ホリーキス
(4)

 パーティーの後、やっぱりわたしは、夏樹にお姫様だっこされ、乙女部屋へとさらわれてきた。
 夏樹は、ケーキのあまいにおいにちょっぴりやられちゃったらしく、顔色が優れないようだけれど。
 この男……本当にあまいものが駄目みたいね。今さらだけれど。
 だったら、ケーキなんて食べなきゃいいのに。
 わたしのフォークから、奪い取るようにね。
 たったの一口でも、ブシュ・ド・ノエルは、夏樹にはきいたのじゃない?
 わたし好みに作られた、あまいあまいケーキなのだもの。
 それって何だか……くすぐったい。

 どさっと乙女ソファに体をしずめる夏樹を横目に、わたしはチェストの中をごそごそとあさる。
 今年のはじめのバレンタインの時に、ビターチョコをかくしていたチェスト。
 そしてそこから、一つの包みを取り出してくる。
 淡いブルーのラッピングに、きらきらシルバーリボン。
 これは、今日のお昼頃、夏樹が仕事へいっているすきに忍ばせたものだから、さすがの夏樹でも気づいていないと思う。
 それまでは、久能さんに口どめをして預けていたしね。
 いくら忠実かつ優秀だからといって、これだけは、久能さんだって、いつかのように夏樹に密告してはいないはず。
 だって、これを提案してきたのは久能さんだし、それに……夏樹のお楽しみを奪うようなこと、このバトラーがするはずないものね。
 わたしを陥れることは、当たり前のように愉快そうにしちゃっても。
 本当、そう思うと、ここのバトラー、つくづくムカつくバトラーだわ。
 そして、包みを手にもったまま、ちらっと壁かけ時計へ視線を移してみる。
 すると、時計が指し示す現在の時刻は……十一時五十九分。
 あと一分で、イブが終わる。
 こんな時間まで馬鹿騒ぎをしていたみたい。
 あまりにも楽しくて。時間を忘れちゃうまで。
 久能さんたちも、「後片づけは明日にしましょうか。今日は遅いですからね」なんて言って、職務放棄して、さっさと自分たちの部屋へ戻って行ったし。
 本当、ここの使用人ってば――
 もう口がすっぱくなるほど言っているから、これ以上はあえて言わないけれど。
 時計の秒針は、あと二つ動けばちょうどひとまわり。
 クリスマスを告げる。
 うん。ちょうどいいわね。
 今から、ソファに沈む夏樹の前へいって、とっておきのこれをするには。
 だって、クリスマスのその日は――
「夏樹、はい。あげる」
 カチンと、短針、長針、秒針、すべてが十ニの文字の上で重なったと同時に、わたしは夏樹にそう言っていた。
 ソファに腰かける夏樹の膝の上に、ぞんざいにさっきの包みを置いて。
「茗子?」
 もちろん、夏樹ってば、不思議そうに首をかしげてくれちゃったけれど。
 ちょっと、気づきなさいよね。こんなことくらい。すぐに。即座に。
 本当、使えない男ねっ。
「誕生日プレゼント。ちょうど、今日になったから」
 ぷいっと顔をそらして、やっぱりぞんざいにそう言ってあげる。
 こんなこと、わざわざわたしの口から言わせないでよね。
 本当に、馬鹿なのだから。夏樹ってば。
 すると、わたしの目のはしに、目を見開く夏樹の顔が入ってきた。
 それから、すぐにその顔は、ほにゃんと……目もあてられないくらいに崩れちゃったけれど。
 そう、それはまさしく……世界中の幸せを独り占めしたような、そんな顔。
 そして、そっぽを向くわたしに向かって、妙に優しく暑苦しく聞いてくる。
「あけていい?」
 聞かなくたって、あければいいじゃない。
 それはもう、あんたのものになったのだから。
 ったく、本当に、そつがないのか鈍いのかわからない男よね。
 仕方がないから、こくんとうなずいてあげる。
 すると、くすくすと笑いながら、「ありがとう」なんて、やっぱり優しくささやく夏樹の声が聞こえてきた。
 ぞくっ。
 その声を聞いた瞬間、何かが体の中を駆け上ってきた。
 おかしい。なんだか、すごくぞくぞくする。
 もぞもぞとくすぐったいのか、気持ち悪いのかわからない、不思議なそれ。
 こんなの、はじめて。
「……マフラー?」
 かさりかさりと包みを開ける音のすぐ後に、そうつぶやく夏樹がいた。
 そして、それと同時に、何故だかわたしは夏樹の腕の中に瞬間移動していた。
 本当、なんて男なのかしら。
 その早業で、わたしをあんたの胸の中に引っ張りこむのだから。
 わたしを膝に座らせ、夏樹はそんなわたしの目の前で、その白くて長くてふわふわなものを愛しそうにいじっている。
 真っ白いマフラー。
 ところどころ、目が落ちているのはご愛嬌。
 これが、プレゼントに悩むわたしに、久能さんが提案してきたもの。
 いろいろ悩んだけれど、結局、こういうことになってしまったのよね。
 夏樹ってば、無駄に何でも手に入る男だから。
 久能さんたちに協力してもらったりして、夏樹に秘密で編むの、大変だったのだからね。
 夏樹が仕事へ行っている間とかを狙って……。
 妙に真剣に、そしてまじまじと、そのマフラーを夏樹は見つめている。
 って、ちょっとあんた、何が言いたいわけ!?
 どうせ、今時、手編みなんて流行らないわよ。
 そんなの、わたしだってわかっているわよ。
 でもでもでも……。
 久能さんが、そうした方が夏樹は喜ぶからって……。
 だから、だからわたしは……。
「何よ? いらないなら返してよ」
 あまりにもまじまじと見つめるものだから、そうして夏樹が右手にからませているマフラーを奪い取ろうとひっぱってやった。
 悪かったわね。どうせへたくそよ。不器用よっ。
 だけど、それはびくともしなくて……。
「え!? ち、違うよ! 感動しちゃって……。まさか、茗子が手編みのマフラーをくれるなんて」
 慌ててそう叫ぶ夏樹がいた。
 もちろん、奪い返そうとするわたしから、奪われまいとマフラーを取り上げて。
 一緒に、わたしを抱きすくめて。
「それ、どういう意味よ?」
 ぎろりと夏樹をにらみつけてあげる。
 本当に、それ、どういう意味よ!?
 それってばまるで、普段から、わたしが夏樹をないがしろにしているみたいじゃない。 
 ……まあ、否定はしないけれど。
 だからって、そうはっきりと言わなくたっていいじゃない。
 そうはっきりと言われると、なんかムカつくのよね。
「そのままの意味。すごく嬉しいということ。一生大切にするよ。だけど、茗子自身の次にね」
 わたしの怒りなんてさらっと無視して、にっこりと微笑む。
 もちろん、天使の微笑みで。
 あまくあまく、暑苦しくわたしを見つめて。
 そして、そのマフラーを自分の首に巻きつける。
 なんだか無駄に幸せオーラを放って。
「あたたかいね」
 そして、心地良さそうにふわりと微笑む。
 もちろん、同時に、今までよりも強く、その腕の中にわたしを包み込んでいたけれど。
 本当、そつがない男ね。
 だけど……でも……こうしてあらためて見ると、やっぱり、夏樹には白がいちばん似合うわね。
 そうだと思っていたのよ。ずっと。
 お腹の中は真っ黒どす黒いのに、見た目だけは真っ白。ふわふわの雲のようだから。
 こういうところに、みんな騙されるのよね。きっと。
 わたしは、騙されてなどやらないけれど。
 首にマフラーをまいて、そしてわたしをぎゅっとその胸にとらえて、夏樹は本当に幸せそうに微笑んでいる。
 まるで、じゃれる子犬のような微笑み。
 憎いくらい。ムカつくくらい。
 本当、何なのよ。この男。
 そんな顔をされたら、調子が狂っちゃうじゃないっ!
「っていうか、暑いわよ。部屋の中でマフラーなんてしたら。のぼせても知らないからね」
 首にまかれたマフラーの両端をにぎり、ぎゅっと真横にひっぱってやる。
 ふふふふふっ。
 油断したようね。
 そんな危ない格好で、わたしをこんなに近くにおいていたら、いつ寝首をかかれないとも知れないのに。
 そんな簡単なこと、夏樹ともあろう者が忘れていたのかしら?
 ぎゅむ〜っとマフラーを引っ張ってやっているのに、夏樹ってば全然苦しむ様子すら、抵抗する様子すらなく、変わらずにこにこと微笑み続けている。
 もちろん、マフラーをにぎるわたしの両手に、そっとその手を添えることは忘れていない。
「くすっ。もう十分のぼせているよ。茗子の思いで」
「は〜い〜!?」
 しかもしまいには、そんなふざけたことまで飛び出してきて。
 さらには、両手をそのままつかみ、再び自分の胸の中にわたしを抱きすくめる。
 っていうか、ちょっと待ちなさいよ。そこっ!
 何ふざけた発言をしているのよ。
 一体、誰の思いでのぼせているですって!?
 ばかも休み休み言いなさいっ!
 あんたへのわたしの思いで凍死することはあっても、のぼせることなんて絶対にあってはいけないのだからねっ!
 夏樹の胸の中にとじこめられても、なおも闘志を捨てることなく、ぎんぎんににらみつけてやっていると、当たり前のように、その対象物……夏樹の顔が近づいてきた。
 だから、当然、すっと顔をそむけてやる。
 すると夏樹ってば、妙に驚いたように目を見開く。
 それはまるで、わたしにそんな行動をとられるなんて、夢にも思っていなかったというように。 
 だけどすぐに、いつものどこか癪に障る天使の微笑みを浮かべ、砂漠の太陽のようにわたしを見つめてくる。
 ……って、わたしをひからびさせる気?
 それでも、そんなことにひるむはずがないけれどね。このわたしが。
 再び、じろっと夏樹をにらみつけてやる。
 夏樹の拘束から、どうにか両手をすぽんとぬきとり、首にまかれたままのマフラーをぐいっとつかむ。
 そして、夏樹の顔をわたしに引き寄せて――

「……メリークリスマス」

 今度は、ちゃんとうまくできたわよ。
 今度は、かつんなんてそんな無粋な音はしなかったし、痛みもなかったわよ。
 そのかわりに、あたたかくてやわらかくて、そして……。
 マフラーの拘束からといてやると、夏樹ってば狐につままれたようにわたしを凝視していた。
 って、だから、何が言いたいわけ? あんた。
 本当、ムカつく男よね!!
「……あははっ。これまで生きてきた中で、最高のクリスマスプレゼントだよ!」
 次の瞬間には、そう叫ぶ夏樹の腕の中で、わたしは身動きできなくなっていた。
 ぎゅうっと抱きすくめられる。
 今度は、身じろぎすらできない。
 逃げることなんて、もってのほか。
 ふわりと、夏樹のやわらかな髪が、わたしの頬をかすめていく。
 やっぱり香る、整髪料とシャンプーがまざったような香り。
 夏樹の香り。
 気づいた時には、夏樹の唇がわたしのそれにふわっと重ねられていた。
 唇が触れる瞬間、その吐息でささやかれていた。
「メリークリスマス」
 それから、飽きることなく終わることなく、繰り返されるキス。
 優しくてあたたかくて、そしてあまいあまい、キス――

 窓の外は、いつの間にか、ホワイトクリスマス。


 聖なる夜に、あなたと二人、聖なるキスを――


ホリーキス おわり

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update:04/12/24