いたずらキス
(1)

 夏樹と再会して、四年目に入った。
 ……うん。約ひと月前に、三年がすぎた。
 どうやら、三年目に訪れるという倦怠期とかいうものも、わたしたちには無縁だったようで。
 だって、わたしはもともと、夏樹なんて大嫌いだし、夏樹は、わたしを嫌いになることなんてないからね。
 ――え? うぬぼれているって?
 ふふっ。当たり前じゃない。うぬぼれて何が悪いの?
 だって……時が経つにつれ、熱く激しくなってくる、あのらぶらぶ攻撃を受けていては、うぬぼれるというものよ。
 はあ……。本当に、あの男、今さらだけれど、普通じゃない。


 密林みたいな庭にかこまれたこの屋敷で、わたしは、普段、うっとうしいくらいにまわりにいるバトラーを探している。
 そう。いつもなら、監視とばかりに、わたしを見られる#ヘ囲にいるはずなのに……何故だか、いない。今は。
 ったく、あのバトラーって、本当に、ユウシュウ≠謔ヒー。
 いなくていい時には、ムカつくくらいつきまとうのに、いて欲しい時には、いくら探しても見つからないのだから。
 そういえば、いなくていい時にいて、いて欲しい時にいない男が、もう一人。
 ――夏樹。
 あのうっとうしい男も、見あたらないわねー。
 この屋敷にいる時は、必ず、わたしに触れていたがるのに。
 今日はたしか、一日オフと聞いていたのだけれど……?
 そんなことを考えつつ、とりあえず、数十はある部屋の扉を、一つずつオープンしていく。
 きっと、その中のどこかに、どちらかはいると思うから。
 そのうち、行き当たるでしょう。
 ……まあ、今探しているのは、バトラーの方なので、この屋敷の主は、むしろ、見つからない方が助かるのだけれど。
 目が合った瞬間、見つけた瞬間、飛びついてくること必定だから。
 一つずつオープンなんて、まどろこしいけれど、この原始的な方法が、時には効力を発揮することもあるのよ。
 ――あくまで、わたしの持論だけれど――
 そうして、一部屋ずつ、扉をオープンしていく。
 まずは、厨房。
 あのバトラーがいそうなところなんて、もうわかりきっているわ。
 暇な時はたいてい、厨房へきて、主人の味覚を心得た料理人と、何かよからぬ相談をしている。
 ……そのほとんどは、わたしで遊ぼうというものだから……飛び蹴りの一つでもお見舞いしたくなるというものよ。
 まあ、このおしとやかな――ちょっとそこ、今、つっこんだわね!?――茗子さまは、そんなことはしないけれどね。
 ただ、飛び蹴りするわよ!?と、かるーくにらみを入れてあげるだけ。
 こんなことを考えていたら、なんだかむしょうに腹が立ってきたわ。
 まあ、いいわ。とにかく、厨房の扉、オープンっ!

 ……あれ?

 どうして、桐平さんですらいないのー!?
 いつもは、そこで、嘘くさい微笑みを浮かべ、わたしを迎えるのに。
「茗子さま? 何か甘いものでもいりますか?」
 なんて、お菓子をちらつかせながら。
 それってまるで、「お菓子をあげなきゃ、いたずらされちゃう」とでも言っているかのようで……ムカつくっ。
 なのに、今、ここには誰もいなくて、閑散としている。
 ……ちっ。どうやら、判断を誤ったようね。
 じゃあ、ここにいないということは、バトラーの自室?となるところだけれど……。
 そこには、あのバトラーはきっといないわ。
 昼間は、自室へ戻ることはないもの。
 そしたら、次にくるのは……ご主人様の書斎。
 そこだわ。
 ご主人様の寝室には、入れないものねー。
 っていうか、そこは、今までわたしがいた、乙女部屋だし。
 そこには、誰も……夏樹ですらもいなかったことを、わたしがいちばんよく知っているもの。
 よしっ。それじゃあやっぱり、次は、二階にある夏樹の書斎ね。
 そうして、階段を駆け上がり、夏樹の書斎の前まできた。
 それから、ドアノブに触れようとして、そこでぴたっと手をとめる。
 だって、中から声が聞こえてきたもの。
 ……誰かいる。
 ううん。誰かいるなんてものじゃないわ。
 その声、いやというほど聞き覚えがあるものばかりだもの。
 そこにいるのは、ちょうど、わたしが今探しているバトラー。
 そして、いなくてもいいのに、夏樹。
 さらには、同じく行方不明だった……桐平さん?
 え? 由布の声も聞こえる……。
 い、一体、何事!?
 そろいもそろって、こんなところに集まっちゃって!
 扉から一歩後退し、腰をかがめる。
 そして、そっとそこに耳をおしあて……盗み聞き。
 ここは、下手に乱入せずに、壁に耳あり≠するのが、賢明だと思うから。
 考えなしに飛び込んじゃったら、間違いなく餌食にされちゃう。遊ばれるっ。
 この三年の間に、たっぷりと勉強させてもらったものね。
「夏樹さま……。本当に、そのようなことをされるおつもりですか?」
 どことなく疲れたような、ため息まじりのバトラー……久能さんの声がきこえてくる。
 それにつづき、やけに得意げな夏樹の声も。
「ああ。もちろん、決まっているじゃないか」
 それがとっても不審でならないので、少しだけ扉を開けて……障子に目あり′行。
 すると、楽しげに微笑みながら、ワインを飲む夏樹の姿が飛び込んできた。
 ――夏樹のことだから、どうせ、何気なく飲んでいるそのワインも、年代ものなのでしょうね。本当、嫌味な男よね――
 それに頭を抱える、その他三人の男たち……。
 だけど、頭を抱えつつも、どこか楽しそうに微笑んでいる。
 にやりと……にやりと、意味深にっ!

 ――結論。
 絶対、何かよからぬことを企んでいるに違いない。
 気持ち悪いくらい、にやにやと笑っているのが、何よりの証拠。
 一体、何を企んでいるの?

 その時だった。
 ふいに扉が開けられる。
 だから、障子に目あり≠していたわたしは、その勢いのまま、書斎へと倒れこむわけで……。
 と思ったのに、何故だか、あたたかいものに抱かれていた。
 そして、降ってくる。妙にあまい声。
「茗子? どうしたの? 何か用事?」
 そうして、無駄にさわやかに微笑みかけてくる。
 がっしりとその胸に、わたしを抱きかかえながら。夏樹が。
 しかも嬉しそうに、ふわりと髪をすくようになでてくる。
 その手が、必要以上に優しい。
 そんな夏樹を、思いっきり疑わしげに見つめてやる。
 ――今、まさしく、壁に耳あり、障子に目あり≠オていたことなんて、さらっと棚に上げて。
「……何、話していたの?」
「くすっ。仕事の話だよ?」
 間髪いれず、やっぱり無駄にさわやかな微笑みが返って来る。
 それに、わたしの目は、ますますすわることになる。


 …………な〜んか、あやしいなー……。
 っていうか、あやしすぎる。


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update:05/10/30