ひとりぼっちのうさぎさん
だって好きなんだもん

「あれ、そのぬいぐるみって……」
 ベッドの上にごろんと寝転がり、うさぎのぬいぐるみを両手に持ち、かざしている時だった。
 ちょうどバスルームから出てきた茗子ちゃんが、首をかしげた。
 タオルからこぼれた濡れ髪が、妙に色っぽい。
「うん、由布くんにもらったぬいぐるみ」
 ばっと上体を起こし、茗子ちゃんにぬいぐるみをずいっと突き出す。
 わたしの手には、作りが粗いピンクのうさぎのぬいぐるみがある。
 由布くんにもらってからずっと、毎晩ぎゅっと抱いて寝ている。
 ひとりぼっちになっちゃう夜は、とりとめない淋しさが押し寄せてくる。
 けれど、このうさぎさんをぎゅっと抱くと、それがなんとなくやわらぐ。
「そっか」
 茗子ちゃんはわたしの横に腰を下ろすと、にっこり笑って、うさぎさんのおでこをつんとつついた。
 あの後、パーティー会場を抜け出してきた茗子ちゃんに、由布くんとともにいるところを見つけられた。
 それから、由布くんに事態の詳細を聞き、茗子ちゃんは顔を真っ赤にして憤怒した。
 そうかと思うと、由布くんを突き飛ばしわたしを奪い取り、しばらく抱きしめたかと思うと、くるりと身を返した。
 そしてそのまま、非常階段へ駆け出そうとしたところを、やっぱりタイミングよく現れた夏樹さんがあっさり制止した。
 それから、夏樹さんはさわやかににっこり笑って、ご令嬢方にはとってもステキなお仕置きをしておこうと告げた。
 その瞬間、何故か茗子ちゃんは勢いをなくし、そのまますごすごとわたしの元に戻ってきた。
 うん、何故かと言いつつ、その理由はちゃんとわかる。夏樹さんのステキなお仕置きという言葉ほど恐ろしいものはない。
 恐らく彼女たちは、もう二度と、嫌がらせをしてこないだろう。そして、由布くんを狙うこともないだろう。
 まあ、夏樹さんのお仕置きがなくたって、由布くんのあの言葉で、あれ以上何かしようとは思わなかっただろうけれど。
 あれはもう本当、残酷だった。仮に言われたのがわたしだったら、瞬間、心臓がとまっていたよ。
 そうこうしているうちに、夏樹さんの反対を押し切り、茗子ちゃんはわたしの家に泊まることになった。
 まあ、夏樹さんも本気で反対していたわけではないみたいだったけれど。でも、とりあえず、反対せずにはいられないのだろう。夏樹さんのおかしなプライドから。
 明日は約束のハロウィンパーティーもあるし、ちょうどいい。
 うちでお菓子を作って、そのまま茗子ちゃんと一緒に狩野家に行けばいい。
 多分、お菓子は茗子ちゃんとの競作になりそうな予感がするから、味のレベルはぐんと下がるだろう。どうにか食べられないこともないという程度に。
 それくらいまでしか、茗子ちゃんの暗黒料理をやわらげることはできない。いや、それくらいでもやわらげられたら、……御の字?
「あ、そうだ、いいことを思いついた」
 じいっとうさぎさんとにらめっこしていたかと思うと、茗子ちゃんはぱっと顔を輝かせた。
 タオルで髪を拭いていた手をとめ、ずいっとわたしへ身を乗り出してくる。
 目が妙にきらきら、いたずらっぽく輝いている。
「え? 茗子ちゃん?」
 ベッドから立ち上がり、うきうきとした様子で茗子ちゃんはどこかに電話をかけはじめる。
 どこかなんて聞かなくてもわかる。
 携帯から、絶叫するような夏樹さんの声がもれ聞こえてきたから。
 かと思うと、二人は携帯越しに、ぼそぼそとなんだか悪い笑いを交えつつ会話をかわしていた。
 わたしは訳がわからず、その様子をただじっと見ていた。
 いいことって、しかもそれに夏樹さんを巻き込むって、茗子ちゃん、一体何を考えているの?
 まあ、いいことなんて決してなく、悪いことだけは間違いないだろうけれど。
「今日はもう遅いし、寝ようか?」
 電話を切ると、茗子ちゃんは振り返り、にっこり笑った。
 その微笑、夏樹さんに通じるものがあるくらいの企み笑いだよ、気づいているの? 茗子ちゃん。
「うん、でも、寝る前に髪の毛を乾かそうね」
「あ、そっか」
 とてとてとベッドに歩いてくる茗子ちゃんにまわれ右と指示すると、ぺろっと舌を出しておどけてみせた。
 その姿が、なんだかとってもかわいく見えた。
 きっと、こういうところが、今も由布くんを好きでいさせる茗子ちゃんの魅力なんだろうなあと、なんとなく思う。
 そう思うと同時に、やっぱり切なさが胸に広がる。
 だってやっぱり、由布くんが好きなんだもん。
 茗子ちゃんといるのは楽しくて好きだけれど、同時に由布くんの愛の深さも思い知らされる。
 髪の毛を乾かし終わった茗子ちゃんが、ちょっぴり恥ずかしそうにベッドに潜り込んできた。
 それから、うさぎのぬいぐるみをはさみ、茗子ちゃんと一緒にひとつのベッドで眠った。
 そっと背にまわされた茗子ちゃんの腕が、じんわり安らぎを運んできてくれる。
 非常階段に呼び出されてもたいして動じなかったけれど、実はとっても怖かったのかもしれない。
 ブランケットのぬくもりに包まれてはじめてわかった。今になって、じわじわと胸がざわざわぞくぞくしてくる。
 茗子ちゃんがくれるぬくもりが、とっても心地いい。
 ああ、そうか。茗子ちゃんは、きっとわかっていたんだ。今夜のわたしには、これが必要だって。今夜ばかりは、うさぎさんのぬくもりじゃどうにもならないって。
 わかっていたから、夏樹さんを振りきり、わたしのところにお泊りしにきたんだ。
 すぐ横に、茗子ちゃんのぬくもりを感じることができて、これほどよかったと思う夜はない。
 やっぱり、茗子ちゃんは、わたしに優しくて、甘いなあ。
 由布くんは好きだけれど、茗子ちゃんも大好き。


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update:10/11/03