いたずらキス
(3)

「ふんっ。どうよ? 夏樹に由布。わたしも、やればできるでしょ!」
 エントランスホールに並ぶ、かぼちゃのおばけたち。
 ハロウィンを明日に控え、そこはハロウィンカラーにそまっている。
 かぼちゃのおばけ、その数、五十!
 ふふふふふっ。
 わたしだってねえ、する時はするのよ。
 どんなにこの男たちに馬鹿にされようともねっ。
「……ああ。まあ、たしかにねえ。――でもさあ、ねえ? 夏樹?」
 エントランスホールにならぶかぼちゃのおばけたちを一通り眺めて、由布は隣の夏樹に視線を移す。
 すると夏樹も、ぐるりとかぼちゃのおばけたちを見まわし、同意するようにこくんとうなずいた。
「ああ。このいちばんユニークなジャック・オ・ランタンが茗子作で、あとの四十九個は、使用人たち作……なのだよね?」
 ――くっ。
 い、いたいところを、よくもついてくれたわねー!
 ええ。たしかにそうよ!
 三日がかりで、ようやく一つ作れたわよ。
 その他四十九個は、使用人のお嬢さんたちたった五人で、同じく三日で作り上げた……。
 な、なによー! そんなところ、つついてこなくてもいいじゃないー!
 ――っていうか、待ってよ。
 今、さりげなくはかれた、そのいちばんユニーク≠チて、どういう意味!?
「でも……ぼくは、このランタンがいちばん好きだな。茗子らしくて、とてもかわいい」
 そう言って、足元にあった、わたし作のランタンを持ち上げる。
 そして、ちゅっと軽く口づける。
 って、そこー!
 ちょ、ちょっと待ってよ。
 そんな恥ずかしいことを、よくも平気でしてのけられるわね!
「や、やめてよ!」
 だから、即座に、夏樹の手の中から、ランタンを奪い返す。
 すると今度は、わたしごとランタンを奪取される。
 そして、ランタンではなく……わたしにキスをしてきた。
「明日は、楽しいハロウィンになりそうだね?」
 なんてそんなことをささやきながら。
 ――くうっ。悔しいっ。
 なんか、いつもいつも、夏樹の思い通りにされているみたいでっ!
 みていなさいよっ。
 明日こそは、「ぎゃふん」と言わせてやるのだからー!

 だって、茗子さまには、夏樹への復讐のための、妙案があるのだものねっ。
 ふふふっ。


 寝る前にぴったりしめていたはずのカーテンに、隙間ができ、その間から朝のやわらかな陽光がさしこんでくる。
 この時期の陽も、心おだやかにしてくれる。
 それでもやっぱり、いちばん好きなのは、春の朝の優しい陽光。
 ふわふわと雲に包まれているような、そんな感じがするから。
 ……それよりも、もっと大好きなのは、包まれたいと思うのは……。
 今、わたしの右手をぎゅっと握り、眠っているこの男の胸の中。
 ――なーんて、そんなこと、このわたしが言うとでも思った?
 そんなこと、地球が爆発するより、あり得ないわね。
 それにしても……まったく、どうしてこの男は、寝る時も、手をぎゅうっと握ってくれるかな?
 おかげで、あまり寝返りがうてなくて、体のあちこちが痛いのよね。
 本当、腹立たしい男だわー。
 自分は、無駄に幸せそうに頬をゆるめ、眠ってくれちゃっているのだから。
 なんか、ムカつくから、その顔に、落書きの一つでもしてやりたいわねっ。
 そうして、じとーっと夏樹の寝顔をにらんでいると、ふいに目が開けられた。
 そして、その瞬間、ぱちっと目があう。
 夏樹ににらみをお見舞いしてあげていたものだから、気づけば、数センチという距離まで顔が近づいちゃってくれていたし……。
 嗚呼。ちょっぴり不覚。
 でも、ぱちっと目があった時の夏樹、ちょっぴり驚いたような顔をしていたから、それはそれで、してやったり?
 そして、そのまま、その頬に、ちゅっと軽く唇を触れさせる。
「め、茗子!?」
 すると、ほら。
 目を見開き、鳩に豆鉄砲。
 しかも、次第にその顔が赤く染まっていき……ついには、真っ赤っか。
 この時期のもみじにだって負けていない。
 そんな夏樹の唇にそっと人差し指をふれ、にっこりと微笑んであげる。
「いたずらよ。だって、今日、ハロウィンなのだもの」
「い、いたずらって……こんなことが!?」
 すると夏樹ってば、さらにどぎまぎと動揺しはじめる。
 ふふふ。
 そうよ。こうでなくっちゃ。
 こでなければ、復讐の意味がないわ。
「うん。悪い?」
 きょとんと首をかしげ、やっぱりにっこり。
 とぼけたふりをしてみる。
 すると夏樹ってば、すいっと上体を起こしてきた。
 そして、何を勘違いしたのか、調子にのったのか、ずいっと顔を寄せてくる。
「……いいや。むしろ、ぼくにもいたずらさせて」
 なんて、そんなふざけたことをほざきながら。
 そんな夏樹の言葉に、わたしはまた、首をかしげてみせる。
 とりあえず、なんとなくは、理解……予想はできているけれど。
 夏樹が、その言葉の後にとるであろう行動くらい。
 わかっているのに、それでも、予防線をはることもできなくて。
「え……?」
 そうすると、さらにこの男は調子にのり、あまいあまい微笑みを浮かべる。
 ふにゃんととろけて、ココアにいれたマシュマロみたい。
 とろとろにとけちゃうの。
 そうして、唇がわたしのそこに触れようとした時、夏樹は奇妙な声をあげていた。
「ふぎゃ!?」
 そして、がばっと顔をはなしていく。
 わたしの唇をさらわぬまま。
 さらには、目を白黒させる。
「め、茗子ー!?」
「あははっ。ひっかかったー!」
 そんな夏樹を指さし、わたしは高らかに笑う。
 だってねえ?
 夏樹ってば、おもしろいくらいにひっかかってくれたもの。
 というか、こんなこども騙しなことに、普通、ひっかかる?
 今、夏樹の鼻には、ちょんと洗濯バサミがくっついている。
 つまりは、それ。
 キスしてこようとした夏樹をぎりぎりまで引き寄せて、そして奇襲。
 洗濯バサミで、その調子にのった鼻をはさんでやったの。
 本当は、へし折ってやりたいところだけれどね。
「見たかっ。これが、茗子さまの復讐よ!」
 そして、そう言い放ち、すいっと夏樹からはなれる。
 だって、このまま夏樹のそばにいたら、危ないって知っているもの。
 数多すぎる経験から。
 さすがに、四年目ともなると、そろそろかわせるようになるわよ。夏樹の攻撃を。
「ちなみに、復讐第二弾もあるから、覚悟しておいてね? めろめろにたっぷり甘い、かぼちゃのプリンも用意してあるから」
 ひょいっとベッドから飛び降り、首をかしげて、にーっこり。
 そのようなわたしを見て、夏樹は一人、ベッドの上で呆然としていた。
 思わずそれを想像してしまったのか、顔を真っ青にして。
 だって、夏樹は知っているから。
 わたしが甘いといえば、本当に、救いようがないほど甘いと、その身をもって経験ずみ。
 洗濯バサミを鼻からとることすらも忘れ、夏樹は、半ばぽけらっとわたしを見つめている。
 その顔が、妙にこどもっぽくて、かわいい。
 ……好き。
 なーんて、そんなこと、やっぱり言ってなんてあげないけれど。

 ――ふふふっ。復讐、大成功?
 いつもいつも、夏樹の思い通りになんて、なってやらないのだからねっ!


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update:05/10/30