恋のリベンジはおあずけ
だって好きなんだもん

 結局、由布くんも加わって、三人でデートということになった。
 まあ、半分以上、わたしがごり押しした……と言えないこともないけれど。
 茗子ちゃんとの二人きりのデートは捨て難い。だけど……ごめんね。女の友情というものは、好きな男の子の前では、無に等しいもの。もろくも壊れちゃうもの。それが世の常だと思うわ。
 せっかく由布くんと久しぶりに会ったのだから、このチャンス、逃したくない。
 もっともっといっぱい、由布くんと一緒にいたいんだ。
 たとえ、その目にわたしが映っていなくても、わたしの目の前で他の女性を見つめていても、それでもわたしは……あなたと一緒にいたいの、由布くん。
 だから、許してね、茗子ちゃん。
 二人きりのデートは、勝手にキャンセルさせてもらうわ。
 ごめんね、わたし、茗子ちゃんより由布くんをとっちゃう。
 でも、茗子ちゃんなら、たった一人のために自分の人生すら捧げた茗子ちゃんなら、わたしのこの気持ち、わかってくれるよね? 誰かを狂おしいまでに愛しいと感じる、この気持ち。
 どさくさにまぎれて、つかんだままになっている由布くんの手をぐいぐいひきながら、茗子ちゃんとの約束の場所、公園の時計塔へ歩いていく。
 そして、もうすぐそこに公園の入り口が見えた時だった。
 なんだか、にぎやかな音が耳に飛び込んできた。
 見ると、通りがかったそのすぐ横に、ゲームセンターがある。
 思わず、ぴたりと足をとめていた。
「ん? あかりちゃん、あのぬいぐるみが欲しいの?」
 急に立ち止まったわたしにつられるように、由布くんも足をとめる。
 そして、ふと何かに気づいたように、くすりと声をもらす。
 由布くんが指差す先には、クレーンゲームのケースの中でちょこんと座るピンクのうさぎのぬいぐるみ。
 そのまんまるおめめから、なんだか目がはなせない。
 まるで、わたしにすがっているように見える。
 わたし以外にはとられたくない。わたし以外にはお持ち帰りされたくない。わたし以外にはご主人様になってほしくない。そのつぶらな瞳が、そう言っているように見える。
 これはもう、あれだよね。一目惚れというもの? こんなに心ひかれちゃうということは。
 じーっとクレーンゲームを見つめてしまっていたことに気づき、慌ててぱっと視線をはずす。
 そして、へらっと愛想笑いを浮かべる。
「う? う、ううん、別に……。かわいいなって思っただけで……」
 だ、だって、この年になって、ぬいぐるみが欲しいなんて、ぬいぐるみに惹かれるなんて、なんだか恥ずかしいもん。
 由布くんに、こどもっぽいって思われたくない。
 ただでさえ、普段から、由布くんにはこども扱いをされているのに、これ以上こどもって思われたくない。
 わたしだって、ちゃんと大人なんだよ?
 由布くんが好きな彼女と同じ年の、大人……。
 そ、そりゃあ、彼女よりは、こどもっぽく見えるかもしれないけれど、でもね、わたしは……。
 無理だってわかっているけれど、そろそろ一人の大人の女性としてみて欲しいなあ。友達の妹とかじゃなく。はかない望みだけれど。
「じゃあ、とってあげるよ」
「え? 由布くん、とれるの?」
 予想もしていなかったその言葉に、思わずまじまじ由布くんを見つめてしまう。
 だ、だって、とってくれるって、それって……!?
 つまりは、由布くんが、わたしのために動いてくれるということで……。
 由布くんは、彼女のためにしか動かないと思っていた。
 ま、まあね、彼女のためにしたそれよりも全然たいしたことない、雲泥の差だけれど、でも、わたしのために由布くんが動いてくれるというそのことが、とても嬉しい。
 同時に、切なくもあるけれどね。
「うん。大学の頃、さんざん茗子にねだられて、とらされていたから」
「……そう」
 どこか切なそうに、だけど嬉しそうに、そう微笑む由布くんから、すっと視線をそらす。
 そんな顔、見たくない。
 まだ、彼女のことが好きといっているそんな顔……。
 思い出にすがって、それなのに、幸せそうで苦しそうなそんな顔。
 由布くんの思いが、痛いほど伝わってくる。
 わかっていることだけれど、でも、わりきれないの。まだ。
 ううん、わりきりたくなんてない。わりきってしまったら、きっとわたしの恋はおしまいだと思うから。
 わたしは、おしまいになんてしたくないの。これからはじめたいの。
 だから、そのためなら、わたし、頑張る。
 だって、好きなんだもん。由布くんが好きなんだもん。
 気づけば、きゅっと唇をかんでいた。
 わたしの横では、ちゃりんとコインを入れて、クレーンを操作する由布くんがいる。
 うきうきと目を輝かせて楽しそう。
 これは、純粋にクレーンゲームを楽しんでいるな。
 なんだか、こどもっぽい。
 そうか、そうなんだ。由布くんにも、こういうところがあったんだ。
 優しいだけの男と思っていた。だけど、その優しさは、つくられたもの。上辺だけのものともわかっていた。
 だから、興味なんてなかったんだ。むしろ、あまりかかわりたくなかった。お兄ちゃんの友達じゃなければ。
 でも、知ってしまったから。見てしまったから。
 大切な人たちのために、すべてを投げ出すその姿。
 どこまでも愚かで優しい男になる。誰よりも強い男性に見えた。
 一瞬だったよ。
 あの瞬間、由布くんは、わたしの中でいちばんになった。
 クレーンゲームをする由布くん、とっても楽しそう。
 だけど、それは、何を思って?
 まだ、あの男性のものになる前の彼女との時間でも思い出しているの? 楽しかった日々の思い出にひたり、偽りの幸せを感じているの?
 由布くんは、今も彼女との幸福な思い出に生きている。
 ぎゅと、胸がしめつけられる。
 偽りの幸せで誤魔化そうとしているのは、わたしじゃない。
「はい、とれたよ」
 一人、いろいろ考えていると、ふわりとやわらかいものが、わたしの頭にぽふんとおしつけられた。
 目の前が、ピンク色にそまっている。
 これって……さっきの、ピンク色のうさぎの耳?
 もしかして、この短い間に、しかも、一度だけでとっちゃったの?
 ピンクうさぎが、さかさまになって、わたしの頭にのっている。
 ゆ、由布くん、恐るべし。
 実は、隠れた才能があったのね。
 わたしだったら、きっと、何十回してようやくとれると思うんだ。ううん、もしかしたら、何十回してもとれないかもしれない。
 そしてやっぱり、かつて茗子ちゃんのために……というあの言葉は、嘘じゃないとつきつけられる。
「わあ、ありがとう、由布くん。大切にするね」
 頭にのっかるピンクうさぎを両手で受けとり、胸の前でぎゅっと抱きしめる。
 そして、そこに、ぽすっと顔をうずめる。
 だって、嬉しいから。
 由布くんが、わたしのためにとってくれたから。わたしのためというのが嬉しい。
 たとえ、わたしを通して違う女性を見ていたって、それでもこの瞬間は嬉しい。
 喜ぶわたしに、由布くんは満足そうににっこり笑っている。
 けれど、その目はわたしを見ていない。
 ――そうか、やっぱりそうだよね。気づいちゃったよ。
 由布くん、きっと、わたしに彼女のことを重ねているんだね。
 それほどまでに、まだ彼女のことを……。
 切ない。切なすぎるよ。
 わたしの気持ち、由布くん、知っているはずなのに。
 半年前のあの日言ったあの言葉は、わたし、本気だったのに。
「でも、そんな安物でいいの? あかりちゃんなら、もっと……」
「ううん、これがいいの」
 由布くんは、首をかしげ確認するように問いかける。
 わたしは、きゅうとうさぎのぬいぐるみを抱きしめ、ふるふる首を横に振る。
 由布くん、わかっていないよ。
 わたしには、どんな高価なものより、これがいちばんの宝物になる。
 好きな人がわたしのために、というその事実が、いちばん嬉しいんだよ。
「そう? 変なの。天下の金郷家のご令嬢ともあろうあかりちゃんがね」
「そんなの関係ないもん。わたしは、わたしが好きって思ったものは好きなんだもん」
「あはは。なに? その理屈。でも、あかりちゃんらしくていいね」
 何がそんなにおかしいのか、由布くんはお腹をかかえて笑い出す。
 わたしは、本当のことしか言っていないんだよ。
 どんなに高価なものだって、好きって思えなければ、ただのガラクタ。不用品。
 でも、どんな安価なものだって、好きって思えば、その瞬間からわたしの宝物になる。
 だからね、わたしが好きって思った由布くんも好きなんだよ。
 今は、まだ言わないけれどね。
 由布くんを困らせるだけだってわかっているから。
 由布くんの気持ちは、まだまだあっちを向いたまま。
 ねばり強くいくつもり。
 なかなか落ちない城壁の方が、落としがいがあるというものでしょう?
 ……あ、でも、ほどほどに、お手柔らかにしてほしいかも? こういうのは。やっぱり、辛いものね。くじけそうになっちゃうものね。
 それでも、絶対いつかは落としてみせるわ。
 だって、好きなんだもん。
 あかりちゃんは、ヘビよりもすっぽんよりもとりもちよりもしつこいんだもん。
 でも、今は由布くんの気持ちを優先してあげる。
 だから、リベンジはもう少しおあずけ。


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update:10/06/29