ちょうどいい距離
(4)

「そうね〜。やっぱりここは一つ、夏樹へのいやがらせのための準備でもしようかしら?」
 胸に抱くとりとめない淋しさを誤魔化すように、わたしはにっこりとそう微笑んでみせる。
 すると、久能さんも桐平さんも、にやりと微笑み、あっさり同意。
 ……この二人って、本当にここの使用人?
 普通、主人にいやがらせするための準備ときいて、ここまで嬉しそうにする? 即座に同意する?
 まあ、悔しいことに、わたしのいやがらせが成功したためしなんてないけれど。
 そんなことくらい、わたしだって、そろそろわかりはじめてきたけれど……。
 だけど、もしもということもあるじゃない?
 万が一にでも、成功するかもしれないじゃない?
 この二人はただたんに、わたしが困るのを見て、楽しみたいだけなのだろうけれど?
 本当、嫌な人たちよね〜。
「それはいい案ですね。やはり、夏樹さまへのいやがらせならば……茗子さまお得意のお料理で?」
 にっこりと微笑む久能さん。
 って、だからこのバトラーはっ。
「それって、どういう意味よ!? 十分に、わたしへのいやがらせでもあるわよ!」
 ぐいっと久能さんの胸倉をつかみ、ぎろりとにらみを入れてあげる。
 本当、失礼しちゃうわよね。ここのバトラーっ。
「滅相もございません。夏樹さまが言っておられましたよ? 茗子さまがおつくりになられるお菓子は、甘さ控えめでお口に合うと」
 つかんでいるわたしの手にそっと手を重ね、大仰に肩をすくめる久能さん。
 な、殴ってやりたいっ。この執事っ!
「はいはい。嘘ばっかり。騙されないわよ」
 そんな怒りをはらみつつも、冷静を装ってみる。
 ここできれちゃったら、なんだか不利なような気がするから。
 だけど、することはちゃんとする。
 それが、茗子さまよ?
 つかんでいた胸倉からすっと手を移動させ、久能さんの首にまきつけてやる。
 ったく、この男はっ。
 本当、ムカつくっ。
 最近では、夏樹以上に嫌味だとか思ってしまうから……もう終わっているわよね。
 実際、夏樹も時々、「あの男だけは、どうにも癪に障って仕方がない」とか怒りを必死にこらえているから……。
 誰も久能さんには勝てないような気がする。
「……でも、そっか。その手があったわよね。バレンタインの時が、いい例よね。夏樹ってば、わたしが作ったものなら、どんなものだって……。――ふふっ。き〜めた。今度は、復讐ゼリーにするわっ!」
 さらりと絡ませていた久能さんの首から両手をはなし、くるりと桐平さんに振り返る。
 そして、にっこりと微笑み、おねだりポーズ。
「桐平さ〜ん。コーヒーゼリーを作るわ。だから……」
「かしこまりました。すぐに材料を手配しましょう」
 最後まで言わなくても、そこで全てを悟り、そう返してくる。
 こくんとうなずき、桐平さんはさっと踵を返す。
 ……ったく。
 こういうところだけは、よ〜くしつけられているわよね〜。
 それとも、たんに、嫌がらせに使う勘がいいだけ?
 そつがないというか、何というか……。
 きっとまた、無駄に高い材料をそろえるのだろうけれど。

「ところで……どうしてコーヒーゼリーなのですか? 茗子さま」
 材料の手配のために、一時わたしたちの前から桐平さんがいなくなると、久能さんがそう聞いてきた。
 首を少しかしげ、本当にその理由がわからないみたい。
 だけど、この執事に関しては、その振る舞いさえも、なんだか癪に障って仕方がない。
 ふふ。まだまだ甘いわね。久能さんも。
「決まっているじゃない。夏樹を油断させるためよ。甘いものが苦手の夏樹でしょう? だから、コーヒーゼリーなら、そんなに甘くないと思うでしょう? だけど、そこが違うのよね〜。すっごく甘いゼリーにしちゃうのよ。これこそまさに、復讐ゼリー!」
 ぐっとガッツポーズをとり、得意げに宣言する。
 なかには、信じられないくらい甘いコーヒーゼリーもあるけれど……。
 まさか、甘いものが苦手と知っているわたしが、甘さ控えめじゃないゼリーを作るなんて思わないでしょう?
 きっと、夏樹のことだから。
 夏樹ってば、無条件でわたしを信用しているのだもの。
 まだ……わたしは、復讐をあきらめていないというのに。
 本当、頭に馬鹿がつくくらい、夏樹ってばお気楽よね〜。あまいわよね〜。
 ……わたしに限り。

 一人、勝利の時を想像し、高らかに笑うわたしの横で、「はあ〜。やれやれ。どうせまた……。とらぬ狸の皮算用にならなければいいのですが……」とつぶやいている久能さんに、この時のわたしは気づいていなかった。


 ぷ〜んと、コーヒーの香りが漂う厨房。
 今、わたしの前には、しゃばしゃばにとかしたゼラチンで作ったコーヒーゼリー……の液体。
 あとは、これを冷蔵庫に入れてかためればOK!
 案外、簡単に作れちゃったわよね。
 あれから……バレンタインチョコから、時々、こうしてお菓子を作っていたりする。
 それはもちろん、甘さ控えめのもの。
 いつもは、夏樹でも食べられるように、そう思って、甘さを控えているのだけれど……。
 どうやら、それが今回は使えそうな予感。
 そういうつもりじゃなかったけれど、きっと、今までのもので、夏樹は油断しているはずだから。
 わたしが作るお菓子は甘くない。
 きっと、頭にそうインプットされているはず。
 ふふっ。
 そう思うと、なんだか得した気分だわ。
 衝動的に決めた夏樹への復讐に、まさかこれまでのことを利用できるなんて。

 ゼリー型にタネを流し、それを冷蔵庫にセットする。
 そして、ぱたんと冷蔵庫の扉を閉めて……得意満面の笑みで、くるりと久能さんと桐平さんへ振り返る。
 今回もまた、どこかのムカつくバトラーさんは、人の横でいろいろとけちをつけてくれちゃっていたけれど。
 そして、どこかの料理人さんも、「ああ。それでは、やけどをしてしまいますよ」とか何とか、うっとうしい心配をしてきたけれど。
 本当に、失礼しちゃうわよね。
 わたしだって、少しは成長するのよ。
 もう、オーブンを爆発させなくなったでしょう?
 ……って、それも何だか、違うような気がするけれど。
 わたしが振り返ると、そこでは、二人何やらこそこそとしていた。
「く、久能。用意はいいか?」
「もちろん。胃薬はちゃんとここに……」
 なんて聞こえよがしに言ってなんかいやがって……。
 ぼすっ。
 当然のことながら、瞬間、そんな見事な音を立て、久能さんのみぞおちにわたしの華麗なるパンチが炸裂していた。
 ったく、本当に失礼しちゃうわよねっ。
 いくら料理がちょっぴり苦手なわたしだからって――え? 何!? どこがちょっぴりなのだって!?――そんな胃薬を必要とするものなんて作るはずな……いよねえ……?
 言っておくけれどね? バレンタインのあれは、わざとなのだからねっ。わ・ざ・とっ。
 夏樹に復讐するためにっ。
 ……まあ、復讐するはずが、結局、また夏樹にいいように扱われてしまっていたような気がしないこともないけれど……。


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update:04/11/06