カウントダウンキス
(3)

 ――ふう。
 まあ、いろいろあったけれど、どうやら無事にできあがったようね。
 栗きんとん。……もとい、復讐きんとん。
 けっこう手がかかったわよ。
 これだけ手をかけたのだから、何がなんでも成功してもらわないと困るわ。
 まあ、成功しないわけがないのだけれど。
 だって、わたしがおねがい≠キれば、夏樹はどんなものだって食べるもの。
 うふふー。これを食べた時の夏樹を想像すると、なんて楽しくなってくるのかしら。
 んーん。いい気味っ。
 すでに里芋をひとつつまみ食いし、そして桐平さんがお重につめていく伊達巻をひとつ失敬する。
 それをぱくりと口にくわえた時だった。
 何やら、玄関ホールの方がざわついている。
 そうかと思うと、同じように伊達巻をつまみ食いしていた久能さんは、一気にごくんと飲み込み、そのまま猛スピードで厨房をかけ出て行った。
 ……うーわー。いつもながら、すごいパワーね、バイタリティーね、あのバトラーさん。
 そして、いくらもしないうちに、再び厨房の扉が開けられた。
 すると、やわらかく微笑む夏樹が、まっすぐにわたしを見つめ、満面の笑みを浮かべていた。
 遠くの方で、除夜の鐘が聞こえる。
 思わず、持っていた食べかけの伊達巻を、ぽろりと手から落としていた。
 だ、だって、それは卑怯よ、夏樹。
 思わず、見とれそうになっちゃったじゃない。
 どうしてそんなに、ただわたしを見ただけで、幸せそうにこぼれんばかりの笑みを浮かべるの?
 そりゃあ、今日一日まったり二人で過ごす予定を打ち砕かれて、ようやく望み通りになりそうだからっていっても……。
 慌てて、落とした伊達巻を拾い、ぱくりと口に放り込む。
 落としたといっても、器の上だから問題ない。
 あまりにも急いだためか、むせてしまった。
 きいっ。悔しい。茗子さまとあろう者が、なんて失態なのかしら。
 むせるわたしを見て、夏樹は慌てて駆け寄ってくる。
 それから、「大丈夫?」と心配そうにわたしの顔をのぞきこみながら、優しく背をなでる。
 くーっ。悔しい。
 ぐいっと夏樹を引き離しながら、ぎろりとにらみつける。
 すると、そんな夏樹に、ある意味とっても優秀なバトラーが、こそっと耳打ちしていた。
 夏樹はぱっと顔をはなやがせ、やっぱりあまい笑みを浮かべる。
「へえ。これ、茗子も一緒に作ったのだね。すごいね」
 嬉しそうに、感心したように、うんうんと首を縦に振る。
 ねえ、それって、どういう意味?
 もしかしてもしかしなくても、見た目だけは立派、おいしそうに見える≠ニでも言いたいわけ?
 そりゃあ、これまでは、味だけじゃなく見た目も、難ありだったけれど。
「それ、どういう意味でのすごい……?」
「え? い、いや、その……っ」
 じいとにらみつけつぶやくと、夏樹はあからさまに動揺した。
 ……くっ。やっぱりじゃない。やっぱり、わたしの料理は壊滅的って言いたいのじゃない。
 まあ、悔しいけれど、はずれてはいないというところは認めてあげるわ。
「まったく、これは大丈夫よ。桐平さんの監修のもと作ったのだから。……というか、ほとんど桐平さんが作ったのよ」
 執拗に背をさすろうとする、あまつさえ、そのまま抱き寄せようとする夏樹の胸をぐいぐい押し、不服をアピール。
 そんなことを言われた後で、この茗子さまが、素直に抱きしめさせてやるとでも思っているの?
 あまいわね、夏樹。
 茗子さまは、自他共に認める――ええ、もう認めてあげるわよ――天邪鬼なのよ。
 それに、こう言っておけば、夏樹は安心するでしょう?
 この後の作戦のためにも、今は安心させておかなければいけないものね。
 ふふ。茗子さまって本当、おりこうさんね。
「でもね、これ。この栗きんとんはわたしが作ったのよ」
「え……?」
 栗きんとんをたっぷり盛った器を両手で持ち上げ、夏樹の胸の前についっと差し出す。
 もちろん、同時に、首をくいっとかしげて、じいっと夏樹を見つめることを忘れない。
 夏樹は驚いたように目を見開き、口のはしをほわりとゆるめた。
「大変だったのだからね。裏ごしするの」
 ぷうっとちょっぴり頬をふくらませ、そう訴えると、夏樹はとうとうわたしを抱き寄せた。
 その胸の中に抱きしめながら、幸せそうに目を細める。
「それじゃあ、これには、茗子の愛情がたっぷり込められているということだね」
 つんと、両手に持つ器を夏樹は指ではじく。
 思わず、ぎょっと夏樹を見つめてしまった。
「あ、愛情って……!? それはまあ、おいておいて、とにかく食べて。夏樹に食べて欲しくて作ったのだから」
 そして、夏樹の胸の中から、手に持つ器を夏樹の視線の高さまでついっと持ち上げる。
 すると夏樹は、わたしの手からその器を奪い取り、横の台の上にことりと置いた。
 ふわりと、その大きな手でわたしの頬を包み込む。
 もう一方の手は、がっちり腰にまわされている。
 ……まったく。すきをみせると、これなのだから。
「栗きんとんの意味は、たしか……」
 ふと気づいたように、夏樹は小さく首をかしげつぶやく。
「ああ、そういえば、桐平さんが言っていたわね。おせちには、ひとつひとつ意味があるって。それで、栗きんとんは何?」
「聞いていないの?」
「うん。だって、興味ないし、聞く必要もないから」
 不思議そうに見つめる夏樹に、わたしはけろりと答える。
 すると夏樹は、どこか残念そうに眉尻を下げる。
 思わず、にやりと笑ってしまいそうになったけれど、そこは我慢してこらえる。
 ……だって、嘘だもの。
 ちゃんと覚えているわよ。
 栗きんとんは、金運を招く、よね?
 でも、本当に、そんなのは興味ないし、意味もないのよ。わたしにとっては。
 栗きんとんが意味を持つのは、その味、甘さだけなの。わたしにとっては。
 だって、これほど好都合な復讐おせちってないもの。
 どんなにお砂糖たっぷりでも、誤魔化せるもの。ねりねりしちゃえば。
 だからね、復讐が成功した時のことを想像して、思わずにやけそうになってしまったの。
 そして、復讐のためなら、さらりと嘘もつけちゃうわ。
 むしろ、夏樹に嘘をついたって、全然心は痛まないわ。こういう点においてだけは。
 意外だったのか、わたしのさらっとした返答に夏樹は首をかしげる。
 ぽてりと夏樹の胸に頭をもたれかけ、そこからちょっぴりすねたように見上げる。
「だって、わたしじゃあ、どう頑張ってもひとつやふたつしか手伝えないでしょう? だから、わたしも好きな栗きんとんに全力をかたむけてみたの」
「あはは、茗子らしいね」
 夏樹はとろんと甘い微笑を浮かべ、わたしの腰を抱く腕にちょっぴり力をこめた。
 ――よーし。思い通り。
 ふふふ。これも、作戦のひとつよ。
 夏樹を油断させるためのね!
 夏樹に復讐するためなら、わたし、どんなことだってできちゃうわ。
 そう、夏樹に甘えるふりをすることだってね!
 もう少しだけ夏樹に身をすり寄せて、胸の辺りのシャツをきゅっとつかむ。
 ちょっぴり瞳もうるませたりなんかして、やっぱりじいと訴えるように夏樹を見つめる。
 追い討ちは、猫なで声でおねだりよ!
「ねえ、だから、食べて? 夏樹……」
「ああ、うん。それじゃあ、いただきます」
 夏樹は大きくうなずくと、器の中から栗きんとんをひとつまみした。
 それを、ゆっくり口へ運んでいく。
 その様子を、夏樹の腕の中から、目をきらきら輝かせ、わくわく胸を躍らせ見つめる。
 そして、栗きんとんをとうとう口に入れた瞬間、夏樹はぐっとのどをならし、目を見開いた。
 じわじわと、額に脂汗がにじんでくる。
 色を失った顔で、目を白黒させ、恨めしそうにちらりとわたしに視線を向けた。
 瞬間、どんと夏樹の胸を押し、その腕の中から飛び出る。
「やったー! みたか、復讐おせち!」
 びしっと夏樹を指差し、高らかに言い放つ。
 んー。なんて、清々しい瞬間なのかしら。
 夏樹が苦しむ姿ほど、愉快なものはないわー。
 とりわけ、わたしの復讐手料理を食べて苦しむ姿は、最高よ!
 だって、どんな時だって冷静を貫き通す夏樹が、わたしのためだけにうろたえるのよ? 苦しむのよ?
 こんなに嬉しいことってないわ。
 そう、夏樹は、わたしだけにいたずらされていればいいのよ。他の人にいじめられちゃあ、絶対に駄目。
 夏樹は、わたしだけに、一喜一憂していればいいの。


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update:08/01/01