どのくらい好き?
(4)

「そんなことよりも、夏樹。さっき、すっごく暗い顔をしていたけれど、どうかしたの?」
 由布に急かされるまま、夕食をとるためにダイニングへ向かっている時、ぼくの胸の中から、茗子が心配そうに見てきた。
 その言葉を、そっと耳打つ。
 茗子は、いまだにさっきの腰くだけをひきずったまま。
 だから、いつものように、当然、お姫様だっこで茗子をエスコート。

 ――え……?
 め……茗子。
 まさか……それって、ぼくの変化に気づいてくれていたということ?
 茗子がすごい勢いで駆け寄ってくるまでの、そのほんの少しの間。
 そんな遠くから、ぼくのことを?
 ぼくのことを、気にかけてくれていた?

 嘘……だろ……。
 そんな嬉しいこと。そんな奇跡。
 まさか、こんな日がめぐってこようなんて……。
 茗子が、ぼくの様子を気にかけてくれるなんて……。
 こんなささいなことを……。
 心が、春の陽だまりのように、穏やかで、そしてあたたかい。

 きっと、今日という日は、これまで生きてきた中で、最も幸せな日だろう。
 それは、この先、何度もそう思うことがでてくるかもしれないけれど……。
 今の時点では、今日のこの瞬間が、最も幸せ。
 茗子がいれば、ぼくはもっともっとたくさん、もっともっと大きな幸せを手に入れられるに違いない。
 そう。茗子が、ぼくの傍らで、微笑んでいてくれるだけで。
 ……茗子の幸せを奪ったぼくだけれど、そんなぼくのために。
 なんて愛しいのだろう。
 ぼくの茗子。


 ぼくは、あまりもの嬉しさのために、幸福感のために、思わず、素直に答えてしまっていた。
 もうそろそろ……話してもいいかな。
 そうも思えたから。
 そして、きっと……茗子はもうとっくに、気づいているかもしれない。
 それは、うすうすかもしれないけれど……。
 茗子は、こう見えても、人の気持ちに敏感だから。

 ぼくが、ずっと胸に抱えている苦い思い。苦しみ。
 そして、危惧。
 黙っているのも、もう潮時なのだろう。
 茗子から、この問いかけがあった時点で。
 ぼくは、ただ愛されたいだけの、こども……。


 ぼくの告白に、茗子はむうと頬をふくらませ、むすっとすねた顔をしていた。
 しかし、全部吐き出した時、茗子の顔はもうすねた色を見せていなかった。
 かわりに、まるでぼくを馬鹿にするような目で見られてしまったけれど……。
 そして、それは気のせいなんかじゃなかった。
「ばっかじゃないの。そんなことを気にしていたの?」
 なんともあっさりと、こう言い放たれてしまったから。
 ぼくが悩んでいたことを、その一言で吹き飛ばすように。
 さらに、茗子はぼくを馬鹿にし続ける。
「わたしは、あんただから、一緒にいていいって、結婚してやってもいいって思ったのよ? いつも必要以上にムカつくくらいの俺様な態度は、極悪な態度はどうしたのよ!? 夏樹のくせに、そんなことを気にするのじゃないわよ。そんなの、夏樹らしくないわよ!」
 一気にそうまくしたて、茗子は満足げにふんとふんぞり返る。
 もちろん、ぼくの腕の中で。
 ぼくは、茗子のその言葉を、多少あっけにとられつつ聞いていた。
 だって……まさか、茗子がそんなことを思っていたなんて……。
 茗子が、ぼくを励ましてくれるなんて……。
 それだけでも、十分嬉しいというのに、茗子はさらに、ぼくに幸せな言葉をくれた。
「わたしは、少し強引なところがある夏樹が好きなのよ」

 ――好き。

 その言葉。
 今まで、どんなにどんなに、その言葉を聞きたかったことか。
 どんなにどんなに、その言葉を欲していたことか。
 それを……ようやくもらえた。
 素直じゃなくて、意地っ張りな茗子は、下手をすれば、一生くれることなどないと思っていた言葉。
 それでもいいと思っていたけれど……だけど、本当は欲しかったその言葉。
 まさか、茗子から、そんな宝物より価値ある言葉をもらえるなんて……。
 ぼくはもう、死んでもいいくらい、幸せ。
 ……でも、今死んでやる気なんてもちろんないけれど。
 茗子を一人残して、死んでなどやらない。
 ぼくはやっぱり、愛されたいだけの、ただのこども。

「茗子……」
 ぴたっと足をとめ、そこでにっこりと茗子に微笑みかけてあげた。
 茗子の名を呼び。
 すると、瞬間、茗子の顔から血の気が引いていく。
「う……っ」
 それは一体、何を意味しているかなんて、そんなものはわかりきったこと。
 ぼくの思いをたっぷりこめた、キスをあげるのだよ。当然。
 きっと、この時のキスは、今まで彼女に贈ったどれよりも、熱かったかもしれない。
 彼女の腰は、この日、再び立つことはなかったから。


 どこが好き?
 何が好き?
 どのくらい好き?

 そんなの、言葉でなんて言いあらわせない。
 理由なんてないのだから。
 言いあらわせるような、そんな簡単なものじゃないのだから。
 ただ、茗子が好きなだけなのだから。
 茗子じゃなきゃもうだめなのだから。
 茗子がいないと、気が狂いそうになる。呼吸ができなくなる。

 もう、だめだ……。
 茗子なしじゃ、生きていけない。
 茗子を愛するのに、理由なんて必要ない。
 愛しい愛しい君、ずっとぼくの傍らで微笑み続けていて……。

 愛している。
 君だけを。
 永遠に。
 この命つきるまで。
 いや。この命つきても――


どのくらい好き? おわり

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update:04/09/19