唇と指先とトラップと
だって好きなんだもん

「あ、これはそっち、それはあっちにつけて」
 家の庭で、使用人たちに指示を出す。
 使用人たちはわたしの指示に忠実に従い、一人は松の木の枝に手をのばし、もう一人は庭石の陰に入っていく。
 うちの庭は、昔ながらの日本庭園といったところかしら。
 枯山水に、鯉を放った池だってある。
 この作業をはじめて、かれこれ一時間は経過しただろうか?
 自慢じゃないけれど、わたしの家はまあそこそこ広かったりするから、この作業も骨が折れるのよね。
 でも、これをつけたら、すべての作業が終わり。
「あかりちゃん、何しているの?」
 最後の作業を見届け、ふうと一息ついた時だった。
 じゃりっと敷石を踏む音がしたかと思うと、そう声がかかった。
 その声に弾かれるように、思わず勢いよく振り返る。
 そして、何事もなかったように、にっこり笑う。
「あ、由布くん、ちーっす!」
「ちーっす……って、あかりちゃん?」
 片手をあげそう挨拶すると、そこに立つ由布くんがあきれたように微苦笑を浮かべた。
「それより、どうしたの? この騒ぎは」
「何でもないよー、ちょっと野暮用」
 ちらちら辺りを見まわし、由布くんが怪訝に聞いてくる。
 けれどやっぱり、わたしは何事もなかったようにけろりと答える。
 たしかに、一見したら、これはそうとうな騒ぎかもしれないわね。
 男の使用人をほぼ半数ほど動員して、まさしく今の今まで指示を与えていたんだもん。
「野暮用って、どう見てもかなり怪しいんだけれど」
「まあ、見ようによってはそうかもねー」
 けらけら笑うと、由布くんははあと盛大にため息をもらした。
 そしてやっぱり、呆れたように辺りを見る。
「見ようによらなくても、間違いなく怪しいよ。それ、監視カメラでしょ?」
 わたしの背後にある松の木の枝を指差し、由布くんは難しい顔でつぶやいた。
 ありゃ、やっぱりばればれだね。
 まあ、これは、あえて見えるようにつけさせたのだけれど。
 だって、見えなきゃ牽制にならないしね?
 仕方がないなあ、早々に観念してあげよう。
 誤魔化すことでもないし。
「そうとも言うね」
 にっこり笑ってさらっと答えると、由布くんの肩が脱力したように落ちる。
 ありゃりゃー、これは、相当あきれられちゃったかな?
「由布くん、ちょっとそこの飛び石の横を踏んでみて」
 地面をすっと指差す。
 すると、由布くんは何の疑いもなく、素直にそこへ歩いていき、飛び石の横に足をのせた。
 と同時に、大きく後ろへ飛び退く。
「うわっ!!」
 そんな声をもらしながら。
 そして、ぜいはあと荒い息をしたかと思うと、勢いよくわたしへ振り向いた。
「何これ!?」
 額に脂汗をにじませ、先ほど踏んだ飛び石の横を指差し、由布くんは迫るように叫ぶ。
「わあ、さすが由布くん、すごーい!」
「すごーいじゃないよ、あかりちゃん! 何なの、これ。こんなの、下手したら怪我じゃすまないよ!」
 にっこり笑って的外れな返答をするわたしに、由布くんは焦った様子で再び迫ってくる。
 由布くん、ちょっと大袈裟なんじゃない?
 もう、仕方がないなあ。見たらすぐにわかることなのに、そんなにわたしの答えが欲しいの?
 由布くん、マゾなんじゃない?
「罠。由布くんならうまくかわせると思って」
 くいっと首をかしげてさらっと言い放つと、由布くんはまたげんなり肩を落とした。
「あのね……」
 そう、使用人を使いさせていた作業は、これ。家の庭のあちこちに、罠を仕掛けていた。
 これは、獣を生け捕るための罠だけれど、あとは落とし穴とか、網や矢や鳴子なんかも仕掛けている。
 はあとため息をもらし、すぐ横にある庭石に手をつこうとした由布くんを、使用人の一人が慌ててとめる。
 ぐいっと手を引かれ、由布くんはびっくりして目を見開く。
 かと思うと、顔のすぐ横を先端にとりもちをつけた矢がひゅんと飛んで行き、由布くんはさあと顔色を失った。
 そういえば、その庭石にも、罠をひとつ仕掛けていたっけ?
 あはは、ころっと忘れていたよ。
 どういうこと!?と、わたしに迫る由布くんをまあまあとなだめる。
 何かを言おうとする由布くんの唇に、すっと人差し指をあてる。
 触れた由布くんの唇は、ぷにっとしていて気持ちいい。……ってわたし、なんて破廉恥なっ!
 思いがけず触れた指先が熱い。
 だって、由布くんが好きなんだもん。指先もどきどきしちゃうよね。
 由布くんは怪訝そうに、素直に口をとじる。それから、じとりとわたしを見た。
「塀全部と、侵入経路になりそうなところ、あとは、監視カメラの死角にトラップをはりめぐらせてみたの」
 由布くんの唇に触れた指を頬にあて、くにっと体をくねらせて見せる。……ふふ、間接ほっぺにちゅうだあ。
 すると、由布くんは何かを得心したのか、呆れたようにため息をもらした。
 どうやら、また、わたしのかわいいいたずらとでも思ったのかな?
 まあ、半分は楽しんでいるけれど、半分は本気なんだけれどなあ。
「まあ、それはそれとして、これはやりすぎじゃないかな? これじゃあ、家の人たちに被害が出るよ」
「それはその時だよ、運が悪かったってことで」
「うわっ、夏樹発言が出たよっ」
 けろっとさらっと答えると、由布くんが大仰に呆れ驚いてみせた。
 やっぱり、いつものわたしのかわいいいたずら、遊びだと思われているなあ、これは。
 というか、夏樹さん発言ということは、それって、他人の迷惑なんておかまいなし、わが道を行く、横暴発言ってこと!?
 失礼しちゃうっ。
 まあ、わたしもそういうところがないわけではないけれど、夏樹さんほど激しくないわよ。
 夏樹さんの場合、茗子ちゃん以外すべてが有象無象なんだもん。気に留める価値すらないと思っているわよ。存在からして無視よ。さすがのわたしでも、そこまで無慈悲じゃないわ。
 この罠だって、怪我をすることはあっても、命を奪うほどじゃないもの。夏樹さんは、平気で命さえも奪っちゃいそうじゃない?
「大丈夫。ちゃんとした道をそれさえしなければ、罠にかかることはないから」
 楽しげにくすくす笑うと、由布くんはやっぱり理解に苦しむというように首をかしげた。
 遊びにしたって、どうしてこんな大掛かりなことをしているのかわからないみたいね。
 普段のわたしの遊びにしては、たしかに規模が大きいと思うわ、だって、庭中を使っているんだもん。
 でも、これにはちゃんと訳があるのよ。それに、遊びじゃないの。
 ふうとため息をもらし、手で合図を送り、その場にとどまっていた使用人たちに下がるよう指示する。
 すると、使用人たちはさっとこの場を去って行った。
 それを確認し、諦めたようにちらっと由布くんを見る。
「わたし、まわりくどく陰湿なことが嫌いなんだよね。気に入らないなら、正面きって喧嘩を売ってこいというのよ」
 ぶうっと頬をふくらませ吐き捨てると、由布くんは得心したように、ぽんとわたしの頭をなでた。
 その目は、仕方がないなあとわたしを見守るように見ている。
「まったく、あかりちゃん、君は……。ほどほどにするんだよ」
 どうやら、この反応は、兄妹喧嘩の延長とでも思っているのかな?
 まあ、いいけれど。そういう平和な発想も。
「もちろん、だからほら、こうして返り討ちにするための仕掛けを施しているんだよ」
「返り討ちって……まさか、直接危害が及ぶようなことを……?」
 急に、由布くんの顔が曇った。探るようにわたしを見てくる。
 あれ? もしかして、由布くん、しっかり気づいていたの?
 まあ、隠すつもりもないから、この際言っちゃってもいいか。
 というか、紛らせていたって意味ないしね。
 それに、わたしにこういうことがあるということは、そのうち、由布くんにも危害が加えられるかもしれない。
 それだけは避けなければならないし、多少は警戒しておいてもらった方がいいかもしれない。
 まあ、由布くんに直接手を下すということはないと思うけれど。
 だって、恨まれているのはわたしだけだろうし。由布くんに逆恨みでもしない限り。
 仕方がない、観念するかあ。これ以上、誤魔化しきれないみたいだし。


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update:10/09/11