだけれど……。
 悩まなかったなんて、そんなことはない。
 このまま、この思いに踏ん切りをつけて、彼女の幸せのため、諦めよう……。
 そう何度も思った。何度も苦しんだ。
 だけど、どうしてもできなかった。無理だった。

 彼女なしでは……ぼくは生きていけないから。
 いや。死ぬことすらできない。

 だから……自分のために、彼女の幸せを奪った。
 そのせめてもの償いに、ぼくの力で彼女を幸せにしよう。
 そう決意した。

 だけど、やっぱりそんなものは、たんなる思いあがりにすぎないのかもしれない。
 彼女の普通の幸せを奪ったのは、間違いなくこのぼくだから。
 そんなぼくが、彼女を幸せにしようなんて……。
 そんなことが……果たして、可能なのだろうか?
 許されるのだろうか?

 そこが、とても不安。


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update:04/08/29