愛は勝つのだ!
だって好きなんだもん

 茗子ちゃんと腕を組んだまま公園の出入り口までやって来ると、目の前にいきなり黒塗りベンツが現れ、耳をつんざくほどのブレーキ音をとどろかせすごい勢いで停まった。
 同時に、乱暴に後部座席の扉が開けられ、中から血相を変えた男性が出てくる。
「茗子!!」
 その少し取り乱したような男性にはとっても見覚えがある。
 見覚えがあるどころか、とっさに身の危険を感じてしまったのだけれど……。
 何だろう、狼狽とともにある、その殺意のようなものは。
 だ、だ、だって、今にもとって食いそうな勢いだよ、夏樹さん!
 腕を組む茗子ちゃんの体が、思いっきりのけぞっている。
 そこへ、夏樹さんがタックル。
 わたしから茗子ちゃんを乱暴に奪い取り、そのままぎゅうと抱きしめる。
「茗子、心配したのだからね! どうしてぼくに黙って、こんなところに来るの!?」
 夏樹さんは今にも泣き出しそうに必死に、茗子ちゃんの頬に頬をすりすりする。
 その腕の中で、茗子ちゃんはげんなりしている。
 先ほど、夏樹さんが飛び出してきたその扉から、ともにやって来たのだろう、のそりとお兄ちゃんが現れた。
 そして、わたしの前にくると、申し訳なさそうに右手を顔の前で垂直に立てた。
「すまん、あかり、失敗した」
「お兄ちゃんの役立たずっ」
 どんとお兄ちゃんの胸をおし、ののしってやる。
 あーあ。これじゃあ台無しじゃない。
 夏樹さんをうまいことかどわかしてくれなくちゃあ。
 夏樹さんが現れちゃったら、茗子ちゃんとデートできないじゃない、ぶっ潰されるじゃない。
 本当、お兄ちゃんって役立たずよね。夏樹さんにはかなわないわよね。
 どうやら、由布くんはこうなることをはじめからわかっていたようで、あきれがちにこの様子を傍観している。
「そうそう、由布。――ほれ」
 わたしの攻撃をたくみにかわしつつ、疲れたようにそこに立つ由布くんに、お兄ちゃんが封筒のようなものをぽいっと放り投げた。
 それを、由布くんが難なくキャッチする。
「ん? これ、何?」
 由布くんはぺろりと封筒を一度裏返し、怪訝そうに眉根を寄せる。
「さあ? ほれ、この前のパーティーで紹介されただろう? どこぞの社長令嬢とかいうお嬢さん。その彼女が、お前に渡して欲しいって託された」
「ええー、なんか面倒だなあ」
 由布くんはあからさまに嫌そうに顔をゆがめ、指先で封筒をつまみぴらぴら振る。
 由布くんでなくたって、誰だってわかること。その封筒が意味することを。
 由布くんは、きっと本気で面倒くさがっている。
 たとえそれが、親交があるお嬢様でも、ないがしろにできないお嬢様でも、好条件のお嬢様でも、誰でも同じ反応をするだろう。
 たった一人、由布くんの心をしめるあの女性以外からならば。
 もちろん、それはわたしにも言える。
 きっと、今の由布くんには、彼女以外の好意はすべてがわずらわしいものだろう。
「そ、それって、もしかして……」
 由布くんの手でぞんざいに扱われるその封筒にぴたっと目を奪われ、わたしは上ずるようにつぶやいた。
「ああ、ラブレターってやつだろう? 最近、こういうの多いんだよな」
「多いって何!?」
 うわっ、お兄ちゃん、ずばっとラブレターとか言っちゃいますか!?
 っていうか、ラブレターって言い方古いんですけれど。いやまあ、ラブレター自体古いけれど。
 そうじゃなくて、そう、多いって何!?
 そんなの、わたし知らないよ!
 そりゃあ、由布くんがご令嬢たちの密かな人気を呼んでいるというのには気づいていないこともないけれど……。
 でも、利益を重視するご令嬢たちにとっては、由布くんはお買い得物件でもないと思うんだけれど。どちらかというと訳あり物件?
 だって、由布くんは……。
「あれ? あかり、お前気づいていなかったのか。最近、由布はお嬢様方のお気に入りだよ。夏樹が片づいてしまったからなあ」
 お兄ちゃんは、疲れたように呆れたように目を細める。
「でもでもでも、由布くんは……!」
 思わず、お兄ちゃんの胸につかみかかる。
 すると、お兄ちゃんはその手をやんわりとほどきながら、さらっと言い放った。
「それでも、だろう。――由布は由布で、最近は自身で力をつけはじめてきたし」
 そんなの知らないよ。だって、由布くんは由布くんで……。
 ちらっと由布くんを見ると、困ったように微笑んでいる。
 ――あ、やっちゃった。わたし、思わず勢いにまかせて、禁句を……。
 わたし、由布くんを傷つけちゃった!?
 絶対口に出さないようにしていたのに、どうしよう。
 だって、由布くんは、力を失った鳳凰院という触れ込みだから。それがどういうことかは、言わなくても社交界にいる者ならみんなわかっている。
 本当は、裏で夏樹さんとつるんでいるって、みんなは知らないはず。
 伴侶としては得にはならないとわかっていても、それでも、由布くん自身の価値に目をつけはじめたってこと?
 やられたっ。油断したっ。
「由布を狙っているご令嬢方はけっこういるよ」
「でも、お兄ちゃんもいるじゃない!」
 ふうとため息をもらし、お兄ちゃんはやれやれといった様子でわたしの頭をぽんとなでる。
 わたしは、その手を乱暴に振り払う。
 お兄ちゃんは、どこか楽しそうににやっと笑い、わたしの肩をぐいっと抱き寄せた。
「そうかそうか、あかりは、お兄ちゃんも買い物件だと思ってくれるのか」
「いや、全然。でも、お金に目がくらんだ女たちからは、もてもてでしょ?」
 近づけるお兄ちゃんの顔をぐいっとおしやり、ついでに突き飛ばしてやる。
「そんな、ずばっと……」
 わたしを抱き寄せていた手を手持ち無沙汰に動かしながら、お兄ちゃんはがっくり肩を落とす。
 けれど、そんなものはさっくり無視。
「でも、そうか、由布くん、狙われちゃっているのか。――盲点だったわ」
 わたしは一人思案しつつ、ぽつりつぶやいた。
「あかり?」
 すると、お兄ちゃんが不思議そうにわたしの顔をのぞき込んでくる。
 同時に、ばっと顔をあげ、由布くんへ振り返った。
 由布くんに、びしっと人差し指をつきつける。
「だけど、由布くん、安心してね。由布くんは、わたしが絶対ゲットするって決めているから!」
「はあ!?」
 いきなり振り向き叫ぶわたしに、由布くんは思いっきり目を見開き、すっとんきょうな声をあげた。
 なんだか、突然の宣言に度肝を抜かれたよう。
 別に、これがはじめてじゃないし、みんなも知っていることじゃない。
 まあ、たしかに、近頃はおさえていたけれど……。
 でも、そんなことも言っていられない。リベンジはもう少しおあずけって決めていたけれど、前言撤回。
 事情が変わったわ。
 これじゃあ、そんな悠長なことなんて言っていられない。
 うかうかのろのろなんてしていられない。
 そんなことをしていたら、ひょこっと現れたどこの馬の骨か知れない女に横取りされちゃう。
 トンビに油揚げをさらわれるのだけはごめんだわ!
 由布くんは、わたしのものにするって決めているんだから!
 ……今はまだ無理でもね。
「由布くんは、誰にもあげないんだから!」
「ちょっ、あ、あかりちゃん!?」
 詰め寄り叫ぶわたしに、由布くんはわたわた慌てる。
 顔をちょっぴり朱にそめて、きょろきょろとまわりの様子をうかがう。
 今さら遅いよ。もうしっかり、お兄ちゃんも茗子ちゃんも夏樹さんも聞いちゃっているわよ。
 それに、わたしが由布くんを好きって言ったのは、はじめてじゃないでしょう?
 駄目だよ、そんなにうろたえちゃ。もっとどっしりかまえていてくれなくちゃ。
 じゃないと、わたしのこのあふれる思い、受けとめられないぞ?
 由布くんのためにと思って、様子を見守ろうと思っていたけれど、それじゃあ駄目だわ。
 由布くんには悪いけれど、そうとなったら、どんどん攻めさせてもらう。
 もう控えめになんてかわいいことは言っていられない、どんどん攻めていかなきゃ、由布くんに気持ちが伝わらない。
 ためらっている間に、馬の骨に持って行かれちゃう。
 もう迷惑なんて考えない。押して押して押しまくってやる。
 どうせ手に入らなかったとしても、後悔だけはしたくないものね。
 わたしは由布くんが好き。それだけが今の本当なのだから。
 うろたえる由布くんの胸元とつかみ、ぐいっと引き寄せる。
「由布くんは、わたしのものにするって決めているの。だから、覚悟しておいてね」
 有無を言わせぬ勢いで、にっこり笑う。
「あかりちゃんは、またそういうことを……」
 あきれがちに、胸倉をつかむわたしの手をはなそうとする由布くんの手をさっとはらいのけ、さらにずいっと迫る。
 訴えるように、まっすぐ由布くんを見る。
「本気だよ。だってわたし、由布くんが好きなんだもん。前にも言ったよね」
「え? あ、あれって、本気……」
「本気の本気よ!」
「うわあっ……」
 突き飛ばすようにどんと由布くんの胸をおし、手をはなす。
 それからまた、答えを求めるようにじっと由布くんを見る。
 由布くんは、真っ赤になった顔を手でおさえ、よろりと一歩後退した。
 目が、あちらこちらに忙しなく泳いでいる。
 この反応、きっと、半年前、わたしのお婿さんにならないかって言ったあの言葉、全然信じていなかったみたいね。
 まあ、由布くんでなくたって、わたしだって、あれじゃあなかなか信用できないけれどねー。
 でも、ようやくあれが本気って気づいて自覚してくれたみたいだから、これはこれでいいのかな?
「ねえ、あかりちゃん、わたしたちがいるってわかっている?」
 はあと盛大にため息をもらしながら、茗子ちゃんが重そうにわたしの肩に手をおく。
 なんだか責めるような呆れたような胡乱な眼差しをわたしに向けてくる。
 ちちっ。甘いなあ、茗子ちゃん。これは、確信をもってしたことなのですよ。
 こうして証人がいれば、もうなかったことにはされないでしょう?
「もちろん。だって、愛は勝つのだ!」
「なに、その理屈っ!」
 にっこり笑って高らかに宣言すると、由布くんは嘆くように叫んだ。
 うん、そうして困るといいわ、由布くん。
 これまでは、由布くんを困らせないようにって控えていたけれど、それじゃあ駄目だってわかったから、今度はどんどんいかせてもらうわ。
 もう遠慮なんてしない、押して押して押しまくってやるんだから。
 そしていつか、根負けして、わたしのものになってね、由布くん。
 まだ茗子ちゃんのことは忘れられないだろうけれど、わたしの押しの強さでうやむやにしてあげる。
 そうして、うやむやになった気持ちは、きっといつかは薄れてなくなっちゃう。それを目指すことにする。
 由布くんの迷惑なんて、もう知らない。
 よその女に持っていかれるくらいなら、うっとうしがられた方がましだよ。


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update:10/07/17