ホリーキス
(2)

 この世界最大級のピンチを乗り切るには、もうあの手しかない。
 夏樹を殺して、わたしも一緒に……。
 ……と、その思いのままに、夏樹の首に手をかけた時だった。
「茗子。ほら、ついたよ」
 首をしめられている様子などまったく見せず、にっこりと無駄に優しい微笑みを落としてきた。
 そして、くすっと笑う。
 ……っていうか、ついたって?
 だってまだ、乙女部屋を出て、二分くらいしかたっていないわよ?
 夏樹、去年のリベンジのため、去年と同じクリスマスをするつもりじゃなかったの?
 それなのに……。
 乙女部屋を出て二分なんて……そんなのあり得ない。
 だってここ、まだ鳳凰院本家の中よ? 夜景の綺麗なホテルじゃないわよ?
 夏樹のいかがわしい野望達成のための舞台じゃないわよ?
 訝しげに見上げてあげると、やっぱり夏樹ってばにこっと微笑むだけ。
 そして、その視線でいってくる。
 「見てごらん」と。
 妙に優しい目で見つめてくれちゃったりなんかするから、ついついぽわんと思考が停止して、素直になっちゃうじゃない。
 そんなのはあってはいけないのに。
 この茗子さまが、夏樹の言いなりになるなんて……。
 首をかしげながら、言われた通り、夏樹から視線をそらしていくと……そこには、何故だか、サンタさんな久能さんと、トナカイさんな桐平さん。
 その他、使用人のみなさん。
 さらにおまけに、タキシードな由布。
 扉にいるわたしたちに、部屋の中から微笑みを向けてくる。手招きするように。
 不自然に派手に飾りつけられたその部屋から。
 おいしそうな香りが漂うその部屋から。
 窓際には、エントランスホールのものほどではない、それよりやや小ぶりのツリー。
 そして、部屋の中央には、ウエディングケーキと見紛うほどの巨大ケーキ。

 ……はい?
 一体、どういうこと!?

 この状況をいまいち理解できなくて、夏樹の顔をまじまじと見つめてしまう。
 だけど夏樹ってば、やっぱりそんなわたしなんてどうでもいいように、にっこりと微笑みを落としてくるだけ。
 無駄にあまくて、無駄に優しい微笑みを。
 そして、腕の中から、わたしを床へゆっくりと下ろしていく。
 耳元で、妙に優しくささやいて。
「茗子は、こういうクリスマスが好きでしょう?」
 床に下ろすと、わたしの背をとんと押してくる。
 それはまるで、目の前に広がるこの部屋……ダイニングの中へと誘うように。
 夏樹におされるまま、そのまま一歩足を踏み入れた。
 抵抗する余裕なんてないもの。
 この状況を理解しようと、頭をフル回転させることで精一杯で……。
「茗子のためのクリスマス」
 戸惑うわたしに、夏樹は再びそうささやいた。
 さりげなく腰に手をまわし、わたしを引き寄せて。
 その目は、「茗子のことなら、何でもわかっているよ」と、自信満々にいっている。
 瞬間、とくんと胸が鳴ったことは……悔しいから認めてやらないけれど。
 ったく……。夏樹ってば。
 にくいことをしてくれるわよね。
 これってば、去年よりも、もっとずっと、気障――

 思わず、夏樹の胸にきゅっと顔をおしつけていた。
 胸にわきあがる、このおかしな感情を誤魔化すため。
 そして、目頭があつくなってしまったことを誤魔化すため。
 顔をうずめたそこには、規則正しい鼓動と……やさしいぬくもりがあった。
 ずっとずっとこうしていたいと思えるぬくもりが。
 間もなく、かぎ慣れた整髪料とシャンプーがまざったような香りに包み込まれていた。
 嬉しそうなくすくすという笑い声をBGMに。
 きゅんと、胸が鳴く。

 不覚にも、夏樹の腕の中で大人しくしてしまっていると、そこへもちろん、この男がやってくる。
 夏樹に負けないくらいのにっこり笑顔を浮かべ、スマートにその腕の中からわたしを引き抜く。
 そのついでに、ちゃっかり肩を抱き寄せたりなんかして……。
 由布。ちょっと待って。
 あんたまで、なんだか最近、夏樹化してきたようで、ちょっと、いや、かなり怖いのだけれど?
 それにほら、そんなことをしちゃうから、夏樹ってば……。
 極悪大明神さま、ご降臨。
「いつまでも茗子にまとわりついていたら、茗子がクリスマスできないだろう」
 そんな怒れるエロエロ星人さんを、ちらっと馬鹿にしたように見て、ふんと鼻で笑う由布。
 もちろん、そんな由布に促されるまま、わたしは、久能さんや桐平さんたちが待つ、ダイニングの真ん中へとずるずると引きずられていく。
 それを、ちっと舌打ちしながら、憎らしげに見送る夏樹。
 今回に限っては、限りなく不服にもかかわらず、阻止できないようで……。
 うーん。どうやら、由布ってば、やっぱり夏樹のいとこのようね。
 どういう発言をすれば、夏樹のその動きを封じられるか、ちゃんと心得ているのだもの。
 そう。そうなのよっ。
 夏樹の動きを封じるのは簡単。ある言葉さえつけ加えれば。
 それは、もちろん――

 茗子のため。

 夏樹の世界は、すべてがわたしのためにまわっているから――って、自分で言っちゃうのも何だけれど――その言葉さえあれば、誰だって夏樹を簡単に操れちゃう。
 ……おかしいよね?
 あの神をも恐れぬ夏樹が唯一恐れるのが、わたしのご機嫌だなんて。
 なんだか、おかしくって仕方がない。
 夏樹ってば、本当に馬鹿よねえ。
「夏樹、何しているの? 早く夏樹もおいでよ」
 由布に肩を抱かれたまま、くるっと振り返り、そう夏樹を呼んでみる。
 さすがに、そのまま放っておいたら、夏樹のご機嫌はすこぶる低下の一途をたどるから。
 それでも、この由布や久能さん、桐平さんは、全然気にしないだろうけれど。
 だけど、それではわたしが困るのよ。
 この後、二人きりになった時の夏樹は……。
 嗚呼。恐ろしすぎて、想像もしたくないわっ。
 だから、手の施しようがなくなる前に、手を打っておかなければ。
 本当に、どうしてわたしが、夏樹のご機嫌なんて気にしてやらなきゃいけないのかしら。
 呼ぶと、夏樹ってば、それまで低下の一途をたどっていたご機嫌を即座に回復させちゃって、足取り軽くわたしへと駆け寄ってきた。
 そして、由布のその腕の中から、あっさりわたしを奪還。
 その後はもちろん、ぴとっと寄り添う夏樹。
 ――はいはい。もう好きにして。
 それくらいなら、我慢してあげるから。
 だって、これまで拒否しちゃうと……後がとてつもなく怖いからね?
 それに……今日だけくらいならいいかなって、そう思えるから。
 だって夏樹は、本当にわたしのことなら何でもわかっているみたいで、わたしの望むクリスマスを用意してくれたもの。
 普通、恋人同士――だからって、わたしと夏樹がそうだとはいっていないけれどね――って、二人きりで過ごすクリスマスがいいのでしょう?
 でも、わたしは……みんなとわいわい過ごすクリスマスの方がいいわ。
 ムードむんむんもいいけれど、楽しい方がもっといいもの。
 本当、夏樹ってば、憎らしいくらいにわたしのことをわかっているわねっ。
 さすがは、筋金入りのわたしのストーカー。

 それから、にぎやかなイブの夜がはじまる。


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update:04/12/24