どきどきの夜
だって好きなんだもん

「由布くん、わたしは由布くんが好きだよ」
 由布くんのジャケットの袖をぐいっと引き、まっすぐ見つめ、ぽつりつぶやく。
 すると、由布くんは少し頬をそめ、驚いたようにわたしを見てきた。
「あ、あかりちゃん!? こ、こんなところで……っ」
「好きだよ」
 念押しするようにもう一度きっぱり告げる。
 じいと由布くんを見つめ、ぽてんと握る腕に頭をもたれかけた。
 由布くんはひとつため息をもらすと、またわたしの目を覆うようにそこにぽんと手をおいた。
「あかりちゃん、君もなかなかしつこいよね?」
 そしてまた、耳元でぽそりつぶやく。
 言葉は乱暴だけれど、いたわるように、優しい声音。
 それでいて、どことなく楽しそうにも聞こえる。
 それは、由布くんのぶっきらぼうな優しさ。
 わたしの目を覆う由布くんの手を、じわりぬらしていく。
 けれどすぐにぐっと涙をこらえ、由布くんの手をどけた。そして、そのままぎゅっとにぎりしめ、挑むように由布くんを見つめる。
「ふふっ。由布くんほどじゃないよー。今、茗子ちゃんを見ていたでしょう?」
「うわっ、いたいところをつくね」
 おどけたように、由布くんはははっと笑う。
 わたしと由布くんの視線のはしが、夏樹さんに寄り添い微笑む茗子ちゃんの姿をとらえている。
 やっぱり、由布くんは、まだ茗子ちゃんのことを……。
 おどけて誤魔化そうとしているけれど、由布くん、今一瞬ぎくっとしたでしょ? びくんと体を揺らしたでしょ?
 あーあ、わかりやすすぎだよ、由布くん。
 これじゃあ、わたしの涙もあっさりひっこんじゃうよ。……むなしすぎて。
 呆れたような表情をつくり視線を流すと、由布くんはふと切なげに微笑んだ。
「きっと俺は、もう茗子以外は……」
 すっと視線をそらし、由布くんは苦しげにつぶやく。
 視線をそらした先には、夏樹さんにさりげなくちょっかいをかける茗子ちゃん。
 まるで遠くを見つめるように、手の届かないものにすがるように、由布くんの瞳はゆらめいている。
 ねえ、その後につづく言葉は何?
 そんなこと、聞かなくたってわかっている。
 彼女……茗子ちゃん以外、好きになれないって、そう言いたいのでしょう?
 でもね、そう思っているのは今だけ。
 人の気持ちって変わるのだから。
 わたしは、そう信じている。
 わたしが、かえてみせる。
 だから、諦めない。
 今度こそ、諦めない。
 精一杯ぶつからないうちから、諦めたくない。
 あんな後悔、もう二度としたくない。
 わたしの恋は無謀かもしれないけれど、由布くんの恋は不毛だよ。
 わたしでもわかる。茗子ちゃんは絶対、夏樹さん以外に振り向くことはない。
 そのことに、わたしが気づかせてあげるから、覚悟しておいてね、由布くん。
 わたし、奇跡は起こるって信じている。
 それくらい好きなんだよ、由布くんのことが。
「今はそうでも、これからはわからないよ」
 由布くんの腕をくいっと引き、その視線をわたしの方に奪い取る。
「え? あかりちゃん?」
 由布くんは、不思議そうにわたしを見下ろす。
 由布くんの腕からすっと手をはなし、そのままびしっと人差し指を突きつける。
「必ず、わたしに振り向かせてみせる!」
「はあ!?」
 そう宣言すると、由布くんはすっとんきょうな声をあげ、口をぽかんとあけた。
 けれど、かまわず、わたしはにっこり微笑みかける。
「だって、好きなんだもん」
 そうきっぱり言い放つ。
 だって、やっぱり、由布くんが好きなんだよ。
 他の女性(ひと)を好きでもかまわない。
 だって、わたしは、あなたが好きなんだもん。
 由布くんが、わたし以外の女性(ひと)を好きでも、根気強く攻めて、いつかわたしに振り向かせればいいことでしょう?
 うん、うじうじしないよ。そんなことしていたって意味がない。事態はかわらない。
 わたしはわたしの取り得、元気と粘り強さを武器に、由布くんへ攻めさせてもらう。
 ちょっぴり意地悪ににーっこり笑って、そのまま由布くんの胸にぴょんと抱きついた。
 由布くんは顔を真っ赤にして、おろおろうろたえていた。
 わたしって、卑怯だよねー。
 由布くんがわたしをぞんざいに扱えないことを知っていて、こんなことをしちゃうんだから。
 でも、これがわたしの攻め方だもん。
 あきらめたように、ぽんぽんとわたしの頭をなでる由布くんに、さらにぎゅっと抱きつく。
 由布くんを狙う女狐たちにみせつけるように。
 由布くんは誰にも狩らせない。
 由布くんを誰にもわたさない。
 由布くんはわたしのものになるって決まっているんだから。
 茗子ちゃんが見ているかもしれないこの場でこんなことをしちゃうのは、由布くんにとっては酷かもしれないけれど、ごめん、今はそんなこと気にしていられない。
 由布くんの優しさにつけこんじゃう。
 由布くんは困ったように微笑みながらも、決してわたしの腕を振り解いたりも、邪険にしたりもしない。
 それが、どれほど令嬢たちへの牽制になっているか、もちろん計算ずくの上。
 由布くんがわたしを雑に扱わないのは、金郷の娘だからというわけじゃない。
 それは単純に、わたしに恥をかかせないため。
 それが、由布くんの優しさ。由布くんは、さりげなくフェミニストだって知っているもん。
 どんな理由だっていいの。唯一わたしだけ、こうして由布くんに触れることを許される女だから。……そう、茗子ちゃん以外では。
 案の定、ご令嬢方は顔を赤くして、怒りに震えている。
 思い通りになっているはずなのに、優越感を味わっているはずなのに、どうしてこんなにむなしくなるの?


 空には、ぽっかり月が浮かんでいる。
 さっき、パーティーから帰ってきたばかり。
 部屋に入るなり、はおっていたケープを取り払い、携帯と一緒にソファーへぽいっと放り捨てる。
 そして、ドレスの腰紐をゆるめ、そのままぽすんとベッドにたおれ込む。
 ぎゅうと、枕に顔をおしつける。
 ちょっぴりの自戒の念をこめて。
 今夜のわたしは、我ながらさすがにちょっとやりすぎたかなあ、大胆だったかなあと思うけれど、後悔はしていない。
 だって、あれくらいしないと、害虫を払えないし、由布くんにもわかってもらえないでしょう?
 まあ、由布くんに、わたしの悪の部分を見せちゃったのは、計算外だったけれど。
 でも、由布くんだって、本当は実はけっこうな悪って知っているから、あれくらいなら大丈夫ってわかっている。由布くんからすれば、わたしのあれは、まだまだ序の口、かわいいものでしょう?
 だって由布くんは、夏樹さんと一緒になって、もっと悪どいこと、裏の仕事に手をそめて……。
 なんて言ったら人聞きが悪いね。裏の仕事といっても、法律には触れていないし。
 いや、わたしが知らないだけで、本当はけっこう悪どいのかもしれないけれど、今はそれほどじゃないはず。
 おしつけていた枕からちらっと視線だけをあげると、目の前で、ピンク色したうさぎさんがわたしに微笑みかけていた。
 つくりが荒い、いかにも安物のうさぎのぬいぐるみ。
 だけど、それを見るたび、わたしの心はほっこりあたたかくなる。
 枕の横にいるうさぎさんに、すっと手をのばす。
 そしてそのまま胸に抱き寄せ、ぎゅうと抱きしめる。
 ふと力を緩めると目に飛び込んできた、そのつぶらな瞳のなんと愛しいことか。
 思わず、うさぎさんの頬にちゅっと唇をつけていた。
 それから、そのまま、そのおちょぼなお口にも、ちゅっとキスをする。
 このピンクのうさぎさんのなんと愛しいことか。
 だって、このうさぎさんは、由布くんがわたしのためにクレーンゲームでとってくれたんだもん。
 どんな高価な宝石だってかなわない、わたしのいちばん大切な宝物だよ。
 あーあ、もっとこう、由布くんをわたしにひきつけるための得策、何かないかなー。
 これまでみたいに、ただ好き好き言っているだけじゃあ、そろそろ芸がないよね?
 茗子ちゃんみたいなことはできないから、もっと違った、わたしだけにしかできないようなことを……。
 ああ、でも今はとりあえず、もっともっといっぱい、由布くんとおしゃべりしたいかな。
 なんだか、欲があるようで無欲だと思わない? わたし。
 あ、でも、由布くんともっといっぱい一緒にいたい、おしゃべりしたいと思う辺り、欲望まみれかも?
 ぐりっとうさぎさんのちっちゃなお鼻に鼻をおしつける。
 すると、そのくりくりおめめで、不思議そうに見つめ返してきた。
 なんだか、そのおめめで、うさぎさんがわたしに話しかけてきているみたい。
 そう、そうだよねー。そうなんだよね……。うさぎさん、何かいい作戦はない? もっと、由布くんといっぱいおしゃべりするためには……。
「あ、そうだ!!」
 次の瞬間、うさぎさんをベッドの上に投げ飛ばし、上体をはねおこした。
 それから、ばっとベッドから飛び出し、ソファーに投げ捨てた携帯を拾い上げる。
 ぼすんとソファーにあぐらをかきすわり、メモリナンバーワンを押す。
 同時に呼び出し音が鳴り、すぐに電話はつながった。
「あ、茗子ちゃん。あのね、提案があるんだけれど……」
 そうして、わたしのどきどきの夜が更けていった。
 ある作戦を弾む胸に抱き。


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update:10/09/04