彼女みたいになれない
だって好きなんだもん

 昨日は、由布くんたちとお昼ごはんを楽しんだ。
 あの後、二条さんが予約を入れてくれていたフレンチレストランでランチをした。
 そこでも、相変わらず茗子ちゃんの横は夏樹さんが占拠して、それはそれはもう、ランチそっちのけで、茗子ちゃんをおいしくいただいちゃいそうな勢いだった。
 さすがに、昼間から、しかも人目があるところではそんな暴挙にはでなかったけれど、夏樹さんでも。
 茗子ちゃんの向かいにはわたしが座り、タイミングを見計らって夏樹さんの邪魔をしてやった。
 茗子ちゃんが好きなものが出てくるたび、あーん≠してね。
 茗子ちゃんの横では、夏樹さんがうらやましそうに指をくわえて見ていた。
 はいはい、そうですか、夏樹さんも茗子ちゃんにあーん≠してほしいのね。
 でも、夏樹さんは、清々しいくらい茗子ちゃんに無視されていたけれど。
 そのやりとりを見て、隣に座る由布くんがおかしそうに笑う。
 隣で由布くんが笑うたび、なんだか胸がくすぐったさでいっぱいになった。
 その笑う横顔、見たいけれど、急に恥ずかしくなって見ることはできなかった。
 お兄ちゃんは呆れ顔で、わたしたち四人を見ていた。
 そんな楽しいランチの余韻が残っているのに、どうしてわたしは今、こんなどんよりうやーんな気が乗らないところにいるんだろう。
 まあ、仕方がないけれどね、これはわたしの仕事だから。
 『お嬢様はいいわね、遊んで暮らせて』なんて言われることもあるけれど、とんでもない、これもなかなか骨が折れるんだよ。お嬢様はお嬢様なりにけっこう大変なんだよ。
「あかり、俺はあっちでちょっと挨拶してくるから」
 絡ませるように組んでいた腕をほどき、お兄ちゃんは前方を指差しそのまま太っちょなおじさんへ向かって歩いていく。
 都心の一流ホテルの宴会場。
 今日はここで財界のパーティーがある。
 どこの誰の主催かなんてわからないけれど、とりあえず、こういう社交の場があれば連れてこられる。
 まあ、どこが主催かなんて、わたしも興味なんてないし、知ろうとも思わないけれど。
 一国の元首にはファーストレディーが必要なように、社交場に集う紳士にはパートナーの淑女が必要なんだね。
 こういう場に来ると、時々夏樹さんに連れられやって来た茗子ちゃんと会えるから、まあ別にいいけれど。むしろ、それだけが楽しみ。
 でも、今日は茗子ちゃんはいないみたいだし……。
 仕方がない。また、壁の花にでもなっているかあ。茗子ちゃんがいないパーティーなんて、全然楽しくないもん。
 その名の通り、壁側へ向かおうと振り向いた時だった。
「由布くん、やっほー!」
 そう言って、わたしは手を振っていた。
 だって、ちょうど今、由布くんがこの会場に入ってきたところなんだもん。
 振り向くと同時に、由布くんの姿が目に飛び込んできたんだもん。これは声をかけなきゃだめでしょ、もちろん!
「あ、あかりちゃん」
 わたしの呼びかけに気づき、由布くんはにっこり笑う。
 それから、すれ違う人たちとかるく挨拶をかわし、わたしのところまでやって来てくれた。
 きっと、わたしが今、お兄ちゃんにおいてきぼりにされて一人なのを案じて、きてくれたんだよね。
 本当、由布くんてにくいなあ。
 だから、そういうことをしちゃうと、ますます好きになっちゃうって言っているでしょう?
「由布くんもこのパーティーに来ているとは思わなかったよ」
 けれど、気のないふりをして、笑いかける。
 すると、由布くんも、何気ないふりをして返してくれる。
「あかりちゃんは、また京也さんのパートナー役?」
「うん、わたしのパートナー役は完璧だから。今度、由布くんのパートナー役もしてあげようか?」
「それは頼もしいね」
 わたしの無茶な申し出に、由布くんはくすくす笑って楽しそうに答える。
 あーあ、さらっと流されちゃったなあ。
 わたし、けっこう本気なんだけれどね?
 だって、由布くんが好きなんだもん。
 たとえふりでも、由布くんのパートナーになれたら、どんなに幸せだろう。
 だけど、今はこれで十分かな。せいいっぱい拒否されなかっただけ。
 ふと見ると、由布くんの背の向こうに、夏樹さんにエスコートされながらやって来た茗子ちゃんの姿が目に入った。
 どうやら、遅れていただけで、茗子ちゃんたちもこのパーティーに出席するみたい。
 てっきり、今日は来ないかと思っていたよ。
 由布くんも、茗子ちゃんたちに気づいたみたいで、さっと表情がくもった。
 由布くんは、茗子ちゃんたちも来るって知っていたんだよね。
 こういう場で、幸せそうに夏樹さんに寄り添う茗子ちゃんを見るのって、どういう気持ちだろう?
 切なそうに茗子ちゃんを見つめる由布くんを見るわたしと、同じような気持ちなのかな?
 だったら、切ないね。
 隣にいるのはわたしでも、今由布くんの目に映っているのは、間違いなく茗子ちゃん。
 どこかのお偉いさんだろうおじさんに話しかけられ、優雅に微笑む茗子ちゃん。
 茗子ちゃんは、最近教育係をつけられ、夏樹さんにつりあう淑女に仕立て上げられようとしていると、茗子ちゃんが愚痴っていた。
 でも、夏樹さんも久能さんも、そこまですることはないとやんわり茗子ちゃんを制しているらしい。
 けれど、夏樹さんに恥をかかせたくない、こうなったら完璧を目指してやるわ、みんなまんまと騙されるといいと言い放ち、それは本当は茗子ちゃんから言い出したことだって、この前こっそりお兄ちゃんが教えてくれた。
 茗子ちゃんはやっぱり、夏樹さんのことがすっごく好きなんだろうなあ。じゃないと、あそこまで頑張れないよね。
 茗子ちゃんは天邪鬼だから、素直に夏樹さんのために頑張るって言えないんだよね。
 そういうところが、きっと由布くんも好きなんだろうなあ。夏樹さんがめろめろにほれ込んじゃうほどだもん。
 でも、どんなにうらやましく思ったって、わたしは茗子ちゃんみたいにはできない。茗子ちゃんみたいにはなれない。
 わたしはわたしの方法で頑張るだけ。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:10/08/22