愛されたいんだぞ
だって好きなんだもん

「茗子ちゃん、お待たせー!」
 約束の場所、公園の噴水前で待つ茗子ちゃんの目の前に、うさぎのぬいぐるみをにゅるっとだし、ごあいさつ。
 うさぎさんが邪魔になって、茗子ちゃんからはきっとわたしは見えていない。まるでうさぎさんがしゃべっているみたい。
 うさぎさんからのあいさつって、なんだかわくわくするでしょう?
「あ、あかりちゃん。――ぬいぐるみ? かわいいね」
 どうやら、このごあいさつは茗子ちゃんも気に入ってくれたよう。
 うさぎさんのおでこをつんとつつき、くすくす笑う。
「でしょー? 由布くんにクレーンゲームでとってもらったんだ」
 うさぎさんを引き戻し、胸にぎゅうと抱きしめ、頬をすりすりする。
 クレーンゲームのうさぎさんなだけあり、手触りはいまいちだけれど、それでもわたしにはベルベットの感触に思える。
 どんな手触りのいい高級品にだって勝てないほど、愛おしい。
「由布に?」
 茗子ちゃんは怪訝に眉根を寄せ、聞き返してくる。
 そして、わたしのすぐ後ろに由布くんの姿を見つけ、納得したようにうなずいた。
「うん、そこでたまたま会って、ナンパしちゃった。由布くんも一緒していいよね?」
 探るように茗子ちゃんを見る。
 すると茗子ちゃんは、一瞬ためらうように考えた後、にっこり笑ってうなずいた。
「別にいいわよ」
「やったね!」
 わたしはうさぎさんと一緒に、ガッツポーズをして見せる。
 きっと、茗子ちゃんにも思うところがいろいろあるのだろう。
 そして、そのいろいろを考え、こうすることがいちばんだと判断したのだろう。
 茗子ちゃんは、由布くんの思いは今も変わらないって、多分気づいている。
 けれど、冷たくつき放すことはできない。避けることもできない。
 何事もないふうに装うのが、きっといちばんいい。
 いろいろなことを考え、これが最善と判断したのだろう。
 その判断に、わたしは喜ばせてもらえるけれど。
 由布くんと茗子ちゃんの事情が複雑なことを知っていても、わたしはどうしたって由布くんと一緒にいるという幸せをあきらめることはできない。
 どちらかを選ばなければならないとなったら、……ごめん、茗子ちゃん、わたし、きっと由布くんを選んじゃう。
 いちばんの友達の茗子ちゃんを失うことは鳥が片翼をもがれるほどの痛手だけれど、由布くんをあきらめることはわたしにとっては生きることをあきらめることと同じだから。
 どこか困ったふうに笑う茗子ちゃんが、うさぎさんのおでこをまたつんつんつついた。
「……茗子ちゃんも、ほしかった?」
 ちろりと上目遣いで確認するように見る。
 すると茗子ちゃんは首をかしげて、ふるふる横に振る。
「え? ううん。だって、夏樹以外の人からものをもらったってばれたら、どうせ捨てられちゃうしね。それに、それだけですまないし……」
「だと思った」
 がっくりたれる茗子ちゃんの肩を、同情いっぱいこめて、由布くんがぽんとたたく。
 すると茗子ちゃんは、にやっと意地悪く笑った。
「さっすが、由布! わかっているじゃない!」
 それから、楽しそうにくすくす笑いながら、由布くんの胸をぽんぽんたたく。
 由布くんはされるがまま、どこか辛そうに茗子ちゃんを見つめている。
 その目は楽しむ茗子ちゃんの姿を優しく映し、けれど悲しくゆらめいている。
 茗子ちゃんとそうして冗談を言い合うことを楽しみつつ、けれど同時に、それが由布くんを苦しめている。
 幸せなひと時のはずなのに、地獄の業火で焼かれるような痛みを伴う。
 その姿を見るだけで、わたしの胸も同時に壊れそうなほどいたむ。
 ……いたたまれない。
 夏樹さんは、とってもやきもちやき。
 そんな夏樹さんのやきもちを、茗子ちゃんは嫌そうなふりをして、実はとっても喜んでいることを知っている。
 茗子ちゃんは天邪鬼だから、夏樹さんに素直になれないでいるだけ。
 何やかやと言いつつ、本当は二人はとってもお似合いで、惹かれあい、強い絆で結ばれている。
 だからきっと、由布くんも、二人の間に割り込もうなんて考えず、ただ静かに見守っているのだろう。
 それは、二人の幸せのためではなく、茗子ちゃんの幸せのために。
 一見、茗子ちゃんがとっても嫌がっているように見えるけれど、本当は違うって、いちばん近くで二人を見てきた由布くんだからこそ、やっぱりいちばんよくわかっているのだろう。
 どんなことをしたって、無駄だって。どんなことをしたって、茗子ちゃんは由布くんのものになることはないって……。
 なんだか、切ないね。
 それは同時に、わたしにも言えることかもしれない。
 どんなに頑張ったって、由布くんは……。
 でも、わたしは諦める気はない。
 だって、好きなんだもん。
「ねえねえ、茗子ちゃん。来る途中にね、かわいいカフェを見つけたんだ。今日はそこでお茶しない?」
「いいね、じゃあ、今日はそこにしちゃおうか!」
「うんっ」
 茗子ちゃんの腕を引き、ねだるように見る。
 すると茗子ちゃんは、けらけら笑うのをやめ、にっこり笑った。
 近頃の茗子ちゃんは、どんどん綺麗になってきた。綺麗になってきたというか、色気を帯びてきたというか……。
 少し前までは感じなかったのに、最近は、なんだか置いてけぼりをくらっているような気になる。
 わたしは、まだまだこどもっぽいままだから。
 やっぱり、人妻になっちゃうと、妖艶さがでてくるってことなのかなあ?
 いやまあ、茗子ちゃんの場合は、妖艶とはまた違う気もするけれど。
 でも、こうまぶしいくらいの幸せオーラは、今のわたしにはちょっと辛いかもね。
 本当に、夏樹さんに愛されているんだなあと思えるから、なんだか悔しい。
 わたしだって、幸せになりたいんだぞー。愛されたいんだぞー。
 だけど、その愛されたい人には愛されないって、わかっているから、だから……。
「夏樹と一緒だと、訳がわからないところばかり連れていかれるから疲れるのよねえ。やっぱりいいよね、女同士街中のカフェでお茶って」
 ぷんぷん憤りながら、茗子ちゃんはそう言ってわたしに目配せしてくる。
 それは一体、何を言おうとしているのだろう?
 わたしに気を遣っている? それとも、由布くんに?
 きっと、どちらにもだね。
 だって、茗子ちゃんは、わたしの気持ちも由布くんの気持ちも知っているから。
 いや、やっぱり、裏などなく、そのままストレートに、純粋に夏樹さんをうっとうしがっているだけ?
 ――あり得る。悲しいことに、それもおおいにあり得る。
 わたしから見ても、夏樹さんのあの茗子ちゃんラブっぷりはうっとうしすぎるから。
 茗子ちゃんと腕を組み、公園の出入り口に向かって行く。
 その後を、由布くんがやれやれといった様子でついて来る。
 由布くんって、やっぱりいいよねー。
 なんだか面倒くさそうにしつつも、ちゃんとわたしたちを見守ってくれているんだもん。
 そのさりげない優しさがいいんだ、同時に、わたしを切なくさせちゃったりもするんだけれどね。
 でも、いいの。
 いつか絶対、この切なさから解放されてやるって決めているから。
 今はまだ無理でも、いつか絶対。


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update:10/07/08