いたずらキス
(4)

 そして、その夜。
 ……何がどうなって、こういうことになっているのでしょう?
 誰もいない。
 さらには、真っ暗。
 雷が落ち、停電になったわけでもないのに、何故だか真っ暗。
 これってもしかしたら、ブレーカーでも落ちたということかな?
 さすがに、これだけ広い屋敷を維持していくためには、相当の電力を必要とするのだろうけれど……。
 でも、今まで、こんなことってなかったのに。
 っていうか、それ以前に、どうしてみんないないの!?
 夕食が終わり、お茶をして、気づいた時には、わたし一人、このリビングにいて……。
 どうして、こんなことになっているのー!?
 っていうか、これって、何かの陰謀!?
 ……そんなわけないか。
 それにしても、何?
 さっきから、いやに窓の外が騒がしいのだけれど。
 異様に、葉ずれの音がひびく。
 ざわざわさわさわと。
 そうして、ほんのりと月明かりが差し込んでくる、密林みたいな庭に面した窓に視線を映していくと……。
 そこに、白い影が、横切るように通りすぎた。
 ――ひゃっ。
 な、何!? あ、あれ……。
 ま、まさか、こんな時期に、おばけ?
 季節はずれの幽霊なんて、全然おもしろくないわよ!?
 そう思いつつ、にじりにじりと、後退していく。
 目指すは、この部屋の扉。
 廊下へ出て、誰かを呼ばなきゃ。
 だって、こんな暗いところに一人放置されていたら、気がおかしくなりそうだものっ。
 じ、自慢じゃないけれど、わたし、こういうの、あまり得意な方じゃないのよね。
 っていうか、夏樹はそれを知っているのだから、いちばんに、すぐさま、一目散に、わたしのところへ飛んできなさいよ。
 この停電に気づいているのならっ!
 本当、いざという時、使えない男ねっ!
 普段は、うっとうしいくらいまとわりついてくるくせにー。
 そうして、ドアノブに手をかける。
 すると、扉は、ノブをまわさないうちに、ぎーっとひとりでに開いていって……。
 うっぎゃー!!
 こ、今度は何ー!?
 っていうか、とにかく、ここは逃げなきゃ。
 そう思い、ゆっくりと開く扉を、逆に、勢いよく押し開けてやる。
 すると、何かにあたったような、がつんという音がした。
 だけど、そんなものになど気をとめている余裕なんてなかった。
 だって、同時に、あちらこちらから、ガタガタ、キー、パッキン、ゴッキン、なんていう音が聞こえてきたから。
 しかも、続いて、パチパチパチーっという、いかにもな……ラップ音。
 ――ね、ねえ。これって、もしかしてもしかしなくても……!?
 いーやー。
 そう思った瞬間、体ってなんて正直なのかしら。一目散に走り出してしまっていた。
 月明かりの差し込む、長い長い廊下を。
 すると、通り過ぎたすぐ後ろの窓に、ぱりんとひびが入る。
 ひにゃーっ。
 と、とにかく、逃げるわよー。
 そして、この屋敷から出るわよー。
 ……あ。
 でも、それはいや。
 だって、そうすると……密林みたいな庭へ出ることになるから……。
 しかも、夜の。
 だったらむしろ、このままこの屋敷にとどまり、この奇怪な現象と心中した方が……?
 ――否。やっぱり、それもいや。
 そうして、ふと窓の外に視線を移してみると、そこでは、黄色いお月様が、まるでわたしを嘲笑うように、ぽっかりと浮いていた。
 満月とは、ちょっぴり遠い姿をしているけれど。
 密林みたいな真っ暗な森の上に、いやに妖しく輝いている。
 そういえば、月といえば……満月を見ると、狼に変身しちゃうという怪物がいたわね。
 でも、幸い、今日は満月じゃないから、狼男がでてきちゃうなんてことはないと思うけれど。
 だから、犬の遠吠えを、狼男のそれと間違えることだって……。
 そう、一人妄想の世界へ旅立ち、現実逃避している時だった。
 密林の方で、遠吠えが――
「いーやー! どうして、狼男がいるのよー!!」
 そう叫び、月明かり差し込む廊下を、猛ダッシュ!
 すると、どこからともなく、また、ガタガタガタという音が聞こえてきて……。
 さらには、後方で、廊下に飾ってある壁の絵が落ちたり、誰もいないはずの部屋の扉が開いたり……。
 ね、ねえ、これって、もしかしなくても、ポ、ポルターガイストとかいうもの!?
 一体、どうなっちゃっているのよー。この屋敷!
 信じられないっ!
 でも……と、とにかく、ここがどこだかわからないけれど、この辺りの部屋で呼吸をととのえよう。
 このまま走り続けていても、無駄に体力を消耗するだけだわ。
 そろそろ、限界でもあるのよね。
 息が切れちゃって……。
 だから、とりあえず、手近にあった扉を開き、勢いよくそこへ飛び込んでみた。
 もうほとんど、投げやりになっていたかもしれないけれど。
 だって、飛び込んだその部屋でも、またポルターガイストが起こるかもしれないじゃない?
 でも、もう背に腹はかえられない。
 とにかく、逃げ込むが勝ちっ!
 そうして、飛び込んでみると……足元には、地面がなかった。
 と思った瞬間には、すでに遅かった。
 五、六段ほど、階段を落ちたような感覚に襲われる。
 同時に、おしりがずきずきと痛む。
 ……ううっ。うっちゃったじゃない。
 とりあえず、さすっておこうっと。
 痛くて、今すぐには起き上がれそうもないし……。
 そういえば、なんだか、今しりもちをついているここ、ひんやりとしているような?
 床の感触は、ごつごつとした、石をはめ込んだようなものだし……。
 ……ここ、どこ……?
 ううん。でも、なんだか、これって、記憶にあるような気もするのよね……。
 っていうか、もう本当、踏んだり蹴ったりよ。
 何がどうなっちゃっているわけー?
 もう、いや。こんなのっ!
 そうして、とにかく起き上がろうと、がさごそと床をはいずりまわる。
 すると、指先に、つんとかたいものがあたった。
 それに一瞬びくっと体を震わせたけれど、もうちょっとだけ手をのばし、触れてみる。
 ……あ。この感触は、懐中電灯!?
 や、やったー。
 ――この際、どうしてここに懐中電灯が都合よくあるかなんて、考えないわ――
 これで、少しはましになるわ。
 お帰りなさい。明かりさーん!
 今、この時ほど、あなたを愛しいと思ったことはありませんっ。
 そうして、見つけた懐中電灯さんに感謝をおしみなく捧げつつ、スイッチオンっ!
 どうやら、電球は真正面を向いていたらしく、同時に目の前がぱっと明るくなる。
 そして、ここはどこなのか確認するために、ゆっくりと顔をあげていくと……。
 そこには、まぶしそうに目を細める人々の姿が。何故だか。
 しかも、それ。いやというほど見慣れている。
 だって、夏樹でしょう。由布でしょう。久能さんに桐平さん。そして、その他使用人のみなさん……。

 ……ぷつんっ。

 そんな、はりつめた糸が切れたような音がした。
 もしくは、パズルの最後のピースがはまった音?
 ――否。理性が切れた音。
「な、な、何なのよー! みんなして、わたしをからかって遊んでいたのね! みんなみんな、大嫌い!」
 直後、導かれた答えが、それ。
 そうよ。この人たち、みんなそろって、わたしで遊んでいたのねー!
 いくら今日がハロウィンだからって、これはたちが悪すぎるわっ!
 いたずらの域をこえているわよ!
 見てよ。この人たち!
 とうとうわたしにばれちゃって、ちょっとばつが悪そうに振る舞っているけれど……その顔! その顔が、とっても楽しそうににやにや笑っているわよー!
 「ようやく気づいたの? 鈍いね」なんて目を細めて。
 もう、信じられないっ。
 みんなみんな、大っ嫌いよー!
 その勢いのまま、すぐ横にあったビンのようなものをつかみあげていた。
 とにかく腹立たしいから、それでも放り投げてやろうと。
 ……そう思ったのに、すぽんというまるで栓が抜けるような音がして、なんかいい香りがただよってきて……。
 思わず、やけ食いならぬ、やけ飲みをしていた。
 ――きっと、さっきもちあげた時に、棚か何かの角にあたり、すぽんとぬけちゃったのね。栓が――
 しかも、一気飲みしちゃったわよ。
 あまりにも腹立たしいから。
 ……でも、待って……。
 なんだかこれって、やけに渋いジュースねえ……。
 フルーティーな香りがしたから、ジュースだと思うのだけれど?
 そうして首をかしげていると、目の前で、夏樹たちが不穏な動きをはじめる。
「な、夏樹……。ここって、そして、あれってたしか……」
 頬をひきつらせながら、由布がくいっと夏樹の横腹を肘でつつく。
 すると夏樹も、ひくひくとひきつり笑いを見せつつ、ゆっくりと答える。
「ああ。ここはワインセラーで、そしてあれは、ぼくの秘蔵ワイン……」
 瞬間、この場に、息をのむような音が響き渡ったような気がする。
 でもなんだか、それも本当かどうか、よくわからないのだけれど。
 だって、なんだか、気分がふわふわしているから。
 それに、夏樹たち、何を話しているの?
 やっぱり、よくわからないのだけれど……。
 っていうか、嗚呼。もう、駄目。
 なんだか、頭がぼうっとして、体がふらふらする……。

 ……。

「緊急事態発生! 緊急事態発生!」
「全員、退避ーっ!!」
 そんな夏樹と由布の叫び声が聞こえたかと思うと、その場にいた全員、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 そんな夏樹たちを、わたしは、ただぼんやりとした頭で見送っていた。
 それにしても、このジュース。
 本当、おいしくないわねっ。
 ……ムカつく。
 そう思ったと同時に、停電は解消された。
 ぱっと、屋敷全体に明かりが戻る。


 ――翌日。
 原因不明の頭痛に悩まされた。
 そして、謎なことがもう一つ。
 何故だかみんな、やつれていた。
 中には、ぼろぼろになった人までいる。
 その最たるものが、夏樹だったりするから……不思議。
 一体、何があったのかしら?
 ……そういえば、わたし、昨夜の記憶、まったくないのよね。


いたずらキス おわり

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update:05/10/30