カウントダウンキス
(4)

 からからと喜びに笑うわたしから少し離れたそこで、久能さんと桐平さんというとっても不愉快な使用人コンビが、ぼそぼそと何かをつぶやき合っていた。
「あーあ。まったく、本当に成長されないのだから」
「栗きんとんをすすめられた時点で、夏樹さまも気づけばいいものを」
「学習能力がないというか何というか……。どちらも」
 微苦笑を浮かべ、けれど優しい目をして、そう言い合う。
 まったく、失礼しちゃうわね。
 聞こえているわよ。
 こそこそ話しているふりをして、聞こえよがしに言っているんだもん。
 でもね、今の茗子さまは寛大なの。
 それくらいの憎まれ口、容赦してあげるわ。
 だって、この喜びの前には、そんなことは、ほんの些末なことになっちゃうもの。
 でも、たしかに、夏樹って、実は案外にぶいとか?
 普通、そろそろ気づく頃よね?
 わたしがあえて、夏樹のためにつくり、夏樹に食べて欲しいなんて言うのだから、明らかじゃない。
 それが、人知を越えた甘さに仕上がっていることなど。
 甘いものが苦手な夏樹のためだけに、特別に作った激甘栗きんとん。
 本当、夏樹って、するどそうにみえて、肝心なところでにぶいわよねー。
 ……ううん。わたしは、ちゃんと知っている。
 これは、わざとだって。夏樹の優しさだって。
 気づいていて、あえて気づかないふりをして、わたしの罠にかかってくれるの。
 それとも、たとえ復讐だとしても、わたしが夏樹のために何かするというその行為が、夏樹は嬉しいのかな?
 ……なんだかいつも、そういうふうなことを言っているもの。
 もう、仕様がないなあ。それじゃあ、これからも、どんどん復讐してあげるわ。
 とうとうたえられなくなったのか、夏樹はごほごほむせながら、桐平さんが差し出すお茶を受け取り、ぐいっと飲む。
 そして、ほうとひと息つくと、たしなめるようにわたしを見つめてきた。
「茗子はまたー。もう復讐だとかそういうのはやめにしようよ」
「やだ。だって、夏樹がうろたえる様って、ざまーみろという感じで楽しいんだもん」
「ああ、もう、茗子はー!」
 脱力したようにそう言い放ちながら、夏樹はまたぐいっとわたしを抱き寄せる。
 それは、こっちの台詞よ。
 ああ、もう、夏樹はー、どうしてそうしてすぐにわたしを抱きしめたがるの?
 ……まあ、今さらだから、別にいいけれど。
 やっぱり、楽しいじゃない。
 何度激甘料理をだしていたずらしたって、夏樹はまったく怒ったりしないもの。
 怒らないってわかっているから、安心して、どんどん復讐できちゃう。
 むしろ、それは、夏樹も望んでいるようだしね。
 でも、夏樹はどうして、激甘復讐と気づいていて、あえて食べてくれるのだろう? いつも。
 嬉しいのはわかるけれど、わたしのおねだりにさからえないのはわかるけれど、それにしたって、……ねえ?
 夏樹にお茶を差し出した後、桐平さんはお重におせちをつめる作業のつづきをはじめていた。
 今ちょうどつめているのは、里芋みたいね。
 あの里芋、口に入れるととろんととろけて、ほんのり甘みが広がって、文句なしにおいしかったのよねー。
「あ、そういえば、この里芋、おいしそうにできているね? 茗子、好きだよね? ほら、味見味見」
 ふと気づいたように、夏樹はわたしの視線の先に目を向け、そう言った。
 るんるんとした様子で、桐平さんから菜ばしを奪い取り、小ぶりの里芋をつかむとわたしの口元へついっともってきた。
「え? うん。さっき、ひとつすでに食べちゃっているのだけれど……もう一個くらいいいよね」
 やっぱり、口元までもってこられては、いくら茗子さまといえど、我慢なんてできないわ。
 それに、この里芋の味を知ってしまっているから、よけいに我慢なんてできない。
 本当に、わたし好みの味に仕上がっているもの。
 あーんと口をあけ、ぱくりと里芋をほおばる。
 そしてもちろん、おいしくもぐもぐといただいちゃう。
 うん。やっぱり、とろんととろけて、ほどよい甘さ。
 思わず、顔がほわほわとほころんじゃうじゃない。
「おいしい?」
 菜ばしを桐平さんにおしつけると、夏樹は両腕でわたしをつつみこみ、そう問いかけてくる。
 思わず、こくりとうなずいてしまった。
 すると夏樹は、くすくす笑いだす。やっぱりね、と。
 つまりは、こう言いたいのね。
 わたしの目がさっきから、食べたい食べたい、もう一個食べたいって、お重につめられていく里芋をちらちらと見ていたからって。
 まったく、失礼しちゃう。人をくいしんぼうみたいに言ってさ。
 でもね、これは、桐平さんがいけないのよ。
 わたしにつまみぐいをさせちゃうほど、しっかり味覚を心得ているんだもん。
 伊達にこの鳳凰院……狩野家の料理人をしていない、ということ?
 それにしても、本当、夏樹って、つくづくわたしのストーカーよねえ。
 だって、言っていないはずなのに、わたしが里芋を好きなこと、知っていたんだもん。
 一体、どこまでわたしのことを知っているの?
 ……ああ、そうね。もしかしなくても、全部?
 んもー。夏樹ってば、おばか。
 また、ぽてんと、夏樹の胸にもたれかかる。
 今度は、頭だけじゃなく、体全部で。
 なんだかわからないけれど、今は、こうして夏樹に触れていたい気分なのよ。
 だから、仕方ないじゃないっ。
「そういえば、茗子。里芋の意味は知っている?」
 いきなり話を戻されて、わたしは思わずきょとんと夏樹を見てしまった。
 けれど、気づけば、素直に夏樹の胸の中でふるふると首を振っていた。
 夏樹は満足げに微笑を浮かべる。
 ……え?
 ふと脳裏に嫌な予感がよぎる。
「……あれ? でも待って。さっき、桐平さんが言っていたような気も……って、ええー!?」
 ぎょっと目を見開き、ぱくぱく口を動かす。
 あまりの事実に、衝撃に、声もでなくなってしまったわよ。
 だ、だ、だってだってだって、そ、それは……っ。
 さあと、顔から血の気がひいていく。
 ――くっ。わかったわよ。わかってしまったわよ。
 夏樹が、復讐と気づいていて、あえて食べるその理由。
 つまりは、こういうことだったのね!
 夏樹もまた、夏樹なりの復讐の復讐≠フチャンスをうかがっていたということね!
 きいっ。悔しい。
 これも、なんだか毎回、繰り返されているような気がする。
 認めたくないけれど、これは、夏樹がさりげなくはった罠。復讐の復讐だったのね!
 その裏に、夏樹がいうところの、愛情表現、いや、ただののろけ?なんていう意味がたっぷりこめられた。
 きいっ。悔しいー!!
 腕の中でおろおろするわたしに、夏樹はとっておきの笑顔を降り注ぐ。
 こくりと、嬉しそうに大きくうなずく。
「うん。子孫繁栄」
 瞬間、わたしの思考は停止した。
 ぴたりと動きをとめ、体をかちんとかため、警戒態勢にはいったわたしになんてかまわず、夏樹はにこにこ微笑む。
「知らなかったなー。茗子もそのつもりなのじゃないか。いつものはきっと、嬉しさの裏返しかな? 恥ずかしいからかな? それじゃあ、希望にこたえて、今夜は……」
「ち、ちがっ。こ、これは、夏樹が……っ」
「問答無用っ」
 幸せいっぱいにそう言い放つと、夏樹はそのままひょいっとわたしを抱えあげ、お姫様だっこ。
 そして、どこから取り出したのか、ひらひらと白いハンカチを振るとってもムカつく使用人コンビを尻目に、夏樹はスキップまじりに厨房を去っていく。
 ひらひらとハンカチを振りながら、腹立たしいことに、使用人コンビは顔を寄せ合い、にたにた笑っていた。
 それを見てしまったものだから、ぶちりとわたしの中の何かが切れた。
「こんの卑怯者ー! 二人そろって、この悪魔にわたしを売り渡す気ね! 大っ嫌い!!」
 そう、常套句を力いっぱい叫ぶわたしになんてかまわず、夏樹がうきうきと廊下へ足を踏みだした時だった。
「茗子、往生際が悪いよ。今夜は甘い夜にしようね」
 耳に甘い甘い吐息をふきかけながら、ぽつりと、わたしにしか聞こえない小さな声で、夏樹はささやいた。
 わたしの唇を、優しくかすめとっていく。
 刹那、再びぴたりと、わたしの動きも思考もとまってしまった。
 だって、今日の、今の夏樹、いつになく強気なんだもん。
 ……なんだか今度こそ、とっても嫌な予感がする。
 もしかしてもしかしなくても、わたし、とうとう……?
 明日の元旦は、そうなるの?
 お昼過ぎまで、夏樹が言うところの愛の巣から出してもらえないとか?
 ううん、下手をすれば、……一日中?
 その最悪でとってもありそうなことを想像してしまったものだから、わたしの思考は完全に灰と化してしまった。
 これ以上考えることを、力の限り、拒否。
 嗚呼、年明け早々、なんて不幸なのかしら、わたしって。
 だってほら、この瞬間、ちょうど年がかわったから。
 除夜の鐘が、遠くの方で、わたしを哀れむように、ゴーンとひとつその音を響かせる。
 そうして、運命の瞬間までのカウントダウンがはじまった。


カウントダウンキス おわり

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update:08/01/01