かぼちゃトラップ
だって好きなんだもん

「じゃーん。由布くん、食べて食べてー。いっぱい作ったから、いっぱい食べてね」
 目の前のテーブルの上いっぱいにのせたスイーツを示して、由布くんの背をぐいぐい押す。
 リビングに入るなり、由布くんはその光景を目にし、一瞬にしてげんなりうなだれた。
 けれど、そこで足をとめることはせず、足取りは重いものの前進をつづける。
 まあ、わたしが由布くんの背を押しているから、問答無用で、ずーるずーるテーブルへ近づいていると言えないこともないけれど。
 由布くんが目にしたもの、そしてわたしが示したものは、テーブルの上いっぱいのかぼちゃのお菓子。
 クッキーにゼリー、マフィンにプリン、マカロンにババロア、ケーキにパフェ、思いあたるものすべてかぼちゃづくしのお菓子たち。
 これだけずらっと並べば、そりゃあ、由布くんじゃなくたってげんなりするよね。
「このために俺を呼んだの?」
 わたしが促すまま、由布くんは渋々目の前いっぱいにかぼちゃお菓子が広がるソファーに腰を下ろす。
「うん、今度のハロウィンパーティーの試作品なんだ。かぼちゃづくしなのー」
 うきうきしながら、用意させたお茶をカップに注ぎ、由布くんの前におく。
 ちなみに、さすがにお茶はかぼちゃじゃないよ。かぼちゃがちょっとくどいから、お茶はさわやかにニルギリ。
 見ただけですでにお腹いっぱいの様子だけれど、そんなのさらっと無視さ。
 このために、このお菓子の味見をしてもらうために、今日は由布くんに来てもらったんだもん。
 ――というのは口実で、ただ会いたかっただけなのだけれどね。
 だって、由布くんが好きなんだもん。
「そういえば、茗子も暗黒料理を作るって張り切っていたなあ。あんなもの食べられるの、夏樹くらいだよ。迷惑な」
 カップを手にとり、由布くんは言葉通り迷惑そうに顔をゆがめる。
 それを想像しただけで、気分が悪くなったと言いたげ。
 たしかに、茗子ちゃんの手料理は、相当なものだと思う。
 どういうふうに相当かとは、恐ろしくて口が裂けても言えない。
 とりあえず、わたしは食べたくない程度に相当なもの。
 あれを完食できるのは、たしかに夏樹さんだけだと思う。
 わたしも、想像しただけで気分が……。
「うんうん、狩野家で使用人さんたちも一緒に、ハロウィンパーティーをするんだ。楽しみだなあ」
 うふふと笑い、とりあえず、目の前にあったかぼちゃパイを切り分け、由布くんの前においてみる。
 すると由布くんは、一口分だけとり口へ運ぶ。
 驚いたように目を丸くしたかと思うと、にっこり笑った。
 ……あ、どうやら、お口に合ったみたい。
 まあ、たとえ合っていなくても、相当ひどくない限り、優しい由布くんだもん、まずいなんて顔はしないだろうけれど。
 とりあえず、まずくないということがわかれば、それでいいや。
「……あ、意外といけるや」
 まずくないどころか、そんな嬉しいことを言ってくれる。
 でもちょっと待って、聞き捨てならない言葉も含まれていなかった?
「意外って何!? 茗子ちゃんと一緒にしないでよね!」
 今度はクッキーを何枚かざらっとお皿にとりわけ、由布くんの前にどんと置く。
 すると由布くんは、どこか意地悪っぽくくすりと笑った。
「茗子の暗黒料理は、金郷家にまで伝わっているのか」
 そう言いながら、今度はクッキーをつまみかじった。
 このお菓子の数々を見てげんなりしていたはずなのに、由布くんは出したお菓子を案外さらっと食べてくれる。
 さすがにこの量じゃ拒絶されるだろうなあと思っていたのに、苦痛の色ひとつ見せずにさらっと……。
 いくら序盤だといっても、嫌な顔のひとつもしそうものなのに。
 だって、わたしだったら、食べはじめる時からすでにうんざりだよ。
 やっぱり、由布くんは優しいなあ。ちゃんとわたしが傷つかないように気を遣ってくれている。
「……うん、あれはあり得ないよね。あそこまで破滅的なのは、わたしもはじめてだったよ」
「そうか……」
 遠い目をして答えると、由布くんもやっぱり遠い目をしてつぶやいた。
 嗚呼、悲しいことに、やっぱり意見は一致しちゃうんだね。茗子ちゃんの暗黒料理に関しては。
 あれは一口だけでも、かなりの破壊力だと思うよ、うん。
「ねね、それより、今度はこっちを食べてみて」
 そう言って、今度はかぼちゃプリンを由布くんの前に差し出した。
 これは、由布くんの反応がよければ、実際にパーティーにも作っていくつもり。
 さすがにこれだけ全部は無理だろうから、一部は今日だけのために作ったものもある。むしろ、そればかり。
 だって、これだけずらっと並べれば、わたしの意図も簡単にはばれないでしょう? 嫌がらせか?と思わせておけば、気づかれないでしょう?
 お菓子の味見は口実で、ただ由布くんと二人でゆっくりお話したかった、一緒にいたかったという本音は。
 誤魔化すために、これだけ用意するって、我ながら執念を感じるなあ。
 由布くんはプリンのカップを手に取り、一口口に運んでいく。
 その時だった。
「あかり、ちょっといいか?」
 あけた扉をコンコンとノックして、お兄ちゃんが入ってきた。
 まったく、普通、ノックというものは、扉を開ける前にするものだよ、お兄ちゃん。
「ああ、由布も来ていたのか」
 わたしのすぐ横に由布くんの姿を見つけて、お兄ちゃんはたわいなくつぶやく。
 どうやら、わたしと由布くんの前に広がるお菓子の数々は、あえて見えないふりをしているようね。
 だって、普通、由布くんがこの場にいるという前に、このお菓子の数々につっこみを入れたくなるものでしょう?
 由布くんがうちにいるのも、まあ、見慣れた光景というわけではないけれど。
「うん、あかりちゃんにお菓子の毒見……じゃなかった、味見をしてほしいって呼びつけられた」
「まったく、あかりはまた……。由布はお前のおもちゃじゃないぞ」
 由布くんの言葉で、お兄ちゃんはようやくテーブルの上をちらりと見る。
 それから、やっぱり見なかったこと、存在がなかったことにして、すっと視線をそらす。
 ふーん、そういうつもりなんだ。あくまでも、このお菓子の数々は無視するつもりなんだ。
 いい度胸しているじゃない。そっちがその気なら、後でたっぷり、このお菓子の処理をしてもらおうじゃない。嫌だって泣いたって、許してやらないんだからっ。
「失礼ねっ。おもちゃになんてしていませんよーだ」
「はいはい。まあ、それはそれでいいとして……」
 あっかんべーと舌を出すと、横までやって来たお兄ちゃんが、ぽんぽんと頭をたたく。
 まったく、また子ども扱いしてっ。
「って、京也さん、俺ってその程度の扱いなの?」
「だって、由布だから」
「だって、由布くんだもん」
 不満げに口をとがらせる由布くんに、お兄ちゃんと同時にさらっとそう返していた。
 瞬間、由布くんの肩ががっくり落ちる。
「まったく、この兄妹はっ。近頃、どこかの馬鹿当主に似てきたのじゃないの?」
「それはお前のところの色ボケ当主さまかー?」
 由布くんが皮肉ると、お兄ちゃんがそうやっぱり皮肉で返し、けらけら笑う。
 すると由布くんは、にやりと笑った。
「夏樹にちくってやろーっと」
「ちょっ、おまっ、それは……っ。それだけはやめろっ!」
 お兄ちゃんは、間にはさまれたわたしをぐいっと押しのけ、慌てて由布くんの口へ手をのばす。
 まったく、そんなに慌てるなら、はじめから言わなければいいのに。
 お兄ちゃんって本当、お馬鹿だよね、余計なことばかりする。自分で自分の首をしめる。からかったつもりが、逆にからかわれる。
 だから、由布くんにも夏樹さんにも、いいように扱われ、遊ばれるのよ。
「京也さん、本当夏樹が苦手だよね。なのに、よく友達できるよねー」
「それは禁句だ」
「どこがだよ」
 くすくす笑う由布くんに、お兄ちゃんは真顔で迫る。
 っていうか、いい加減、このむさくるしい体をどけてくれないかな。
 おしのけられ、さっきから上体をそらしたままで辛いのよね。
 お兄ちゃんの顔をぐいっとつかみ、そのまま横へぽいっと放り投げる。
 すると、何か言いたそうにわたしを見たけれど、すぐに諦めたように小さく息をはいた。
 いい心がけね。下手なことは言わない方が身のためだよ。何か言ったら、それを倍にして言い返してやるんだから。


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update:10/09/25