ホリーキス
(1)

 この時期になると、街を歩けばイルミネーションの海。
 ……というのは、バブルの時のことで、今ではあまりクリスマス……という感じはしなくなってしまったけれど。
 だけど、それでもやっぱり、今でも申し訳程度に、街はクリスマス色に染まる。
 そんな控えめなクリスマスの中、ここだけは違った。
 この鳳凰院本家だけはっ!
 去年もそうだったけれど……。
 本当、派手。
 無駄に、派手。
 エントランスホールに入った瞬間、中央にどでんと鎮座している巨大ツリー。
 しかも、そのもみの木、何故だか本物。
 さらにおまけに、サンタクロースの故郷フィンランドからの取り寄せ。
 そして、もう一つおまけに、そのツリーが飾られるようになったのは、去年のクリスマスから。
 それまでは、この鳳凰院本家では、クリスマスのクの字もなかったとか。
 ねえ、それってば、どういうこと?
 なんてそんなことは、もう聞くだけ無駄よね。
 つまりは、そういうことでしょ?
 すべては、わたしのため。

 ……まあ、見上げれば、思わずぽかんと口をあけてしまうようなこのツリーくらいは、許してやってもいいけれど。
 一週間くらい前にもみの木が届き、夏樹や久能さん、桐平さん、由布たちと一緒に、飾りつけをしたの。
 あの時は、なんだか童心に返っちゃって、はしゃいでいたような気がする。
 ……不覚。
 そしてもちろん、ツリーの飾りつけだけで事がすむはずがなかった。
 だって、相手はあの極悪エロエロ星人の夏樹よ?
 ちょっと高いところにオーナメントを飾ろうと背伸びをしていたら、いきなり後ろからふわりと抱えられて……。
 何故だか、お姫様だっこ。
「これで、飾れるね?」
 同時に、にっこりと微笑む夏樹。
 もうそれは、絶対にそうだと決めつけている微笑みで……。
 あの? 頭、大丈夫ですか?
 っていうか、とどくわけないでしょう! 飾れないわよ!
 お姫様だっこじゃあ、意味ないのだってば。
 高さのたしになんてならないわよっ。
 こんのドスケベ男っ!
 あんたの場合、ただたんに、わたしをお姫様だっこしたかっただけでしょう!
 その口実が欲しかっただけでしょう!
 ――まあ、この男には、口実すら必要ないけれど――
 そう言ってやったら、「すごいね、茗子。どうしてわかったの?」なんてにっこり微笑み、そのまま唇をかすめとっていきやがった。
 本当、なんて男なのかしら。ドスケベっ!
 もちろん、そんなこと、嫌というほど知っているけれど。


 やっぱり、今日もわたしは、このツリーを、一人ぽかんと見上げている。
 夏樹を見送ったばかりのエントランスホールで。
 クリスマスまで、あと一週間を切ってしまった。
 そしてその日は、何故だか夏樹の誕生日。
 キリストと同じ日に生まれたなんて……。
 絶対、何かが果てしなく間違っていると思う。
 あの男が、そんな立派な人間?
 しいて言うならば……歩くフェロモン。
 無駄にいかがわしいオーラを漂わせているのだから、いつもっ!

「誕生日プレゼント、何がいい?」
 そう聞くと、あの男のことだから、絶対こう言うに違いない。
「茗子っ」
 無駄に天使の微笑みで、にっこり当たり前に。
 しかもそれってば、思いっきり聞き覚えのある答えなのだけれど?
 誰もプレゼントをあげるなんていっていないのに、自分から「プレゼントは茗子がいいな」なんてそんなふざけたことを言ったのよ、あの男は。
 去年のクリスマスに。
 もちろん、即座に天誅をお見舞いしてあげたけれど。
 本当、好色一代男っ。
 だから、絶対にそんなことは聞いてなどやらない。
 自分から蜘蛛の巣にかかりにいく蝶が、どこにいるというのよね、まったく。
 ……蜘蛛の巣の罠によくかけられる蝶は、ここにいないこともないけれど。
 く、悔しいっ!
 あんなドスケベ男なんて、大っ嫌い!!

 それにしても……。
 夏樹の奴、今年のクリスマスは、どうするつもりなのかな?
 まだ、何も言ってこないよね?
 不思議。
 やっぱりこれも、あの男が好きそうなことなのに。
 だって、何かとかこつけて、常にわたしをどうこうしようとしている男よ?


 夕食の席で、その疑問をそのままぶつけてみた。
 すると夏樹ってば、当たり前のように、さらっとこう言い放つ。
 飲みかけのワイングラスから、すっと唇をはなし。
「え? クリスマス? クリスマスはもちろん、夜景の綺麗なホテルのレストランでディナーをして、その後、ホテルのバーで大人の時間を過ごすでしょう。それから……スウィートルームであまい夜を……」
「すごさんでいい!!」
 や、やっぱりそうきたわねっ。
 この男のことだから、絶対そうくると思っていたのよ。
 聞いたわたしが馬鹿だったわっ。
 無駄にお金だけを使ったクリスマス!
 そして、この男の欲望を満たすだけのクリスマス!
 絶対にそんなことはさせないわ。
 断固として、阻止!

 ……っていうか、それ、去年したことじゃない?
 まったく、芸のない男よね〜。


 そんなこんなで、とうとうやってきてしまいました。
 クリスマス……イブっ!
 この間きいた夏樹の計画では、今度こそ、今度こそ……乙女の貞操がご臨終の危機っ!
 一体、何度この危機を乗り越えてきたことか……。

 夏樹と再会して、一年と三ヶ月。
 もうそんなにたっていたのだと、あらためて気づかされる。
 そんな実感は、あまりないのに。
 一体、いつ頃からだろう?
 夏樹と過ごす、この危険な日々が当たり前になってしまったのは。
 わたしの横には、夏樹がいて当たり前になったのは。
 そう思うと、不思議。
 一年と三ヶ月前は、あんなに大嫌いだったのに……。
 今では、この男の横暴ぶりをゆるせて……あきらめてしまえるようになってしまっている。
 人間……慣れというものもあるみたいね?
 じゃなくて。今はそんな時じゃなくて……。
 わたし、とってもピンチだったのじゃないっ!

 乙女部屋の乙女ベッドの天蓋の柱にひっしと抱きつくわたし。
 そして、それをどうにかなだめすかそうとしている夏樹。
 それはどういうこと?なんて聞くのはナンセンスというものよ。
 決まっているじゃない。
 夏樹の思い通りにこの部屋から連れだされてしまったら……それこそ、乙女の貞操の終わり。
 だってだって夏樹、去年あまい夜≠ニやらを失敗に終わらせているから、今年こそは絶対に決めると、とってもやる気なんだもん。
 そんなおかしなイロモノなやる気なんて、出さなくたっていいというのに。
 本当、なんて男なのかしら。
 大っ嫌い!
 だからわたしは、何がなんでもこの部屋にとどまらなければならない。
「い〜や〜! 絶対に嫌!!」
 わたしの肩に手をおき、肩をすくめて顔をのぞきこんでくる。
 いつもの悪魔の微笑みを隠した天使の微笑みじゃなくて、どうやら、今は本当に困っているようで……。
 どうして!?
 わたしが抵抗することなんて、当然、夏樹にはお見通しだったのじゃないの?
「もう、茗子。そんなことを言っていないで。ほら、行くよ。せっかくのクリスマスなのに」
 肩においた手をそのままするっとずらしてきて、ふわりとわたしの頬を包み込む。
 困っているようだけれど、その目は間違いなくわたしを甘く見つめていて。
 そして、無意識に目ににじませていたわたしの涙を、すっとぬぐう。
 こういうところって、やっぱり相変わらず。
 夏樹ってば、こういう気障ったらしい王子様なこと、当たり前のようにしちゃう男なのよね。
 ……って、違うわよっ。
 絶対に違うからね。
 夏樹のこの振る舞いに、ちょっぴりぐらっときたなんて、そんなことは絶対にないからね!
 このまま夏樹について行ってもいいかな〜……なんてことは、絶対に思っていないからね!
 惑わされてなんていないからねっ!
「あんたと過ごすクリスマスなんて、危険すぎて絶対に嫌っ!!」
 血迷ったことを一瞬でも思ってしまった頭を、ぶるんと一度大きくふる。
 本当に、茗子さまとあろう者が、何を思ってしまったのかしらね。
 夏樹のぬくもりとそのまなざしに、とらわれそうになってしまったなんて。
 そんなこと、絶対にあってはいけないのよ。
 天蓋の柱からひきはなされそうになっていた腕を、また強く巻きつける。
 こ、ここで負けてなるものかっ。
 ここで負けたら、茗子さま、一生の不覚のような気がする。
 ううん。不覚どころじゃすまされないわ。
 よりにもよって、夏樹のフェロモン攻撃に、この茗子さまが負けては、決していけないのだから。
 だから、ぎんと夏樹をにらみつけてやった。
 絶対に、あんたの思い通りになんてなってやらない。
 すると夏樹ってば、それを即座に読み取ったのか、一瞬、むっとしたような顔をした。
 だけどもちろん、こうなる。
 だって、この男のことだもの。
 にっこりと不気味に微笑み、当たり前のようにわたしをお姫様だっこする。
 ふわりと、夏樹のぬくもりと香りに包み込まれる。
 くっ……。や、やられたっ。
 どうして、いつもいつも、こう簡単にお姫様だっこされてしまうかなあ。
 ……嗚呼。もう、なんだか自分が嫌になるわ。
 そしてもちろん、お姫様だっこされてしまったわたしの末路は決まっている。
 腕の中でじたばたともがくわたしを、夏樹はあっさりと連れ出していく。
 乙女部屋から。

 さようなら、わたしの乙女の貞操……。
 一年と三ヶ月目にして。
 この世界一大嫌いな男に――
 うっぎゃ〜!!
 やっぱり、嫌〜!
 それだけは嫌よ〜っ!!
 何より、夏樹の思惑通りになっているということが、いちばん嫌〜!!


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update:04/12/24