笑顔の決意
だって好きなんだもん

「もともと嫌がらせの類はあったのだけれどね。けど、あれ以来激しくなっちゃって。まあ、今は嫌がらせの手紙とかばかりなんだけれど。今朝、脅迫状がきちゃってねえ。わたしは平気だけれど、みんなを巻き込まないために、ちょっとね」
「な……っ!?」
 ちろっと舌を出しおどけて見せると、由布くんはわたしの両肩を勢いよくつかみ迫ってきた。
 真意を探るように、けれどどこか確信したように、その目が揺れている。
「大丈夫だよ。狙いはわたしだから、巻き込まれない限り、由布くんたちに被害はないよ。ボディーガードもついているし、よほどのことがない限り大丈夫。ただ、念のため、ね?」
 肩に置かれた由布くんの手を、ぽんぽんとかるくなでる。
 そう、何日か前から嫌がらせや罵詈雑言が書かれた手紙を送りつけられるようになった。
 そして、今朝送られて来た手紙には、わたしを殺してやるって、そう書かれていた。
 さすがにこれは無視するわけにもいかず、とりあえずこうして手を打っている。
 差出人の名はないけれど、誰が送ってきているのかはだいたい察しがつく。
 ここ最近で恨みを買うようなことをした覚えは、あれくらいしかない。
 どうやら、それに由布くんも気づいたらしく、険しい瞳で射抜くようにわたしをまっすぐ見つめてくる。
 わたしの肩を握る由布くんの手に、ぎゅっと力がこもる。
「あかりちゃん、やっぱり、あのパーティーの件が……」
 確信めいたように、由布くんはそうつぶやいた。
 あーあ、やっぱり、ばれちゃったかあ。
 まあ、これだけヒントを出しちゃえば、気づかないわけないよね。
 あの時、由布くんに色目を使っていた女どもを蹴散らしたために、わたし、どうやら恨みを買っちゃったみたいなんだよねえ。
 『由布さまにあんたなんか似合わない』とか『何様のつもりだ、図々しいにもほどがある。あんたなんか家の力がなければただのくずじゃない』とかもう、散々言いたい放題。
 まるでこれまでの自分の暴言が、そっくりそのまま返ってきているみたいだねえ。
 ……って、そこで自分で納得しちゃうあたり、やっぱりちょっとむなしい?
 自覚しての言動だから、仕方ない。覚悟なくして発言はしないわ。
 予想外に事態が大きくなっていて、由布くんは焦っているよう。
 まあ、わたしだって、まさかこれほど大げさになるとは思っていなかったわ
 だって、これまで、金郷にこんな喧嘩を売ってくる愚か者っていなかったもの。
 これはきっと、よほど金郷の名に無知な輩が仕掛けてきているとみたわ。
 表の金郷、裏の鳳凰院――あ、今は狩野かな?――と言われているのは伊達じゃないのに。
 このふたつの家が裏でつながっていることだって、その手の家の者なら当たり前のようにみんな知っている。ただ、あえて口にする必要がないだけ。
 それを知らないということは、よほどのもぐりね。
 この事態は自分の責任だと自責しているのか、由布くんは苦しそうにわたしから視線をそらした。
 その両頬に、そっと手をのばしていく。
 ふわりと手が触れると、由布くんはびくんと体を大きくゆらし、申し訳なさそうにわたしを見つめてきた。
 だから、ふるふる首を横にふり、にっこり笑ってあげる。
「大丈夫だよ、こうなることを覚悟の上での行動だから」
 そう、覚悟の上でしたこと。
 まあ、ちょっと大事になっちゃってきたなあとは思うけれど、まったく予想していなかったわけじゃない。
 喧嘩を売るということは、すなわちそういうことでしょう?
 覚悟なくして、喧嘩なんて売らないわ。だってわたしは、金郷あかりだもの。
 この名の影響力だって知っている。
 それに、これくらいのこと、自分でなんとかできるわ。
 これくらいの火の粉、自分で払えるわ。
 だから、由布くんが気にするようなことじゃないの。
「まったく……。危なっかしくて見ていられないよ」
 由布くんは頬を包むわたしの両手を握り、そのままくいっと抱き寄せる。
 由布くんの胸に、わたしの頬が触れる。
 思わず、飛びのきそうになったけれど、由布くんに握られた手がそれを阻む。
 頬は胸に触れなくなったけれど、すぐそこにその動きが感じられるところにはまだある。
 そこから、由布くんの顔を見上げる。
 抱き寄せられたことは驚いたけれど、危なっかしくて見ていられないって、それって……やっぱり、怒られちゃったのかな?
 たしかに、心配をかけてはいるけれど、でも……。
「わたしのこと、嫌いになった? やっぱり、迷惑?」
 思わず、すがるようにそう聞いていた。
 すると由布くんは困ったように微苦笑を浮かべ、一度だけ首を横に小さく振った。
「そうじゃないよ、ただ……心配なんだ」
 由布くんのために、わたしが危険なことをすることが?
 そう聞こうとしたけれど、聞けなかった。
 聞かなくたってわかる。
 由布くんは、本気でわたしを心配してくれているんだ。
 わたしを見つめるその目が、静かにそう語っている。
 不謹慎だけれど、……とても嬉しい。
 由布くんに抱き寄せられどきどきしていた胸が、さらにどきどきする。
 わたしが勝手なことをしたのに、由布くんはどうしてこんなに優しくしてくれるの?
 胸が、苦しいよ。
「由布くんのためなら、これくらい平気だよ。だって、好きなんだもん」
 そう言って、もう一度懸命に笑顔をつくる。
 すると、由布くんの顔が一瞬切なげにゆがんだような気がした。
 かと思うと、うるんだような瞳で、優しくわたしを見つめる。
 ゆっくりと、わたしの手を握る由布くんの手が、頬に近づいてくる。
 思わず、きゅっと目をつぶってしまった。
 次の瞬間、顔にとっても違和感を覚える。
「あかりちゃん、いい加減にしてくれない? 俺は、茗子が好きだって言っているでしょう?」
 皮肉るように笑みを浮かべ、由布くんはわたしの鼻をむぎゅっとつまんでいた。
 な、な、な、何これー!?
 一瞬、変な誤解をしちゃったじゃない。
 それに、これって、レディーに対する扱いじゃないわよね? 鼻をむぎゅって、むぎゅって……!!
 するにしたってもっと違ったことがあるじゃない? たとえばデコピンとか。
 ……嗚呼、でも、それもむなしいや。
 それよりも、その行動よりも、むしろその言葉を気にしなくちゃいけないところだね。
 だって、由布くんは、きっぱりと茗子ちゃんが好きって言ったんだもん。由布くんが好きって言っているわたしに対して。
 でも、そんなの今さら気にするまでもない。たいしたことはない。
 だって、嫌というほどわかっているんだもん。そんなの今さらだよ。
「だから何?」
 挑むようにじいと由布くんを見つめる。
「好きな人がいても、関係ないよ。それに、好きな人がいる人を好きになっちゃいけないなんて法はないよね」
 由布くんの両腕をぎゅっと握り、今度はわたしが迫る。
「そんなむちゃくちゃな……」
 由布くんは少しうろたえ、一歩後退した。
 それにあわせ、また一歩詰め寄る。
「つまりは、わたしを好きにさせればいいわけでしょう? ほら、万事解決」
「いや、ちょっと待って」
 にっこり笑ってうんうんうなずくと、由布くんはめまいを覚えたように、ぐらりと体を揺らした。
 それから、困ったようにわたしを見るだけで、腕を握る手は振り払おうとしなかった。
 ほら、由布くんは優しい。
 本当、いつどんな時だって、由布くんの優しさは諸刃の剣。無自覚に残酷だよね。
 好きじゃない、望みもないなら、わたしの手なんて振り払っちゃえばいいのに。
 そうしたら、わたし、諦めるかもしれないよ?
 ……なーんてことは、まだないけれどね。
 まだ、諦めたくないから。諦めるには時間がたりないから。
 うん、めげないもん。
 これくらいで、めげてたまるものか。
 うん、まだ頑張れる。
 何でもない、気にしていない、傷ついていないってふりしているけれど、本当はね、由布くんがぶつける言葉のひとつひとつ、ぐさぐさ胸にささっている。
 だけど、それは意地でも表には見せないんだ。
 いつも楽しそうににこにこ笑っているふりをする。
 だってね、わたし、知っているから。
 笑顔はそれだけで、まわりの人を幸せにするって。安心させられるって。
 だから、絶対に心配なんてさせない。不安げな顔もさせない。
 もう二度と見たくないから。
 あんな顔。誰かが悲しそうにしている顔なんて。
 わたしは、どんな辛いことがあっても、前向きに、そして笑顔でって決めている。


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update:10/09/18