そんな目で見ないで
だって好きなんだもん

「あかりちゃん、由布! やっと来た」
 由布くんに回収されて――納得はいかないけれど、とりあえずそういうことにしておいてあげる――お兄ちゃんがいる社長室に入るなり、そう声をかけられた。
「茗子ちゃん!!」
 応接セットのソファに座り、夏樹さんにぴっとりくっつかれ手をふる茗子ちゃんがいる。
 まるでわんこのようにごろごろすりすりしているのに、黒革のソファに座る夏樹さんから、何故だか言い知れぬ威圧感のようなものが漂っている。
 やっぱり、その身からにじみ出る暗黒オーラはどうしたって誤魔化せないということかな?
 お兄ちゃんは、夏樹さんたちの前のソファにだらしなく背をあずけ、すっかりくつろいでいる。
 きっと、夏樹さんの前でこんなにくつろげちゃうのはお兄ちゃんくらいだと思う。いい年をしたおじさんたちだって、夏樹さんの前では萎縮しているんだもん。
 まあ、由布くんもわたしも、お兄ちゃんと一緒で、夏樹さんだからって遠慮することはないけれど。
 由布くんが言っていた約束って、茗子ちゃんと夏樹さんも込みだったんだ。
 由布くんの腕にぎゅっはおしいけれど、ここはやっぱりあれだよね。
 そう判断すると同時に、由布くんの腕を放し、そのまま茗子ちゃんに突進。
 夏樹さんを突き飛ばし、茗子ちゃんにぎゅっと抱きつき、二人の間にぼすんと座る。
 するともちろん、茗子ちゃんは呆れたように愛想笑いをし、夏樹さんは負のオーラを漂わせ、無言の圧力をかけてくる。
 けれど、そんなのはさっくり無視さあ。
「どうしたの、茗子ちゃん。茗子ちゃんがここに来るのって珍しいね!」
「うん、なんか夏樹と由布が京也さんとお話があるって。ついでだから、みんなでお昼ご飯でも食べようとなって来たの。あかりちゃんも行くよね?」
「うん、行く!!」
 ごろごろと茗子ちゃんに抱きつき尋ねると、茗子ちゃんはにっこり笑ってそう答えた。
 そして、ゆっくりわたしを引き離していく。
 仕方がないから、ここは素直に離れて、夏樹さんとの間に大人しく座ってあげる。うん、あくまで、夏樹さんとの間にね。わたしが来たからには、茗子ちゃんと夏樹さんをぴとっとくっつけて座らせてなどやるものかあ。
 その様子を見て、由布くんもお兄ちゃんも、なんだか意地が悪い笑いをしていたけれど、そんなのお見通しさあ。みんな、夏樹さんの不幸が大好きだもんね!
「あかりちゃん、嬉しそうだね」
 ちらっと由布くんを見ながら、茗子ちゃんはいたずらっぽく笑う。
「だって、好きなんだもん」
 ――由布くんがね。
 たとえ二人だけじゃなくても、由布くんと一緒にお昼ごはんまでできるなんて、こんなに嬉しいことってないよ。
「あかりちゃんは、いつも明るくて元気だね。名前そのままみたいに」
 茗子ちゃんはおかしそうにくすくす笑いながら、わたしのおでこをつんとつつく。
 なんだか子供扱いされているみたい。
 少し前までは、逆だったのに。わたしより茗子ちゃんの方が子供っぽかったのに。そして、そんな茗子ちゃんがかわいいって、夏樹さん、それはもうめろめろで……。
 って、そんなのは今はいいか。子供っぽくなくたって、夏樹さんは茗子ちゃんにめろめろなんだし。
 茗子ちゃんを見る夏樹さんみたいにめろめろとまではいかなくても、わたしも由布くんにちょっとくらいは見てもらいたいなあ。
 今だって、由布くんの視線は茗子ちゃんのもの――。
「ただうっとうしいくらい能天気というだけだよ」
 お兄ちゃんはすっと立ち上がり、控えていた二条さんからスーツの上着を受け取った。
 そして、それを大仰にばさりと舞わし、羽織る。
 それを確認すると、二条さんは心得たように下がっていく。
「何をー!? お兄ちゃん、命が惜しくないようだねえ!」
 次の瞬間、そう言って立ち上がり、間を隔てるローテーブルを飛び越えて、お兄ちゃんにとびかかる。
 はたして、二条さんはそれを見越して避難したのか、それともよくできた秘書で、仕事を終え用がないと心得下がって行ったのか……。
 いろんな意味で優秀なだけに、判断がつかない。
 わたしの邪魔がなくなったと見るやいなや、チャンスとばかりに、夏樹さんは再び茗子ちゃんにすり寄る。
 茗子ちゃんは諦めたように肩を落としながらも、楽しそうにお兄ちゃんをやっつけるわたしを見ている。
 でもね、由布くんだけは、こんな時でも茗子ちゃんを――え? 茗子ちゃんを見ていない!?
 由布くんも、おかしそうにわたしたちを……?
 や、やだ、なんだか急に恥ずかしくなってきちゃったよ。
 どうせ由布くんは茗子ちゃんを……と思っていたから、わたし、ついいつもの調子でやっちゃった。
 由布くんの前では、もう少しおしとやかにしようと思っていたのに、失敗だあ。
 由布くん、こういう時ばかり見ているって、なんだか卑怯だよー。
 思わずばっと顔をそらし、そのままお兄ちゃんの背にさっと隠れてしまった。
 お兄ちゃんも茗子ちゃんも由布くんも、不思議そうにそんなわたしを見ている。
 夏樹さんだけが、相変わらず茗子ちゃんだけをその目に映し、めろめろにとろけている。
 お願いだから、そんな目で見ないで、由布くん。
 なんだか今の由布くんの目、見守るように優しいよ?
 由布くんに見られるって、こんなに恥ずかしいことだったんだ。
 茗子ちゃんはやっぱり、「あかりちゃんは元気だねー」とくすくす笑う。
 だってね、茗子ちゃん、わたし知っているから。
 いつもわたしが笑っていれば、みんなも笑ってくれる。
 だから、わたしはいつだって、笑っているよう心がけている。
 でも、それは言わないけれどね。


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update:10/08/15