好きで好きでたまらない
だって好きなんだもん

「あの〜?」
 多少ひきつる笑みを浮かべ、上目遣いに目の前に居並ぶご令嬢たちを見る。
 薄暗い非常階段。
 冬の夜には、薄着ではかなり厳しい寒さ。
 わたしの横には、分厚い鉄の扉。そして、反対側には、底なし沼のように続く鉄の階段がある。
 先ほどまでたしかに、わたしは明るくあたたかい、きらびやかなパーティー会場にいた。
 けれど、五分とたたないうちに、何故かこのような暗く冷たい、不気味な場所にいる。
 あの後、無事わたしを回収したことを確認し、やってきた夏樹さんがさらうようにわたしのもとから茗子ちゃんを連れ去っていった。
 この会場にいる人たちに見せつけるように、大事に大事に茗子ちゃんをかたわらにおいていた。
 ぼんやりその様子を眺めていたら、背後から声をかけられた。
 振り向くと、そこには、先ほど視線を流し、ぼそぼそ話していたご令嬢たちがいた。
 かと思うと、有無を言わさず会場から連れ出され、ロビーを通り、ここに連れられてきた。
 パーティー会場からいちばん近い非常階段。
 分厚い鉄の扉で隔たれ、内からはこちらの様子をうかがうことはできない。
 とりあえず、下手に、そして訳がわからないと首をかしげてみる。
 すると、わたしを取り囲むようにしてそこに立つご令嬢たちの眉が、ぴくりと動いた。
「とぼけないでよ」
「いや、あの、とぼけないでと言われても……。どうしてわたしは、このようなところに連れてこられたのでしょう?」
 へらっと笑ってみせる。
 とりあえず、あまり刺激をしない方がいいのかなあ。
 まだ、相手がどうでてくるかわからないことだし。
「嫌な女ね。わかっていて、あえて言うなんて。本当、ずるい女」
 ご令嬢の一人が、はき捨てるようにそう言った。
 他のご令嬢たちも、うんうんと同意している。
 一人、二人、三人四人……。ざっと見て、十人ほどかな?
 よく、こんな狭くて暗いところに、これだけ集まれるものだわ。
「うーん、そう言われましても〜……」
 ちょっぴりぴくんと動いちゃった眉間をなだめて、困ったように首をかしげてみせる。
 すると、ご令嬢たちの空気が一瞬ぴりっと張り詰めた。
 そうかと思うと、そのうちの一人、リーダー格っぽいご令嬢が、ふっと鼻で笑った。
 それから、わたしのすぐ横の壁に、だんと手をつく。
「面倒だから、単刀直入に言うわ。これ以上、由布さまに近寄らないで」
 憎らしげにわたしをにらみつけ、声を押し殺すように静かに告げる。
 ……やっぱり。こういうことだと思っていたのよ。
 どうやら、相当な怒りを抱きながら、必死に冷静を保とうとしているみたいね。
 すぐにキレちゃうほど、お馬鹿でもなかったということかな?
 それでも、口にしていることは、お馬鹿さんなことだけれど。
 だって、この台詞って、月並みすぎて……。
 近寄るも何も……ねえ?
 それって、言うとしたら、あなたたちじゃなく、由布くんが言うことでしょう?
 自分たちは由布くんに近寄ることすらできないから、わたしに嫉妬しているように聞こえるわよ。
 まあ、その通りなのだろうけれど。
「あなたの存在が、由布さまを苦しめていることがわからないの? 由布さまは迷惑しているのよ」
「といわれてもなあ……。由布くんとわたしは、たんなる友達だし。近寄らないでと言われても、はいわかりましたとはいかないよ」
「な、何よ!? 金郷家の娘だからって調子に乗るのじゃないわよ! あなたなんて、ただそれだけで、何の取り得もないじゃない。由布さまとは釣り合わないのよ!」
 面倒くさそうに答えると、ご令嬢の一人がそう叫んだ。
 あー。やっぱりね、やっぱりそうくるよねー。
 というか、由布くん狙いなら、みんなライバルのはずなのに、よく一致団結してわたしを取り囲めるものよねえ。
 それか、いちばんうっとうしい目の上のたんこぶをはじめにみんなでたたき排除し、それからバトルでもしようというのかしら?
 ……馬鹿らしい。
 いつかはくるとは思っていたけれど、まさかこんなに早くとは思わなかったわ。こらえ性がないのねえ。
 そもそも、良家のご令嬢方が、こんな野蛮な手に出るとも思っていなかったけれど。
 せっかく財力があるのだから、それをフル活用し、自らの手は汚さずに、人にやらせると思っていたわ。
 だから、屋敷のお庭にあれだけ対策を施したというのに。どうせなら、もっと賢い方法をとろうよ。……わたしの労力を返して。
 まあ、しかし、人の手を使わずに、自らの手で挑んできたことは誉めてあげてもいいわ。
 視線をそらし、思わず呆れいっぱいに盛大にため息をもらしてしまった。
 すると、リーダー格らしいご令嬢が、ぐっと唇を噛んだ。
 そうかと思うと、そのシルクの手袋をはめた手が振り上げられる。
 ありゃ、刺激しないようにと思っていたけれど、つい理性を欠いちゃって挑発しちゃっていたみたい。どうやら逆上させちゃったみたいね。
 まずいと思い、覚悟を決め、きゅっと目をつむった時だった。
「そこまでだよ」
 その言葉とともに、きいと重い扉が開く音がした。
 ばっと目を開けると、すぐ横の鉄の扉がゆっくりひらき、光が漏れ入って来る。
 まぶしさに、思わず目を細めた。
 ご令嬢たちも同じように、目を細める。
 けれど扉が完全に開ききり、そこに浮かび上がった人影を見て、ご令嬢たちはざっと後退していた。皆一様に顔色を失っている。
 そこに立っていたのは、由布くんだった。
「君たち、やりすぎだよ」
 そう言いながら、ゆっくりこちらへ歩いてきて、由布くんはわたしの前に立つ。
 手を振り上げていたご令嬢が、あわてて手をおろす。
 それを確認すると、由布くんはにやりと笑った。
「俺は、まわりくどいことや卑怯なことをする子より、正面きってぶつかってくる子が好きなんだよ」
 そう言って、由布くんはわたしの肩をぐいっと抱き寄せた。
 そのまま、ご令嬢たちに背を向ける。
 それから、顔だけをご令嬢たちに向け、極上の笑みを落とした。
「ごめんね、俺、君たちには、まったく興味がないんだ」
 由布くんはさわやかに微笑み、容赦なくご令嬢たちを地獄へ突き落とす。
 そして、わたしの肩を抱いたまま、颯爽とその場を去っていく。
 ご令嬢たちは悲愴感を漂わせ、ただそこにたたずんでいた。
 由布くんが向かう先は、盛り上がるパーティー会場ではなく、眼下に夜景を見下ろすことができる、ロビーの端、窓際のソファだった。
 一面ガラス張りの窓を向き、そこにわたしを座らせる。
「あかりちゃん、寒くなかった?」
 心配そうにわたしの顔をのぞき込み、肩にそっとジャケットを着せかけてくれる。
 ……あたたかいや。
 別に耐えられないほどは寒くなかったけれど、だからってこのまま返したくもないし、せっかくだから由布くんのジャケットを堪能させてもらう。
 ……だって、由布くんが好きなんだもん。ジャケットに残ったものでもいい、由布くんのぬくもりを感じたい。
 普通、こういう場合は、「大丈夫?」辺りが相場なのだろうけれど、さすが由布くん、わかっている。
 わたしには、そんな言葉は似合わない、かけちゃだめだって。
 そもそも、由布くんがわたしを助けに来た時点で、わたしのプライドを傷つけたと思っているのだろう。だから、これ以上傷つけないように計らってくれているのだろう。
 別にそんなことないのにね。助けてもらって、プライドを傷つけられたとか思わないよ。
 たしかに、金郷家の娘として自尊心は高いと思うけれど、くれる優しさを叩き払ったりはしない。
 逆に、とっても嬉しい。由布くんのさりげない優しさがたまらなく嬉しい。
 嘘でもいい、義務感からでもいい、由布くんがわたしのためにやって来てくれた、それがとても嬉しい。
 さっきまで、会場に由布くんはいなかったのにどうして?とか思ったりもするけれど、きっと茗子ちゃんが由布くんに伝えてくれたのだろう。
 だって、茗子ちゃんと夏樹さんがいるなら、そこに由布くんもいたはずだから。
 じゃないと、説明つかないよね。あんなにタイミングよく、由布くんが現れたのって。
 静かに横に腰を下ろした由布くんの胸に顔をおしあて、そのままぎゅうと抱きつく。
 由布くんは困ったように肩をすくめ、そのままそっとわたしを抱き寄せてくれた。
 そして、ぽんぽんとあやすように背をたたく。
 だからもうちょっとだけ、強く由布くんに抱きついてみた。
 由布くんの吐息と心臓の音が、優しくわたしを包み込む。
 由布くんの香りが、わたしを酔わせていく。
 由布くんは、何も言わず、ただ静かに抱きしめてくれる。
 その由布くんの極上の優しさが、胸にしみる。
 やっぱりわたしは、由布くんが大好きなんだ。好きで好きでたまらないんだ。
 あらためてそう自覚した。


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update:10/10/24