ホリーキス
(3)

 ご馳走やアルコール――わたしは、あくまでノンアルコールだけれどね――を、たっぷりと胃へ流し込んだ頃だった。
 ふいに、夏樹は窓際にわたしを引っ張りよせた。
 窓は、温度差のために、白くくもっている。
 こどもじゃないけれど、こういうのを見ると、ついついしちゃうのよね。
 そこに、指でいたずら書き。
 そうして、夏樹を無視して遊びはじめると、夏樹ってばその指をきゅっとにぎり、「もう、茗子は」とちょっぴり非難めいた眼差しを向けてきた。
 でも、そこには非難なんて全然なくて、優しさだけが、愛しさだけがこめられているって、わたしちゃんと気づいている。
 そういう夏樹なら、思わず、一瞬くらいなら見とれてやってもいいかなって思うけれど、だけど、この男がそれをそう長く続けさせてくれるはずがなかった。
 次には、にやりと微笑み、にぎるわたしの指を、自由自在に操りはじめる。
 わたしの指を操りながら、夏樹は白い窓にいたずら書きをはじめる。
 この男の頭の中、どうなっているのよ!?と、大声で叫びたくなるそんなことを。
 どうして、よりにもよって、ハートマークなのよ!
 しかも、「これは、茗子の気持ちだね。ぼくへの」なんて、訳のわからないことを耳元でささやいちゃってなんてくれるしっ。
 本当、この男ってば、自分に都合のよい妄想しかできないようねっ。
 その言葉通りにマークをかくなら、それは、絶対に間違いなく、ドクロマークよっ!
 調子にのるのもたいがいにしなさいよねっ。
 ぶんと夏樹の手をふりはらい、そのままばばばっと窓のハートマークを消してやった。
 すると、その向こうには、真っ暗な夜の鳳凰院本家の庭。
 それに思わず目を奪われていると……いきなり、体をくるりと一八〇度回転させられた。
 そして、目の前にでんと大きな箱が現れる。
「茗子。はい」
 微笑みながら、きれいにラッピングされた、大きくて四角い箱を、わたしに差し出してきていた。
 何?と首を少しかしげて顔をのぞきこむと、夏樹ってば、また無駄に天使の微笑みをばらまいて、おかしそうに笑う。
「クリスマスプレゼント。あけてみて?」
 そうして、箱の真ん中の赤と緑のリボンを視線で示す。
 わたしに手渡すのじゃなくて、そのままそのリボンをほどくようにと。
「う、うん」
 多少戸惑いながらも、わたしは夏樹の言葉に従ってしまっていた。悔しいことに。
 何故だか、まっすぐと見つめてくるその熱い視線にはさからえなくて。
 そうして、リボンに手をかけ、するりとほどき取る。
 それから、夏樹の指示通りにラッピングペーパーもとっていって……。
 そこに現れたのは、白い箱。
 それに何?ともう一度首をかしげてみるけれど、夏樹ってばにこにこと微笑み、やっぱり促してくる。
 そのふたをあけてみて、と。
 本当に、一体、何だというのよ。
 こんなまわりくどいことをして。
 夏樹ってば、いつもろくでもないことばかりしでかすけれど……。
 さすがに、これは想像もできないわ。
 無駄に大きな箱。
 まさか、この中に、去年みたいにネックレスが入っているわけでもないだろうし。
 本当、わからない。
 今年は一体、どんなものをくれるというの?
 また、ムカつくくらい高いものだったら、その場でつき返してやるけれどねっ。
 ちょっぴり胸にそんないらいらを抱きつつ、言われるままふたをあけると……そこに現れたのは、ケーキ。
 いわゆる、ブッシュ・ド・ノエルというもの。
 ちょうど真ん中から少し右にずれた辺りに、トナカイがひくそりにのったサンタのマジパンものっている。
 他は、柊の飾りとか……。
 あと、雪のつもったエントツお家とか。
 ツリーやリースといった小物も忘れていない。
 とにかく、思いつくだけの飾りをたっぷりとそえて。
 そして、いちばん目をひくのが、『Merry Christmas』と書かれた、チョコプレート。
 とってもメルヘンなブッシュ・ド・ノエル。
 チョコクリームがとってもおいしそう。
 ――って、結局は、そこにいきつくのだけれど――
 飛び出してきたそのブッシュ・ド・ノエルと夏樹の顔を、交互にまじまじと見つめると……。
「茗子、好きでしょう? こういうの」
 そう言って、優しい微笑みを向けてくる。
 とくん……と、胸が小さな動きを見せた。
 それは、このケーキに? 夏樹の言葉に?
 それとも……夏樹のこの微笑みに?
 わたしだけのために、わたしだけに向けられた、わたしだけの微笑み。
 瞬間、お腹の底から何かがこみ上げてきた。
 とても不思議で、だけど嫌な感じのしない何かが。
 気づいた時には、がばっと夏樹の胸に飛び込んでいた。
 そして、その胸にぎゅっとしがみつく。
 当然、いきなりそんなことをしちゃったから、夏樹ってば、ちょうどわたしの胸の辺りに合わせて持っていたブッシュ・ド・ノエルを、頭の上へ慌てて避難させていた。
 ちょっと焦ったような、だけど優しく微笑むそんな夏樹が――
 だから、もうちょっとだけ、夏樹に抱きつく腕に力をこめてあげる。
 やっぱり、くすぐったいね。こういうのって。
 だって、本当に、夏樹ってば、わたしのストーカーだけあり、何でもお見通しなのだもの。
 高価な宝石だとか鞄とか靴とか、そんなものはいらないの。
 わたしが欲しいのは、もらって嬉しいのは、そんなものじゃなくて……気持ちなのだよ。
 夏樹、その辺りのこと、ちゃんとわかってくれているのね。
 本当、にくい男ね。
 そうして、夏樹に――不本意ながら――抱きついていると、ふいにこんな言葉が耳に飛び込んできた。
 耳元で、やけに楽しそうにささやかれるその言葉。
「本当はさ、夏樹の奴、宝石だとかそんなのをプレゼントしたかったらしいけれど、そうすると茗子は怒るだろう? だから、食べ物で懐柔しようという魂胆っ」
「由布!!」
 するっとわたしの耳に顔を近づけそうささやく由布と、それに即座に反応する夏樹。
 ふいっと顔をあげて、顔を見てみると……悔しそうに唇をかむ夏樹がいた。
 しかも、ほんのり紅づいて。
 ――ふ〜ん。図星なんだね。
 本当、この男ってバカ。

 夏樹の……バカ。
 こんなに愛すべきお馬鹿さんは、世界中どこを探しても、夏樹くらいよね?
 大っ嫌い。


 それから、クリスマスパーティーは再開し、ウエディングケーキのようなクリスマスケーキと一緒に、ブッシュ・ド・ノエルも一緒においしくいただいてあげた。
 由布たちにもおすそわけしてあげようかなって思っていると、横からにゅるっと腕がのびてきて、それを阻止されちゃったけれど。
 無言で、だけど有無を言わせず、「それは茗子だけしか食べちゃだめ」っていっているの。夏樹の目が。
 ……ああ、はいはい。わかりました。
 だけどね、さすがのわたしでも、こんなに大きなケーキを一人でぺろりと食べられるわけがないから、全部食べちゃわないうちに、食べられなくなっても知らないからね?
 もちろん、ウエディングケーキなクリスマスケーキは、久能さんをはじめとする使用人さんたちが、全部ぺろりとたいらげてしまっていたけれど。
 だって、さすがはご主人さまの味覚を心得る桐平さんがつくったケーキ。
 甘さ控えめで、するっとのどの奥へ流し込めちゃうのよね。
 夏樹がわたしだけにくれたブッシュ・ド・ノエルは、わたし好みの甘さだったけれど。
 そうして、つつがなく?、クリスマスパーティーは終わりを迎えた。
 こんなに楽しいクリスマスは、何年ぶりかしらね?
 本当、夏樹ってば、にくい奴。
 大っ嫌い。


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update:04/12/24